その患者さん―Aさんは、40代のお母さんでした。
がんが全身に転移をして、手術や放射線で治すことは難しい状態です。それでも、Aさんは少しでも長く生きたい、という希望を医師に伝えられ、抗がん剤治療に臨みました。娘さんはまだ10代。できるだけ長く家族と一緒にいたい、という思いでした。
治療はよく効き、最初にあった腫瘍が半分くらいまで小さくなって、安定した日々を過ごしていました。しかし、数年たったころには、抗がん剤治療の効果は徐々に薄れ、別の抗がん剤に変更して治療を継続するも、ついには使える薬はなくなってしまいました。
主治医は「もう使える抗がん剤はありません。緩和ケアに専念し、体力を温存する治療を中心に行っていきましょう」と伝えました。
Aさんは、凛とした表情で真剣に医師の話に耳を傾けていましたが、ぽつりと
「わかりました。...では先生、私はあとどれくらい生きられるのでしょうか」
と尋ねられ、目には涙があふれました...。
あなたは「あとどれくらい」と尋ねたいですか?
もし、あなたが何らかの大きな病気にかかって、治ることが難しい、とわかったとき、あなたは主治医に対して「あとどれくらい生きられますか?」と尋ねてみたいですか?
私は、腫瘍内科医というがんの専門医をしています。そのため、こういった質問を受けることがしばしばありますが、実際にはどれくらいの方が自らの余命を知りたいと思っているのでしょうか。
朝日新聞社が2010年に行った2322人を対象とした世論調査では、「治る見込みがない病気で余命が限られていることが分かった場合」に、76%の方が余命を知らせてほしいと答え、20%の方が知らせてほしくない、と回答しています(朝日新聞社. 死生観本社世論調査 2010.11.4版)。
また他の研究では、余命や病状進行の告知について10~20%が「希望しない」、40%は「詳細に教えてほしい」、そして50%は、「患者側が尋ねた時だけ教えてほしい」「知りたいかどうかをまず尋ねてほしい」と考えていました(参考1)。
こういった調査は他にもありますが、概ね5~7割の方が余命について知りたいと考えており、2~3割が知りたくない、というように考えているようです。
医師から告げられた余命は当たらない
しかし、現場では患者さんが「あとどれくらいですか」と尋ねても「3ヶ月」などと断定的な言われ方をすることで、ショックを受けてしまうという方も多くいます。
では、そういった断定的な予測が当たるのか?と言われれば、当たらないという場合の方が実際には多いのです。
余命の予測については、医師の経験だけでそういった数値を言い当てるのはかなり難しいとされています(参考2)。
患者さんの生死に多く接しているはずの緩和ケアの専門家ですら、正確に余命を見積もることができたのは35%に過ぎなかったという研究もあるくらいです(参考3)。
だから、余命について尋ね、「あと3ヶ月」などと断定的な言われ方をされたとしてもそれはあまり真に受けないほうがよいだろうと思います。
私たちが経験した例では、短い余命を宣言された方が、結果的に1年以上も生き永らえたこともあり、在宅で介護をしている家族が疲れた顔で「もう余命いくばくもないと思って、献身的に介護してきましたが、今日も夫は元気です。一体いつになったら逝ってくれるのでしょうか」などと聞いてくるといった笑えない話もあるほどです。
では、余命を聞く意味はないのだろうか?
余命を聞いたとしても、医師が予測する数値がそれほど正確ではないのだとしたら、そもそも余命を尋ねる意味はあまりないと言えるかもしれません。医師の方でも「正確に予想をするのは難しい」と正直に答えられる場合もあります。
もちろん、患者さんの側でも「余命などの話をするのは恐い」「悪い話は聞きたくない」という方もいらっしゃいます。それはそれで、その方の選択なので肯定されるべきです。
しかし、患者さんの中には「それほど正確ではなくても、大まかな予測で良いので教えてほしい」という方もいらっしゃいます。
例えば、自ら個人事業を営んでいる方。できる限り仕事を続けたいという思いはあるけれども、引継ぎや店じまいをできないほどまでギリギリになってしまっては困る。また例えば、家族や友人との約束やイベントを控えている方。娘の結婚式が半年後に控えているが、父親としてそのバージンロードを一緒に歩いてあげられるだろうか?という不安。
そういった方々にとっては、大まかにでも自らの余命を見積もってもらうことには大きな意義があると言えます。
また、さらに言えば、そういった方々にとって重要なのは「いつ命の灯が消えるのか」という時間よりも、「いつまである程度自由に、自らの身体を動かすことができるのか」という時間だったりします。
医療者は本来、その点も考慮して「患者は何を知りたいと思っているのか」について、その背景を含めて話し合うべきなのですが、実際の現場ではそれほど時間をかけた話し合いが行われていないのも事実です。
理想的な話し合いとは
では、何が理想的な話し合いなのかとなると、一概には難しいところですが、ここで冒頭で紹介したAさんと主治医との会話の続きを見てみましょう。
医師「...どうしてそれを聞きたいと思ったのですか?」
Aさん「...娘と少しでも長く過ごしてあげたい。少しでも多くの思い出を、娘と一緒に作っていきたいんです。旅行に行ったりもしたいのですが、どれくらい先まで予約していいのかと考えると...」
医師「なるほど、そうですね...。では、今日は少しそのお話をしようかと思いますが、よろしいでしょうか。まず、お伝えしたいことは、医師でも余命を予測するというのはとても難しいということです。なので、これからお話することは、大まかな予測だと思って下さい」
Aさん「...」
医師「ちなみにAさんは、自分であとどれくらい生きられるのかとお考えになったことはありますか?」
Aさん「そうですね...。本当はあと1年くらい生きたいけど、実際は半年くらいじゃないかなって」
医師「なるほど、そうですね。1年という可能性もないとは言えません。しかし逆に、悪いシナリオで進んだ場合、2~4ヶ月くらいという場合もあるかもしれません。なので、Aさんが予想された通り、平均すると6~8ヶ月くらいとなるかもしれませんが、いまお話した通り、それは大きな幅があるものなのです」
Aさん「そうですか...。では、あまり先の予定まで考えない方がいいかもしれませんね」
医師「そうですね、まずは1~2ヶ月先を目標にして一緒にこれからのことを考えていきませんか?私たちはよく『よいことに期待し、悪いことに備えましょう』と言いますが、1年以上大丈夫、という良いシナリオに期待して、お子さんと過ごす時間を大切にしながら、もっと早くに体調が悪くなってしまう可能性にも備えながら、今後の準備を一緒にしていきませんか?」
Aさん「...そうですね。確かに、備えをしていくというのも大事ですね...。これからもよろしくお願いします」
言葉を大切に扱う
余命について話をするということは、あなたの人生について、医療者と話をするということです。「こんなはずじゃなかった」とか「もっとこうしておきたかったな」という思いをしないために、これまで自分が何を大切にしてきて、これからどう過ごしていきたいのかということを。
「あと3ヶ月です」などという短絡的な言葉を交わすために、この話題を始めるべきではないのです。
今はまだ、医療者側もこういった話し合いをすることに慣れていない面も多いと思います。しかし、こういった話し合いを訓練する研修も始まっていますし、患者さん側が求める機会が増えてくることで、社会は変わってくるでしょう。
その時に、もっと言葉が大切にされるべきだと私は思います。
「あとどれくらい生きられますか?」と尋ねた時に、その言葉がきちんと受け止められ、そして患者さん自身の物語がきちんと紡がれていく。言葉を大切にする、ということが普通になれば、余命についての話し合いは、普通になっていくのではないかと考えています。
【参考】
1.Sanjo M, et al. Preferences regarding end-of-life cancer care and associations with good-death concepts: a population-based survey in Japan. Ann Oncol. 18:1539-47, 2007.
2.Christakis NA, et al. Extent and determinants of error in doctors' prognoses in terminally ill patients: prospective cohort study. BMJ. 2000; 320 (7233): 469-72./Glare P, et al. A systematic review of physicians' survival predictions in terminally ill cancer patients. BMJ. 327:195-8, 2003.
3.Amano K, et al. The Accuracy of Physicians' Clinical Predictions of Survival in Patients With Advanced Cancer. J Pain Symptom Manage. 2015; 50:139-146.
【西智弘(にし・ともひろ)】 川崎市立井田病院かわさき総合ケアセンター腫瘍内科医
2005年北海道大学卒。家庭医療を中心に初期研修後、緩和ケア・腫瘍内科の専門研修を受ける。2012年から現職。現在は抗がん剤治療を中心に、緩和ケアチームや在宅診療にも関わる。一方で「暮らしの保健室」を運営する会社を起業し、院外に活動の場を広げている。日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医。著書に『緩和ケアの壁にぶつかったら読む本』(中外医学社)、『「残された時間」を告げるとき』(青海社)がある。
※この記事は、Yahoo! JAPAN限定先行配信記事です。
2005年北海道大学卒。家庭医療を中心に初期研修後、緩和ケア・腫瘍内科の専門研修を受ける。2012年から現職。現在は抗がん剤治療を中心に、緩和ケアチームや在宅診療にも関わる。一方で「暮らしの保健室」を運営する会社を起業し、院外に活動の場を広げている。日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医。著書に『緩和ケアの壁にぶつかったら読む本』(中外医学社)、『「残された時間」を告げるとき』(青海社)がある。