事実を整える

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神戸新聞「中野真弁護士が片山元副知事に訂正求める」公益通報者保護法第11条2項は内部通報のみ対象なのか?

9月に以下で書いたことが争点に…

神戸新聞「中野真弁護士が片山元副知事に訂正求める」

公益通報めぐる片山氏の証言訂正求める 引用した解説書の著者「誤って解釈」 県会百条委 2025/1/9 20:15 神戸新聞NEXT

 議会事務局によると「解説 改正公益通報者保護法 第2版」の執筆者の一人の中野真弁護士。片山氏の証言が動画配信され、誤って解釈されていることを知った中野氏から7日午後に事務局にメールが届いた。

 百条委には、同法に詳しい別の弁護士が参考人として出頭。元県民局長が報道機関などに送った告発文書は公益通報に当たり、県の対応が同法違反である可能性を示唆した。その中で、通報者の不利益な取り扱いを防ぐ同法の規定は「内部通報だけでなく外部通報にも適用される」とした。これに対し、片山氏は「この解説書には(規定は)外部通報には適用されないと書いてある。どちらが妥当なのか検討してほしい」と主張していた。

神戸新聞の記事で、12月の兵庫県百条委員会に証人喚問された片山元副知事が主張した内容について、「中野真弁護士が片山元副知事の解釈に訂正を求める」と報じています。

まず、「通報者の不利益な取り扱いを防ぐ同法の規定」とはなんでしょうか?

通報者の保護規定は複数あるので、特定する必要があります。

この話の理解には以下の資料が必要なのでリンクを提示しておきます。

公益通報者保護法逐条解説

法11条2項の法定指針

指針の解説

公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会

12月25日の兵庫県百条委員会での片山元副知事の発言

https://www.youtube.com/watch?v=8p_BGgDBH2Q&t=5097s

4時間24分15秒過ぎから。

片山 今日の午前中の参考人の質疑のなかで法第11条第2項の体制整備等について、外部通報にも適用があるかということが議論になると仰ってまして、きょう参考人は的確に説明されておりまして、消費者庁の解説書によれば対象になるとありますが、ちょっとこの点、私の方から疑義だけ申し上げておきますと、本法第11条第2項には、明文で1号通報ですね、つまり内部通報だけに該当するというふうに明文規定がございます。もしよろしければあとで法務アドバイザーに確認いただいたらいいと思うんですけど。第11条第2項にはハッキリと明文規定があります。そして、その規定についてですね、ある解説書、この解説書なんですけども、改正公益通報者保護法(※注:第二版)解説書によりますと、法第11条第2項は、外部通報には適用にはならないということが書いてありまして、この解説書の筆者は消費者庁のいろんな検討委員会の座長をされておられる先生。執筆は消費者庁のそういうふうな検討に深く関わっておられます弁護士さんです。ということは意見が分かれておるわけですね。ただ、消費者庁はそういうふうに出してきているということでありまして、これ非常に疑義があるんで、いまもしかしたら放送されていると思いますので、ここのところ詳しい弁護士の先生方か専門家の方はですね、法律の文理解釈をしたら、どっちが妥当なのかということを検討頂いたらということを、希望しときます。

公益通報者保護法第11条第2項の事を指して言っています。

公益通報者保護法第11条2項「その他の必要な措置」と消費者庁説明

公益通報者保護法

第三章 事業者がとるべき措置等
(事業者がとるべき措置)
第十一条 事業者は、第三条第一号及び第六条第一号に定める公益通報を受け、並びに当該公益通報に係る通報対象事実の調査をし、及びその是正に必要な措置をとる業務(次条において「公益通報対応業務」という。)に従事する者(次条において「公益通報対応業務従事者」という。)を定めなければならない。
2 事業者は、前項に定めるもののほか、公益通報者の保護を図るとともに、公益通報の内容の活用により国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法令の規定の遵守を図るため、第三条第一号及び第六条第一号に定める公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置をとらなければならない。

「第三条第一号及び第六条第一号に定める公益通報」というのはいわゆる内部通報なので、これに「応じ、」とあるということは、内部通報に限定されている話だろう、というのが普通の文理解釈です。

動画の続きでは「消費者庁の見解」が委員から説明されていますが、消費者庁の「法解釈」が、11条2項は内部通報も対象にしているというものだったとして、それはそもそも正しいのか?という問題です。

政府が公権解釈であるとして主張された見解が否定された判例はいくらでもありますから、政府機関の言っていることを何らの検討無くそのまま正しいものとして受け取るのは思考停止に他なりません。

斎藤元彦知事による元県民局長の懲戒処分に関するこの議論は、通報者の「探索」=特定禁止を記述している「指針の解説」があり、内部通報が無い本件においてそれが適用されるのか否か?という文脈で始まっています。

そもそも3月12日付の告発文書は「通報」の実質の無い文書なのでミスディレクションの論点ですが、仮にそれが適用されたとしても、さらに斎藤氏と元県民局長の事案では接点の無い匿名者の文章でありながら文中に第三者の有力な証言の記載も、証拠添付すら無かったため、探索しなければ調査不可能な代物であると言え、「探索禁止の例外」が適用される事案でした。

そのため、この点の解釈がどうか?については、枝葉末節な話に過ぎない、という大前提は押さえておく必要があります。正直、私はどっちでも本件に関してはあまり影響ないと思ってますので、どうでもいいです。

ただ、国家運営上の問題はあるので、どのような法解釈を示したのか?についても含めて後述します。

なお、百条委員会のHP上の資料には言及されたような「法解釈」を書いている資料は無く、「指針の内容は内部通報に限らない」という返答に過ぎません。

解説改正公益通報者保護法:解説書の法解釈部分と指針の規定の内容

片山元副知事が紹介していたのは【解説 改正公益通報者保護法 第2版】であり、山本隆司・水町勇一郎・中野真・竹村知己らが執筆陣となっています。このうち、山本隆司は消費者庁の公益通報者保護制度検討会の座長、本書の中で11条2項の解説をしているのが、今回メールを送って異議申し立てをした中野真弁護士です。

公益通報めぐる片山氏の証言訂正求める 引用した解説書の著者「誤って解釈」 県会百条委 2025/1/9 20:15 神戸新聞NEXT

 中野氏はメールで、解説書には「内部通報に限らず3号(外部)通報者に対しても不利益な取り扱い防止等の措置を取る必要がある」と脚注があるとし、訂正を求めた。訂正は証人本人しかできないため、議会事務局は執筆者から指摘があったことを片山氏に連絡しているという。

しかし、この解説書は、本文では以下記述しています。

第二版224頁

 この「必要な体制の整備その他の必要な措置」は、「第三条第一号及び第六条第一号に定める公益通報に」との留保があることから、法11条1項と同様に、公益通報のうち内部公益通報に対応するための体制整備に限定している。

「脚注」については、258ページにて法律上の文言ではなく「法定指針」の解説として書かれています。これが消費者庁の指針であり、さらに「指針の解説」が別途存在し、そこになって初めて明示的に「外部通報も対象」と書かれています。

中野弁護士の片山氏への要求は、少し苦しいんじゃないでしょうか?

ただし、この解説書と指針の問題点については9月時点で以下まとめています。

指針の検討会も、指針策定前の議論の初期は、明示的に内部通報に限定していました。法律の逐条解説の時点で、「内部公益通報対応体制の整備義務」という項目建てで11条2項の全文を掲載しています。法定指針の「はじめに」では、わざわざ「同条第2項に規定する事業者内部における公益通報に応じ、」とまで書いています。

公益通報者保護法逐条解説

11条2項の法定指針

中野弁護士らの解説書第一版の時点では「指針」や「指針の解釈」は策定されておらず、一版も二版も指針の定めによることを明示的に排除しているわけではない、という状態が、無用な喧噪を引き起こしていました。

同様の問題意識を野村修也弁護士が主張していました。

立法技術的に「…その他の必要な措置」は包括的な例示

神戸新聞にある「解釈」という文言は、法解釈ではなく、「解説本の理解」として使われている可能性があります。中野弁護士が送ったメールを見ないとわかりませんが、少なくとも記事にある中野弁護士の上掲メールでの主張内容には「法解釈の誤り」の文言はありません。

中野弁護士らの解説本の本文の記載と脚注の記載は矛盾しているように見えますが、「指針が策定されればそれに合わせる」と、著者らが考えているのかもしれません。

ただし、そのような理解は、果たして司法、裁判所は認めるのでしょうか?

そして、そのような扱いは、民主主義の観点から、健全であると言えるでしょうか?

消費者庁は、大要、以下の法解釈をしています。

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