正社員になってはいけない。正社員こそ真の負け組だ。

あるラーメン屋の店主曰く:

フリーターはサラリーマンなんかより、ずっと味にうるさいですよ。
サラリーマンみたく、ぼーっと食べていない。
ちゃんと、よく味わって食べている。
だから、やつらとは、ほんとに真剣勝負なんだ。

正社員サラリーマンの仕事は、とても創造的である。しかし、創造的であるということは、単純作業のように、やった分だけ仕事がはかどるというような、簡単なものではないということだ。つまり、創造的な仕事は、選択肢が多く、選ぶ自由がふんだんにある。しかし、どの選択肢がいいかは、考えさえすれば、自動的に正しい答えが出るようなものでもない。どの選択肢がいいか分からず、また、いいアイデアやうまい解決方法が見つからないまま、納期ばかりが迫って来るというのは、精神的にかなりキツイ。また、失敗も多いし、アクシデントも多い。予測不能の事態がどんどん起きる。努力が報われないことなどごく普通。膨大な努力が、まったくの無駄であることが分かって、絶望的な気分になることが、ごく当たり前の日常的な風景なのだ。そうして、追い詰められて、必死で考え抜くんだけど、それでも切り抜ける方法が見つからなくって、出口のない苦しさに生き地獄のような気分を味わうことなんか、しょっちゅうだ。いつも希望があるけど、いつも不安で焦燥にかられ、見えない未来と不確定性の海に溺れそうになって苦しむ、冒険小説の主人公のようだ。小説を読んでいる人は楽しいかもしれないが、実際に自分が主人公になったら、楽しいだけではすまされない。
その上、正社員サラリーマンがやる仕事は、個人が独りよがりの趣味でやるような、ショボイ創造ではない。そんな退屈なものじゃない。もっと本格的で、価値が高く、スケールの大きい、すごい創造だ。しかし、そういう創造は、いろんな人間が、チームを組んでやらなければできない。いろんな人と連携プレーしながら、仕事をしなければならない。しかし、他人は自分の思ったとおりに動いてはくれない。同僚や他人がやった粗悪な仕事の辻褄合わせに奔走しなければならないことも多い。自分のちょっとした油断が、同僚や上司に迷惑をかけることになり、厳しく糾弾されたり、減給されたりすることもある。彼らも、リアルに苦しむから、謝れば許してくれるというような甘いものじゃない。
そのため、正社員サラリーマンは、仕事時間が終わっても、自分がかかえている仕事のことが気になって、なんとなく頭から離れない。仕事時間が終わったあとも、「あれは大丈夫かな。念のため、あいつに確認しておこう」「くそう、まずいな。このまんまだど、この商談は白紙になっちまうぞ。なんか失地回復する方法はないか」「あいつに任せておくと、コケそうだな。コケた場合の代わりを探しておかなけりゃ」「くそう、どう考えても、あいつの言うようにすると上手くいかないに決まっているんだけど、あいつ、言っても聞かないしな。あいつの上司に根回しして、上から落とすと、あいつ、よけい依怙地になりそうだしなぁ」。。。。などなど、そういう雑念を、なんとか忘れようとするのだけど、気がつくと、いつのまにか、仕事のことを考えてしまっている。また、仕事で酷使され、生活を思いっきりアクティブに楽しむための気力が残されておらず、休日は家でごろごろしている人も多い。休日が、仕事という泳ぎをするための、単なる息継ぎになってしまっているのだ。

だから、正社員サラリーマンが、すばらしくおいしいラーメン屋に行っても、そのラーメンを精密に味わい、リアルに感じ取ることができない。そのための精神エネルギーが十分に残されていない。せっかくの芸術的な味のラーメンを食べている最中も、なんとなく仕事のことが疲労した頭から離れてくれず、すばらしい味と香りも、絶妙の触感の麺もその大部分が知覚されない。ただ、なんとなく喉をとおって、なんとなく片手間に味わう他人事のような快感を意識の片隅で感じながら、あとは腹の中にズルズルと滑り落ちていくだけなのである。サラリーマンは、仕事が終わっても、真の意味で仕事から解放されてはいない。だから、彼らの生活は、精神を浸食され、リアリティーは腐食し、変質してしまっている。

一方、フリーターの仕事は、創造的ではない。創造的でないということは、自由がなく、選択肢がないということだ。つまり、悩む余地も苦しむ余地もない。人に言われたことを、言われるままに、なんとなくこなしているだけで、なんとなく、いつのまにか仕事時間が過ぎていく。仕事時間のおわりのころには、仕事が終わったあと、だれと遊びに行くか、なんとなく考えながらぼーっと手を動かしている。
そして、仕事が終われば、仕事のことは、完全に忘れる。真の意味で、仕事から解放される。仕事が終われば、すべての意識は、100%生活を味わうことに向けられる。むしろ、正社員サラリーマンの逆で、仕事中も、遊びのことや、生活を楽しむことを、なんとなく考えている。また、仕事で追い詰められて、神経をすり減らすようなこともないから、生活を味わうための鋭気は十分に残されている。そもそも、追い詰められるような仕事なら、さっさと別の、もっとなにも考えないでいいバイト先を探せばいいだけだ。正社員と違って、どうせだれでもできる仕事だし、楽でさえあれば、仕事内容へのこだわりもないから、転職など簡単なのだ。

フリーターにとっては、自分の生活をぞんぶんに味わうことこそが、人生の中心であり、仕事は、その生活のためのお金を調達するための、補助的な手段でしかない。そして、日々の何気ない生活を存分に味わいながら生きていくことこそが、人間にとってのもっとも本質的で、究極的な幸福の形のはずだ。そもそも、われわれは何のために生きているのか、もう一度思い出さなければならない。生活こそが人生なのだ。その意味で、フリーターの生活というのは、人類の究極の理想を体現しているのだ。

一方で、正社員サラリーマンの生活は、本末転倒というタイトルの絵画のようだ。ほんらい、生活を味わうための手段でしかなかったはずの仕事で、重い責任やノルマを背負わされたために神経をすり減らし、仕事が終わっても仕事のことが頭から離れず、おいしいものを食べても、女の子とデートしても、それをしっかり味わい尽くすことができなくなってしまっている。生活しているとき、正社員サラリーマンの意識は、現在を生きてはいない。リアルが虚ろなバーチャルになってしまっている。正社員は、現在を生きているようで、実際には、その2割ぐらいしか生きていないのである。たくさんお金を使って、おいしいものを食べても、その払ったお金の2割分くらいしか、その価値を享受できていない。

フリーターは、この逆で、払ったお金以上に、生活を味わえている。たとえ、正社員サラリーマンが、1万円のフランス料理を食べ、フリーターが800円のラーメンを食べたとしても、じつは、フリーターの方が、はるかに生活の質は高かったりするのである。なぜなら、生活とは、いや、「世界」とは、脳が知覚するものがすべてであり、その脳の知覚が仕事に浸食されまくっているサラリーマンは、「世界」そのものが、仕事に浸食され、腐食し、不気味なマガイモノに変質してしまっているからである。

そして、生涯賃金ばかりがよく議論されるが、それよりもはるかに重要なのは、生涯生活価値である。
たとえば、正社員が若いうちに、生活を味わうことを犠牲にして、アリさんのようにあくせく働きつづけ、定年退職してから、豊かな老後を迎えたとしよう。そして、フリーターが、若いうちは、キリギリスのように、ギターを引いてエンジョイして暮らし、老後になって、困窮したとしよう。

この場合、フリーターの生涯生活価値は、正社員サラリーマンの何倍にもなる。なぜなら、年をとってくると、味覚細胞、嗅覚細胞、聴覚細胞、視覚細胞などが、かなり死滅し、損傷しているので、いくらお金を出しても、若いときほど、生活のあらゆることを十分に味わえない。それどころか、高血圧や糖尿病の心配があり、自由にものが食べられなくなっている。しかも、最近は、大人になってから花粉症になったり、アトピーになったりするケースがどんどん増えてきていている。
ひとたび花粉症になると、すがすがしく青空の澄み渡った五月、初夏の時空間は、杉花粉という生物兵器に汚染された、風の谷のナウシカの腐海のような地獄になってしまう。ひとたびアトピーになると、体中が痒くて、一晩中からだを掻きむしって七転八倒しつづけることになる。
年をとればとるほど、これらの病気にかかる可能性が増え、まともに人生を楽しめなくなる可能性は増大する。

それだけではない。たとえば、海外旅行一つするにしても、若いときのように、リュックサック一つを背負って、安宿にとまり、現地の人々と同じものを食べ、現地の人込みに紛れて、現地の文化や人々の暮らしををリアルに体感することは、年をとってからだとできない。無理にやろうとすると、免疫力が落ちているから、食中毒になってそのまま病院にかつぎこまれ、意識不明のまま日本へ送還されるのがオチだ。

つまり、たとえ正社員サラリーマンが、定年退職後に、フリーターが若いころに生活を楽しんだのと同じだけの時間を確保することで、生涯のトータル自由時間を同じにできたとしても、そして、生涯賃金がフリーターの何倍もあっても、肝心の若いときの生活を存分に味わえないと、人生のトータルのお楽しみの総量は、圧倒的に少なくなってしまうのである。

一時期、希望格差という本がベストセラーになったが、希望格差などより、はるかに問題なのは、この圧倒的なまでの生涯幸福量格差ではないだろうか。
次の国会では、ぜひとも、この生涯幸福量格差について、徹底討論をし、絶望的な負け組である正社員の具体的な救済策を打ち出してもらいたい。

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