前代未聞の取組があったのは秋場所3日目のこと。西序ノ口29枚目の服部桜(18=式秀)が、同26枚目の錦城(18=九重)との一番で敗退行為を繰り返した。
この取組の映像は、非公式ながらYouTubeにもアップされている。(https://www.youtube.com/watch?v=RiAI8fXBJoM)
服部桜は最初の立ち合い直後、両手を前についた。立ち合い不成立とみなされ、やり直しの2回目はヘッドスライディングのように自ら転んだ。3回目は、後方に尻もちをついた。いずれも相手に触れる前のことだ。4回目にようやく立ち合い、無抵抗のまま引き落とされた。
土俵下で審判長を務めていた東関親方(元幕内潮丸)は言う。「何回か、あの子の取組は見たことがあるけど、あんなのは初めてでした。びっくりしたのが正直なところ。どう判断していいか戸惑いました」。審判長として、審判部長の二所ノ関親方(元大関若嶋津)に報告したという。一方で、東関親方は「怖かったんですかね? 次はいい相撲が取れるといいんですが。なんとかいい方向に。そういう子を育てていくのも、僕らの仕事ですから」とおもんぱかった。
驚いたのは、対戦相手の錦城も同じ。「突然のことで、反応に困りました」と振り返る。錦城は7月の名古屋場所で新弟子検査を受け、今場所から番付に名前が載ったばかり。まだまげも結えない。しかし、アームレスリングの全日本ジュニア2位の実績があり、184センチ、129キロの体格。名古屋場所の前相撲では、学生相撲出身者に猛烈な突き押しを放ち、当時の佐ノ山親方(元大関千代大海)から「相撲はケンカじゃないんだ」と言われたほどの闘志がある。180センチ、70キロの服部桜は、体格差を含めて気後れしたのかもしれない。
序ノ口とはいえ、プロの興行でもある。服部桜への厳しい声は少なくなかった。早朝の取組ゆえ、観客は数十人だったが、ネット上での拡散は早かった。この行為は、服部桜にとって初めてではない。今回は3度も繰り返したことで衝撃度は強く、日本相撲協会には、抗議じみた電話も来た。SNSでのコメントを読むと「やめた方がいい」「なんで相撲をとっているのか」という批判的なものや「無理やり相撲をやらされているのか?」と疑問視する投稿もあった。逆に「序ノ口力士に、いちいち目くじらを立てる必要はない」と擁護するものもあった。
3日目の夕方。師匠の式秀親方(元幕内北桜)は事情を伝え聞き、部屋に戻って服部桜を稽古場に呼んだ。「相手にもお客さんにも失礼。またこの相撲を取ったら、休場させるぞ」としかる一方、改善策を伝授した。首を痛めていた服部桜が、頭から立ち合うことに恐怖心を感じていたことも分かっていた。頭からいくのでなく、もろ手突きでいったらどうか。もろ手突きは、立ち合いから頭で突っ込むのでなく、両手を前に出して突っ張っていく策。怖さを払拭(ふっしょく)できると思われた。
十両以上の関取は15日間で毎日相撲を取るが、幕下以下は15日間で7番。服部桜の次の取組は6日目にやってきた。
相手は白ノ富士(25=伊勢ケ浜)。服部桜は1回で立ち合った。もろ手突きでいった。あっけなく押し出された。
あの取組が話題になったため、この日は多くの報道陣に囲まれたが、逃げることなくすべての質問に応じた。
3日目の取組は、どういう事情でああなったのか?「こないだの相撲は、ちょっと怖かった。負けても仕方ないなと…」。胸の内を明かした。師匠の指導で、立ち合いは改善した。「もう前の相撲は忘れて、今日から新たに頑張りたい。親方との約束なんで、もうああいうことはしない。あの相撲は僕が悪かった。相手にも悪いことをした」。話している間、表情は変わらなかった。
その後、審判の仕事で本場所入りした式秀親方は、こう説明した。
「相撲取りは、相撲を取ることが仕事。相撲を取らずして負けることは、相手に失礼だし、お客さんにも失礼。(3日目は)心の弱さが出た結果です。おとなしい男だけど、相撲が好き。レベルは低いかもしれないけど、彼なりの人生の一番挑戦するところにいるんです。(3日目は)稽古で首を痛めていたんで、怖がっていた。相撲を取らずして負けていたので、何とか相撲が取れるように、立ち合いで当たれるようにしました。今日も内容は褒められたもんじゃないけど、教えたことを挑戦してできた。去年の彼よりは成長しています。ですから、来年は、今年より成長できるように、人生の壁を乗り越えられるようにしてやりたいんです」
親方は、いつも通りに熱く語ってくれた。
服部桜は入門前、神奈川・茅ケ崎市の自宅から、茨城・龍ケ崎市の式秀部屋まで1人で角界入りを志願しに来たことがある。当時、アポなし訪問に驚いた親方は、その体格を見て「行司か床山でやってみるのはどうか?」と言ったが「力士になりたいんです」と譲らなかったという。親の許可なしでの訪問だったため自宅に帰したが、昨年8月に母と一緒に正式に入門を申し入れてきた。1年前の秋場所が初土俵。序ノ口デビューから22連敗スタートとなったが、今年5月の夏場所で初白星。半年間通った相撲教習所は、卒業時に皆勤賞をもらった。17日現在、1勝36敗1休。自ら望んで相撲を取っている。
服部桜は今後の目標について「早く三段目に上がること」と言った。式秀親方は「弟子たちを信じていくしかない。しっかり指導しようと思います。ウチは(入門時に相撲の)未経験者が多いので厳しくも言います。でも、褒めるというよりは、いいところを伸ばしてやりたいんです。自分自身も勉強させてもらっています。部屋全体で成長していけたらいいと思っています」と締めくくった。
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この話題を当欄で取り扱うべきかどうか、少し考えた。あってはならない行為だが、単なる批判はしたくない。当事者の考えをより正確に伝えることで、取組(の映像)を見た人の疑問や誤解をある程度は解けるのではないかと思い、掲載した。
大相撲は、ほかのプロスポーツと違って、プロの舞台に立つためのハードルは極めて低い。年齢制限はあるものの、体格検査と内臓検査がある新弟子検査をクリアすれば、本場所の土俵に上がれるのだ。最近では、身長が足りない者が体格検査の計測時に背伸びをしても目をつぶる。まずは意志ある者を受け入れようじゃないか、という懐の深さが角界にはある。このおおらかさ、寛容さが、お相撲さんたちの独特の世界を彩っている。
ひとまず、彼の成長を見守りたい。【佐々木一郎】