3月8日は国連が定めた「国際女性の日」である。これまで日本では、女性の権利と活動などについて、多くの取り組みが行われ、特に、女性の就労を促進する政策が多数実施されてきた。日本の女性就労は、これまで長時間労働、男女格差など女性に不利な就労環境に阻害されてきたと言われている。Abe (2011)は「男女雇用機会均等法」が日本の女性の正規雇用を増やしていないという結果を示した。Kohara and Maity (2017)は、ワーク・ライフ・バランス政策も女性の労働参加に寄与する効果が薄いことを指摘した。すなわち、これら就労環境を改善しようとした政策による日本の女性就労への貢献は小さいと多くの研究が指摘してきた。
その一方、近年、日本の女性の労働参加率が着実に上昇している。その背景に、従来の就労環境改善の取り組みのみならず、女性就労を「女性の活躍」と唱える一連の政策や、『女性版骨太方針』にあるような、「女性の経済的自立」、「男性の家庭・地域社会における活躍」などが、女性就労を高く評価する価値観の浸透に寄与し、女性の労働参加率向上に寄与した可能性がある。そこで本稿は、過去の研究に指摘された、就労環境の改善施策による日本の女性就労への寄与が少ないことは、日本の価値観に原因があるかについての研究を紹介する。
研究手法の紹介
価値観の経済効果の有無を特定するのは、従来の研究手法では簡単にできない。なぜなら、一国の分析では、個人が同じか近い文化を持つため、文化的要因を経済・社会的要因から区別できないためである。また、複数の国の分析では、個人が異なる文化を持つものの、社会・自然環境などの観測不能な要因が多く、文化による影響の識別が困難であるためである(Fernandez 2011)。
こうした課題に対し、近年、解決できるような手法が海外で開発されてきている。すなわち、本国民と移民のデータを利用する「経済学におけるエピデミオロジーのアプローチ」(Epidemiological approach in economics)である。この手法は、もともと疫学者たちが疾病を引き起こす要因を遺伝子的要因と環境要因に区別するため、本国民と移民のサンプルを用いたことから生まれた。経済学者はこれを参考に、同じ経済・社会の下で異なる文化的背景を持つ個人のサンプルを利用することによって、価値観など文化の影響を経済・社会的要因の影響から区別した(Fernandez 2011)。例えば、Algan and Cahuc (2010)は、このアプローチで、外国人の親から生まれた米国人のサンプルを用いて、社会的態度(social attitude)が経済発展に与える影響を明らかにした。同様に文化が女性の労働供給に与える影響についても研究が行われている(Blau et.al. 2013; Fernandez and Fogli 2009等)。
日本のデータを用いた結果
この手法を使った、日本の女性就労に影響を与える要因の研究を紹介する(注1)。用いられた主なデータは、総務省統計局「国勢調査」の調査票情報にある日本人と外国人の個票データである。まず、大卒などの教育水準、年齢、世帯の経済状況、配偶者の学歴・雇用形態、居住地の人口規模、子ども・高齢者との同居状況と、居住地(都道府県)の影響をコントロールした上で推定した結果、日本に長期滞在する外国人女性は、日本人と同じような経済・社会環境に直面するにも関わらず、労働参加の確率が日本人女性より高いことが有意に示された。そして、約100カ国・地域の研究機関が参加している「世界価値観調査」による価値観のデータも同推定モデルに入れて分析した結果、社会的な価値観が1標準偏差分上昇すると、女性の労働に参加する確率が4.9パーセントポイント低下することが分かった。その影響の大きさは、同じ推定モデルにある大卒の学歴による影響と近いほど大きいことが判明した。さらに、各要因の貢献度を推定した結果、日本に長期滞在する外国人女性と日本人女性の労働参加率の差は、この推定モデルに含まれた各変数によって、93.6%が説明できることが分かった。このうち、価値観の貢献度は25.8%を占め、女性の教育水準(21.1%)や夫の教育水準(23.6%)を上回り、最も影響が大きい要因であった。
ここで価値観を分析するために用いた変数は、出身国における、女性就労と比べて専業主婦に対する相対的な価値観を測った値である。この値が高ければ高いほど、女性就労は専業主婦と比べて相対的な評価が低いということを意味している。55カ国の平均が2.75で、日本人はそれを上回る3.12である。これは、他国と比べて専業主婦を高く評価するという日本人の価値観に原因があると思われるが、同様に働く女性に対する評価も高くないと、女性の消極的な労働参加につながるかもしれない。
おわりに
女性の就労環境の改善に関する過去の政策による女性の労働参加率の上昇への寄与が少ないことは、就労環境の影響より大きい要因、すなわち女性就労に関する社会の価値観に原因があると考えられる。中国でも女性に対する差別は職場に多く存在し、また、育児休暇の制度や補助金はほとんどなく、保育施設も日本より劣るが、大学生の働く意識に関する国際調査の結果(注2)によると、「結婚・出産しても、仕事を続けたい」の割合は、中国人女子大学生は76%(台湾の女子大学生は82%)に上る。これに対して、日本人女子大学生はわずか30%である。こうした意識は、日本の女性の就労を考える上で、無視できない要因ではないだろうか。
近年、実施されてきた女性就労を「女性の活躍」と唱える政策や『女性版骨太方針』などによる、女性就労を高く評価するという価値観の広がりは、女性の労働参加率を引き上げる重要な役割を果たしたと考えられる。ただし、社会の価値観を根本的に変えることは難しいため、政策効果を評価する際に、無理に国際的な水準で日本の女性就労を求めなくてよいではないかとも思われる。