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映画『20センチュリー・ウーマン』 マイク・ミルズ監督来日インタビュー

DIGITAL CULTURE
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75歳のときにゲイであることをカミングアウトした自身の父親の物語を描いた『人生はビギナーズ』から6年。マイク・ミルズ監督から待望の新作が届いた。20センチュリー・ウーマンと題された新作のモデルは彼の母親で、思春期を迎えた15歳の少年ジェイミー(つまりは10代のころの監督)と、3人の"20センチュリー・ウーマン(=20世紀の女たち)"----55歳の母ドロシア、子育てに行き詰まったドロシアから「息子を助けてやって」と持ちかけられた、同居人の24歳のアビーとジェイミーの幼なじみで17歳のジュリー ----の物語が描かれている。

映画の舞台は、1979年のサンタバーバラ(監督が育った南カリフォルニアの街)。これまでの作品でも私的な物語に歴史的要素を交えて描いてきた監督いわく、それはアメリカにとっての転換期を意味する時代だ。ジミー・カーター政権から「強いアメリカ」を目指したロナルド・レーガン政権へと移行する前年で、人々がインターネットやエイズに直面する前の最後の時間。劇中に重要な存在として登場するパンクロックも、ちょうどそのころに誕生した。

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FUZEでは、本作の日本公開を前に来日したマイク・ミルズ監督にインタビュー。製作秘話や母親の物語に込めた思い、音楽へのこだわりなどを聞かせてもらった。取材部屋に現れた監督は、とても穏やかでやさしい語り口が印象的で、ドロシアを悩ませたジェイミーはこんなに素敵な大人になったんだな...と少し感動すらしてしまった。ここでは、来日中にApple Store Ginzaで行われたトークショーの内容も併せて紹介する。監督は長編3作目となる本作で、アカデミー賞脚本賞にノミネートされた。

特にパンクミュージックは、自由を探している人間の心情を語ってくれる

──『20センチュリー・ウーマン』は未来から1979年を俯瞰する形で構成されていました。時系列に追っていくのではなく、このような形を選んだ理由を教えてください。

マイク・ミルズ(以下、MM): 人間は時間というものを、時系列ではなくエモーショナルに追体験すると僕は感じているんだ。記憶の中ではいつも同じことがループしているし、直線的には思い出さないんだよね。アラン・レネやフェリーニやゴダールをはじめ、このような手法を使ってきたフィルムメーカーは多い。僕にとっては、ただ真っ直ぐに時を描くよりもリアリスティックに思えるんだ。

──母親のドロシアがいつもジャズを聴いていたり、息子のジェイミーがパンクにはまったりと、本作では音楽の役割が大きかったように感じます。ジュリー役のエル・ファニングには、役作りのために劇中では使用されていないフリートウッド・マックの音楽を聴くよう音源を渡したそうですね。

MM: 人が自分自身について語ったり、もしくは自分が何者なのかを探したりする上で、音楽の占める割合は大きいと思うんだ。少なくとも僕はパンクロックのおかげで、自分が理解できなかった自分自身の感情や、それまでは感じることができなかった気持ちを理解できた。だから、僕は常に映画の準備段階から音楽を使っていて、それぞれの役者にそれぞれの音楽を渡すようにしている。リハーサルでは、みんなでお互いの曲をかけて踊るんだ。僕らはジャズやパンクやクラシックロックを聴きながら踊ったよ。それは役者たちが互いのエネルギーを理解することができる、マジカルな手段なんだ。

それに言ってみれば、音楽も本作のテーマの一つなんだ。劇中には音楽について語るシーンもあって、音楽を通じて歴史が語られるんだよ。特にパンクミュージックは、自由を探している人間の心情を語ってくれる。音楽が"てこ"となって、自由を探す手助けをしてくれるんだ。

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──当時のパンクシーンをリアルタイムで経験していないのですが、劇中のワンシーンのように、本当にトーキング・ヘッズのファンがブラック・フラッグのファンにボコボコにされたりしたんですか?

MM: イエス!すべては実際に僕に起きたことだよ(笑)。ハードコアの人たち、つまりはブラック・フラッグやサークル・ジャークス、さらにはジャームスを聴いていた人たちまでもが、トーキング・ヘッズをはじめとするニューヨークのバンドやUKのバンドのことを、アーティスト気取りで自惚れ過ぎだと考えていたんだ。

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──映画のポスターにも収められていますが、本作では映像の美しさも印象的でした。監督は撮影する前に絵コンテを起こして撮りたい絵を決めるタイプですか?

MM: 現場で決めていくことも多いけど、今回は脚本を書きながら映像が見えていたんだ。僕は脚本家というよりも監督なのだと思う。監督としての経験の方が多いからね。それに写真が大好きだから、脚本を書いているときに参照したものがたくさんあって、それらをスタッフたちに見せたりした。あとは前2作でもそうだったけど、自然光を使うのが大好きなんだ。自然光によって、すべてが新鮮で生き生きしてくるし、役者の演技もよりリアリスティックに見えるんだよ。

このような映画では、絵コンテを起こすことはしない。それによって、役者たちをコントロールし過ぎてしまいかねないからね。彼らには自分自身の動きや周りの状況を自ら理解してほしいし、反応してほしい。でも、撮影する上での哲学は頭にあったよ。

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──1979年が舞台ということで、フェミニズムや女性の生き方も本作のテーマとなっています。監督が思われる男らしさや女らしさ、つまりジェンダーとは、どういうところにありますか?

MM: 大きな質問だな!(笑) そうだね、本作は僕自身の人生にインスパイアされているんだけど、僕は本当にとても強い母親に育てられたんだ。母は1925年生まれで、社会が押し付けた制約には縛られない女性だった。"フェミニズム"という言葉こそ使わなかったけど、フェミニストだったんだ。ショートヘアで、いつもパンツを履いていて、父よりも男らしかった。僕の父は隠していたけれどゲイだった。そして、僕には2人のとても強い姉がいた。だから、ジェンダーについて何か意見があるとしたら、僕の家ではすべてがとても流動的でフィックスされたポジションはなかったんだ。

母について書くのは時に難しいのだけれど、彼女はハンフリー・ボガートが大好きだった。「来世ではハンフリー・ボガートと結婚するつもり」と、よく言っていたよ。そこで僕は母を理解するために、ハンフリー・ボガートの映画をたくさん観てみた。すると、「なんだ、これはママじゃないか」と思った。僕の母は、ハンフリー・ボガートそのものだったんだ...わかるかな? これもまた、ジェンダーが自然でもオーガニックでもないという一例だ。生まれ持ったわけではなく、後から位置付けられたようなもので、着脱できるマスクみたいなものというか、流動的なんだ。

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──脚本を書いていて、お母さんに聞いておけばよかったと思ったことはありますか?

MM: もちろん(笑)。というよりも、生前に質問はしたのだけれど、ちゃんと答えてもらえなかったことがたくさんあった。それに、母は99年に亡くなったのだけれど、僕が本作を書き始めたのは2012年のこと。その13年間に、すでに記憶は消え始めていたんだ。それって、その人のことをどんどん失っていくようなものなんだよね。だから、母が生きているときに聞けばよかったと思ったことはたくさんある...でも生きていたころは、母のすべてに近づくことはできなかった。そしてもう母はいない。まるでどんどん消えていくようで、自分の記憶は信用できないよ。ある意味、記憶はどんどん奇妙で陳腐なものに変わっていくんだ。

──監督が描いたお母さんを見て、お姉さんたちは何か言っていましたか?

MM: 姉たちはとても寛大なんだ。僕は弟だしね。10歳くらい離れているから、これは僕のアート作品なんだと理解してくれているよ。とはいえ、彼女たちにとっては、これはとても奇妙な状況なんだ。もちろん、2人にもそれぞれの母親像があるし、母にだって彼女自身が抱く自分の姿があったはずで。僕らは一緒にそういうことを話したよ。本作はいろいろな意味で、家族のみんなにとって議論を巻き起こすことになった。姉たちにとっては、ちょっと気まずいことだったんだ。でも、最終的には僕にやさしくしてくれたよ。

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個人の生活がいかに政治的なのかということにとても興味があるんだ

──グレタ・ガーウィグが演じた母子の同居人でフォトグラファーのアビーは、監督のお姉さんがモデルになっているそうですね?

MM: アビーは姉のメグに基づいている部分が大きいんだ。メグはアビーのようにニューヨークへ行って、アートやパンクや写真に出会い、でも子宮頸がんを患ってサンタバーバラに帰って来なければならなかった。メグとグレタは2人だけで会って話をしてくれて、それはとても興味深かったよ。メグは自分の一部を見せてくれたんだ。

──劇中のジェイミーは15歳ですが、多くの10代の男の子は母親に反抗したり、口汚い言葉で罵っちゃったりということも多々あると思います。映画を観る限り、監督はお母さんに対して反抗的ではなかったのですか?

MM: 僕はジェイミーみたいな感じだった。ドロシアとジェイミーの関係は、母親と息子というよりも夫と妻という感じだよね。パパがいないから、彼らはお互いにとっての唯一の家族なんだ。だから、ジェイミーは母親をとても気にかけていて、常に彼女がハッピーかどうか心配している。普通とは全然違う母子関係なんだよ。それに、ドロシアは息子を子ども扱いしない。対等な関係として話すんだけど、僕とママもまさにあんな感じだった。

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──監督はアーティストになるべくしてなられた感じがしますが、お母さんから進路や職業に関する生き方について助言はありましたか?

MM: もちろん。うちのママは大恐慌を経験した人だから、彼女にとっては経済的に自立して自活するということがとても重要だったんだ。僕はアートスクールに進学したんだけど、彼女はいつも僕が自活できるようになるかを心配していた。質素な生活と貯金を何よりも大切にする、典型的な大恐慌時代の人間だった。だから、パーソナルなことについてよりも、仕事やお金についてのアドバイスをくれることの方が多かったよ。

──本作はある意味、小さなアメリカ史のような作品です。この時代が描かれた多くの作品とは違い、戦争や政治を主題にしなかった理由は?

MM: 時代背景を描くために使ったジミー・カーターの"Crisis of Confidence"スピーチだとか、ニクソンやベトナム戦争の話だとか、本作にも政治的な要素は含まれていると思う。僕は個人の生活がいかに政治的なのかということにとても興味がある。歴史における自分たちの時間が、いかにして僕らを考えさせ、感じさせるのか。過去2作品では、そういったことを熟考したんだ。僕は歴史と日々の生活の交差点に興味があるんだよ。それって、ある意味ソフトな歴史だろう?(笑)

母はたくさんのことと戦いながら生きてきた

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以下は、Apple Store主催イベント「Meet the Filmmaker」でのインタビューより。

──なぜ今、母親についての作品を手がけたのですか?

MM: なぜかっていうのは、自分でもわからないんだ。でも、トランプ政権となった今の時代となっては、今後は"なぜ"ということを考えて映画を作っていかなければならないのかな、と思っている。僕は自分なりのタイミングで作品を作ってきたのだけど、母はとにかく題材として素晴らしい女性だったんだ。たくさんのことと戦いながら生きてきた女性だった。女性としても母親としても、箱の中に閉じ込められて、どうやったらそこから脱出できるかを考えて生きてきた人だったので、自分にとってはそんな女性を描く、今のこのチャンスがあったんじゃないかな。

──劇中音楽の選曲のコンセプトは?

MM: 僕が初めてものをクリエイトしたのは、パンクバンドで活動したときだった。上手いミュージシャンではなかったけど、音楽を聴くという意味ではセンシティブな耳を持ったリスナーだったと自負しているよ。音楽が直接自分のエモーションにアクセスする手段だったんだ。70年代のメインストリームの音楽は、何か自分の中では本物感が感じられなかった。でも初めてパンクを聴いたとき、すごく救われた思いがした。セラピーという言い方もあるかもしれないけど、それ以上のものを感じたんだ。それをきっかけに自分自身が少しずつわかっていった感じで、一つの方向じゃないんだということがわかった。デヴィッド・バーンやスージー・スーを個人的に知っていたわけではないけど、勇気を持ってやっている人がいるということに勇気づけられたんだ。

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Profile: マイク・ミルズ | Mike Mills

1966年、カリフォルニア州バークレー生まれ。サンタバーバラで育つ。グラフィックデザイナーとして注目を浴び、ソニック・ユースやビースティ・ボーイズ、エールなどのアルバムジャケットをデザインしたほか、ミュージックビデオやCMも手がけた。アート作家としても精力的に活動している。映画監督としては、短編作品を経て、『サムサッカー』(05)で長編監督デビュー。サンダンス映画祭とベルリン国際映画祭で賞を獲得した。2作目の『人生はビギナーズ』(10)では、ゲイの父親役を演じたクリストファー・プラマーにアカデミー賞助演男優賞をもたらす。そのほかに、日本の抗うつ剤の導入をめぐる議論を取り上げた長編ドキュメンタリー『マイク・ミルズのうつの話』(07)がある。
http://mikemillsmikemills.com

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『20センチュリー・ウーマン』

監督・脚本: マイク・ミルズ
キャスト: アネット・ベニング、エル・ファニング、グレタ・ガーウィグ、ルーカス・ジェイド・ズマン、ビリー・クラダップ
6月3日(土)丸の内ピカデリー/新宿ピカデリーほか全国公開
(C)2016 MODERN PEOPLE, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
配給:ロングライド

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『20センチュリー・ウーマン』特別写真展
I WANT TO SEE THIS MODERN WORLD. TOKYO PHOTOS BY MIKE MILLS

内容:3月下旬に来日したマイク・ミルズ監督がオフの日に撮影した東京がテーマの写真展を期間限定で開催。
会期: 2017年6月2日(金)〜6月7日(水)
場所: トーキョー カルチャートbyビームス
住所: 〒151-0001 東京都渋谷区神宮前3-24-7 3F
営業時間: 11:00 - 20:00
詳細: http://www.beams.co.jp

『20センチュリー・ウーマン』サウンドトラックをSpotifyでどうぞ。
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