第3弾は2022年のベスト映画です。ちなみにフランスの老舗映画雑誌『カイエ・デュ・シネマ』の2022年のベスト10には、アルベール・セラ「PACIFICTION」、ジョーダン・ピール『NOPE/ノープ』、リチャード・リンクレイター「Apollo 10 1/2」、濱口竜介「偶然と想像」などが入っていました。
オフィサー・アンド・スパイ(ロマン・ポランスキー監督)
ポランスキーは倫理的な問題から多くの批判を浴びており、その点に関しては、責任を負うべきであろう。ここでは、純粋に作品のみに焦点を絞って評価したい。誰もが知るドレフュス事件をピカール大尉の視点から捉えたこの作品は、この事件の暗黒面を見事に浮き彫りにしている。事件の真相を闇に葬り去ろうとするフランス陸軍内部の圧倒的な勢力に対して、怯むことなく挑んでいくピカールの姿は美しい。19世紀末のパリの風景と空気感をしっとりとした映像の中に刻みこんだこの作品は、揺るぎない強度をもたらし、見る者に映画というものが「何であるのか」を間違いなく知らしめることになるだろう。近年のポランスキーの作品としては出色の出来映えであることは間違いない。
ジャンヌ・ディエルマン――ブリュッセル1080、コメルス湖畔通り23番地(シャンタル・アケルマン監督)
2022年は、ベルギーが生んだ映画監督シャンタル・アケルマン(1950-2015)の代表作5作が特集上映されたということで記憶される年になるであろう。今回は『ジャンヌ・ディエルマン』(1975)と『囚われの女』(2000)の2本を見たが、いずれも素晴らしかった。前者ではデルフィーヌ・セイリグという女優の底力――カリスマ性を見事なまでに消し去っており、レネの『去年マリエンバートで』やトリュフォーの『夜霧の恋人たち』とは別人に見える――を堪能することになったが、後者の幾つかの映像も忘れがたい。これは現時点ではプルーストの『失われた時を求めて』の最良の映像化であろう。アケルマンが真に論じられるのは、これからではないかということを感じさせる機会となった。
ブレット・トレイン(デヴィド・リーチ監督)
近年のブラッド・ピットは目覚ましい活躍を続けているが、この作品を見るとその実力のほどを明瞭に感じ取ることが出来る。『トップガン:マーヴェリック』のトム・クルーズがゲーリー・クーパーの水準に達しているとするなら、この映画のブラッド・ピットはほとんど緒方拳なみである。「立って、ぼそぼそと喋る」だけで「絵」になっているこの男に対して、どうして文句を付けることが出来ようか。もちろん、映画そのものは他愛のない「列車映画」であり、結論は最初から見えている。ただ、この時代にまだ密室空間だけで映画を作り出すという冒険を敢えてやろうとする製作スタッフの意気込みに、いささか心を打たれてしまった。
バーバラ・ローデン『WANDA』 ジャンヌ・ディエルマン
『ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』
ケリー・ライカート『ウェンディ&ルーシー』
2022年の下半期は映画を観ることがほとんどできなかったので、あくまでも上半期ですが、この3本を選びました。とはいえ新作ではありません。最初に公開されたのは、それぞれ1970年、1975年、2008年です。ただ日本では2022年に「一般劇場公開」された映画と言ってよいでしょう。私自身、これらの作品についての事前の知識は貧相なもので、ただ話題につられて観に行きました。
どの映画の主人公もあまりセリフがありません。あったとしてもとても短く、つたなく、またその声を聞く人もほとんどいません。とても孤独な世界を生きています。でもそれはよその世界の話ではなくて、あくまでも私たちの世界の中で実際に起きていることなのです。まるでドキュメンタリー映画のようです。登場人物たちは確かに日常を生きている。生きながら、だんだんと世界から外へと追いやられていく。こちらを見ていた視線もやがて逸れていく。人と人がすぐそばで生きながらも、目を合わせることもなく遠ざかっていき、無関心があたりをおおう。そんな現代社会の危機の姿を察知して、フィルムにおさめた。そんな三作品です。
観に行きたいと思っていたらあっというまに公開期間が終わっていたなどタイミングが合わず、今年は映画館に行く機会が少なく、ほとんどが家での鑑賞となりました。2023年はもっとスクリーン上で観たいです。
『天国にちがいない』(エリア・スレイマン)
スレイマン監督は「現代のチャップリン」と形容されているそうだが、監督自身が主演し、表情を変えることなく飄々と行動する姿はバスター・キートンやジャック・タチを思わせる。淡々とはしているが、風刺色の強いエピソードが連続し、世界には喜劇も悲劇も恐怖も暴力も老いも若きも・・何もかもが同時に存在することを感じさせる。かといって湿っぽくなることはなく、「笑い」の余地を残してくれている。最後に若者たちが(ストレートもゲイも関係なく?)楽しそうに踊りまくるのを見ながら、主人公の表情が唯一崩れる瞬間の映像にこちらも幸福感を味わった。内容に劣らずスケールの大きな映像もすばらしく、みんなが知っている有名な街を、どこか別の幻想的な空間に変えてしまう魔術的な技法にうなってしまった。とりわけ無人のパリの街の絵は詩的でどのシーンもうっとりしました。
『MEMORIA メモリア』(アピチャッポン・ウィーラセタクン)
コロンビアを舞台に欧米系の俳優で撮影されてはいるが、従来のアピチャッポン監督のスタイルはまったく変わることなく、かつスケールが一段と大きくなっている。動きの少ない長回しの連続で、眠たくなるかなと思いきや、まったくそんなことはなくて、先の展開が読めずドキドキしながら観たので136分という時間もあっという間に過ぎた。結末も思いもよらない方向に振られたのでびっくりしたのだが、あとでよく考えてみればそういう展開もまさにこの監督らしいのだった。いくつもの謎が投げ出されたまま終わっており、それらに何らかの解釈も加えることもできるだろうが、論理や整合性を超えたところで映画の構成の一部となっているように見えた。難解ではあるけれども、ところどころで独特のユーモアも感じられ、さまざまな表情を見せてくれる作品だった。
『ミークス・カットオフ』(ケリー・ライカート)
オレゴンの雄大な景色とそこをさまよう小さな人々たちのコントラストがすばらしく、冒頭から唸ってしまった。とにかく映像が最初から最後まですごくて眺めているだけでもうっとりする。脚本も極力そぎ落とされたもので、バックグラウンドなどほとんど説明がされないが、ミークスと呼ばれる男とその他の人々との服装の違い、3家族のステイタス、女性たちの位置づけ、追い詰められていく状況など、映像は静かにゆっくりとではあるが雄弁にこちらに語りかけてくる。突然の終わり方に唖然とするけれど、これは希望のあるエンディングと考えたい。
ベスト3には惜しくも入りませんでしたが、レオス・カラックス監督の『アネット』も強烈な印象を残しました。本格的なミュージカルでびっくりしましたが、贔屓の俳優アダム・ドライバーの怪演もあり楽しく観ました。
「秘密の森の、その向こう」 セリーヌ・シアマ
自分の息子とは友達感覚でずっと一緒に遊んでいる感じだが、去年亡くなった自分の父親との関係性はそれとは全く対照的だった。彼は頑固で寡黙な、典型的な昭和の父親だった。父親の口から彼の子供の頃や若い頃の話をほとんど聞くことはなかった。亡くなったあとに、いろいろ話をしておけばよかったと激しく後悔するわけだが、この映画はそういう取り返しのつかない領域にコミュニケーションを開く。「子供の頃の母親と森の中で出会う娘」という設定だけで泣けてくる。シアマがインタビューで、「ジブリが大好きで、行き詰まったとき、宮崎駿だったらどうするだろうかといつも考えている」と話していて、この世代の宮崎駿の浸透ぶりにも改めて驚かされた。
「あのこと」 オドレイ・ディワン
今年のノーベル文学賞を受賞したアニー・エルノーの『事件』の映画化作品。まるで自分が妊娠しているかのような至近距離からの肉々しいショット。彼女に近づく男たちのクズっぷり、ゲスぶりもリアルで、自分のことでもないのに罪悪感すら引き起こされる。男が見ると、自分の中にあるゲスな男性性をえぐり出される感じ。お腹の中の子供は常に厄介な、感情移入できないオブジェとして描かれるが、最後のトイレでの衝撃的なシーンは、あまりに衝撃的過ぎて、監督の意図に反し、中絶反対派にも理があるんじゃないかと思わせる効果を生んでしまいそう。
「プアン/友だちと呼ばせて」 バズ・プーンピリヤ
何の情報もなく友だちに誘われて見に行ったが、タイ人監督によるカーウァイ制作の映画だった。今年はウォン・カーウァイの過去の作品の4K 再上映企画があったが、この映画を見て、90年代に経験した「恋する惑星」や「天使の涙」や「ブエノスアイレス」の新鮮な衝撃を思い出さずにいられなかった。演出の細部がうっとりするくらい、いちいちおしゃれな映画でした。
今年は統一教会問題で揺れた日本だったが、「星の子」(2020)はまさに家族とカルト宗教がテーマの作品。芦田愛菜がカルト宗教にはまった両親を持つ宗教2世の娘を好演。緑のジャージを着て変な儀式に耽る両親を永瀬正敏と原田知世が演じるが、アイドル的な存在だった若い時代を知っているだけに、そのダサい姿に泣けてくる。脱会させるとか安易な解決に終わらずに、宗教2世問題が家族愛と深く絡み合っているがゆえに葛藤が深いことを示す。そういえば今年セクハラスクープが出た園子温の「愛のむきだし」(2009)も宗教2世の物語。わざわざ映画館まで足を運んだのに前日で上映が終了していた「ビリーバーズ」(2022)も必ずリベンジしたい。これはカルト宗教をテーマにした漫画家の山本直樹の作品が原作。
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