HPVワクチンを接種した後に訴えられている症状は、HPVワクチンの成分とは関係ないと見られていますが、それではこの症状はどうして起きるのでしょうか?
そして、どうやったら治るのでしょうか?
痛みや体調不良を訴える女子たちを診察してきた大阪行岡医療大学特別教授、三木健司さんの講演詳報の2回目は実際の患者さんの症例を紹介しながら、治療法や患者を悪化させる対応について考えます。
18歳でHPVワクチンをうって、10ヶ月後に発症
ここで症例をご紹介します。
・25歳女性
・18歳で、HPVワクチンを3回接種
・接種後10ヶ月経ってから、手の関節痛、関節の腫れを発症
・多関節炎との診断で膠原病・関節リウマチ治療薬を使い、痛みは治ったが副作用で中断
・若年性リウマチの診断基準は満たさない
・MRIではわずかな関節水腫のみみられる
・朝起きれなくなり、仕事を退職
この人は、18歳の時にワクチンを3回うっています。25歳で私のところに受診したのですが、注射して10ヶ月ぐらい経ってから手が腫れてきたという訴えでした。
若い人で手が腫れてくる場合、若年性の関節リウマチという病気があるのですが、診断基準は満たしていないけれども、前に診たお医者さんはリウマチの手前かなということで治療薬の注射をうったのです。
結局、薬をやめてもやめなくても一緒だということで薬は中断しました。お医者さんも裁量権があるので、病気に近いかなと考えれば治療はできます。この薬は、1年間で100万円ぐらいするのですけれども、そんな薬をうつこともできます。
私はこの人について色々調べて、病気ではないけれども、関節の水腫があることだけがわかりました。
そうすると、病気ではない人に色々治療をすることが本当にいいのかということも考えなくてはいけません。たまたまこの人はワクチンをうっていたということなんです。
将来への不安を受け止めて、ちょっとずつ体を動かすように
この人は、心理的な要因を調べてみると、痛みのせいで日常生活ができなくなっていました。そして、その背景には不安やうつがありました。
こうした患者さんには、この病気は将来どんどん悪くなるものではないということを伝えてあげたほうが、患者さんとしては安心して、「それなら会社に行ってもいいかな」と思えるようになります。
やはりそういうことをケアしてあげるには、患者さんがこの症状についてどう思っているかを理解することが大事です。そういうのが行動医学の考え方です。
患者さんが今、身体症状を出して家で寝ているとします。でも、寝ている原因は症状というより、不安であったり、将来これはどうなるのかと心配していることでもある。
それならば、「ちょっとずつ体を動かしたほうがいいですよ」と伝えるのが、患者さんのためになるかと思います。
この人はワクチンをうっていましたから、皆さんは「ひょっとしたらワクチンのせいかな」思ったかもしれませんが、ワクチンをうったことに注目しているとこのような患者さんの思いを見落とすかもしれません。
ワクチンはうっていないが手指や腰に痛みがあり、左脚に力が入らない16歳
もう一人、今度はワクチンをうっていない症例です。
・16歳女性
・高校1年生の頃から、手指の痛みで楽器が弾けない。左脚に力が入らない
・整形外科を受診し、膠原病内科へ紹介される
・日によって歩ける日と歩けない日がある
・頭痛、右膝の痛みなどで学校を休みがちに
・MRI、X線、採血、身体所見いずれも異常なし
・朝起きれず、夜はスマホをずっと見ている
・林間学校は学校の理解がなく断念した
・高校2年頃からさらに体調を崩し、感情がなく、学校に完全に行けないように
整形外科で原因がわからないと、膠原病内科によく回されるのです。膠原病内科は関節痛などをよく診ているからですね。
そこでも、原因がはっきりわからなかったので、私のところに相談されたのですけれども、なかなか学校に行けないのですね。時々行ける日もあればいけない日もある。
しんどい理由は頭が痛かったり、膝がパキパキしたりすると言っていました。採血などの検査でも異常がないし、力がなくなる「機能性脱力」という状態なんです。
そういう患者さんで、朝は起きられないけれども、夜は元気にスマホをいじっている。でもなかなか学校にはいけない。本人に聞いても心理的なことを言わず、「あまり困っていないよ」「学校にはいけないけれども普通にしていますよ」と言うのです。
でも、お母さんからお話を聞くと、学校がつらいし、芸大に行きたかったけれど、学校に行っていなかったらなかなか芸術の練習もできないので難しい。でも日本の学校は外国の学校のように選択できる落第が少なくて、基本的に3年間で卒業しなければいけない。進路も決めないといけない。それもなかなか難しいという状況がわかりました。
「機能性脱力」 別の道に進んで元気に
この子の家庭では、この人が病気だから、弟が自分一人で身の回りのことができるようになっていました。そうすると、お母さんも上の子ばかり構うようになります。それがまた本人を追いつめます。
この人の診断は「機能性脱力」としました。機能的には問題があるけれども、身体の状態など器質的には問題がない。
本人に対しては、「脳の誤作動で力が入らないんだったら、ちょっとずつやっていけばいいですよ」と伝えて無理をしないようにさせました。
最終的には、この子は日本の学校は諦めて、外国の学校に進んで元気にしています。
自分の行っている学校に合わなかったということで同じような症状が出ることがあると思っています。そういう時に、痛くなって動けなくなるのはなぜか。
「破局的思考」というのがありますが、痛かったら、「痛くても頑張る」というより、「痛かったら弱ってしまう」と思ってしまう考え方なんです。
そういう考え方の人は、痛いとより弱ってしまうということです。そして、弱ってしまうと、生活できないということになります。
治療者が「私はあなたを信じている」と伝える
イギリスの開業医用の教科書があります。これは医学的にあまり説明ができない症状に対して、どう説明したらいいかを書いてある教科書なのですね。
要するに、「脳の誤作動で動かないんだよ」と伝える。
そして、「私はあなたのことを信じてますよ」「あなたの問題が想像によるものだとは考えていない」「本人が力が入らないというのは嘘ではないですよ」ということを説明してあげる。それによって、患者さん自身が自分で治ろうかなと思うということが書かれています。
現実には患者を悪くさせる治療者がいる
ところが現実によくある診療は、治療者が「あなたはどこか壊れていますよ」と言ってしまいます。
例えば今、HPVワクチンで問題になっているのは、「あなたの脳はワクチンにやられて、脳に炎症がある」と言ってしまう人がいるんですね。
そうすると患者さんも「脳がやられてしまった。もう動けない。学校も行けないし、仕事にも行けなくなる」と思うようになります。
昔からこういうことが言われています。
「患者さんを治さない。悪くさせる治療者がいる」
昔は、医療もあまり進んでいなかったのですけれども、今は、患者さんの苦痛は本人がどう行動するかにもよって違ってくるということがわかっています。
そこで、どうやって治療者は説明するかです。
患者さんはどうしても医療者の言うことを聞くので、患者さんに少しでも治療にやる気になってもらうと回復するんですけれども、逆に「あなたは身体障害が起きていますよ。動かないほうがいいですよ」と言うと、余計動かなくなります。
いろんな検査をして、「あなたのこの部分が壊れていますよ」と言うことを、「壊れた部品仮説」というのですけれども、治療者が「壊れている」と言うと患者さんも「治せないのかな」と思います。そうするとそこから抜け出せない。
そんなことになるぐらいなら、治療者は一緒に歩く練習でもしていたほうがよく治るということになります。
患者さんができることを少しずつ増やす認知行動療法
実際にHPVワクチンをうった患者は、頭が痛いとか関節が痛いとか腰が痛いとか。いろんなところが痛むんです。痛み以外では、だるいとか、夜寝られないとか、昼間寝ちゃうとか、立ちくらみがあるとか。そういう症状が訴えられています。
本当の原因がどうなのかと言っても、原因もはっきりしないし、元々注射を行っていなくても調子が悪い人はたくさんいるので、「運動療法」「認知行動療法」を行います。
「認知行動療法」とは何かというと、子育てと一緒なのですが、例えば、跳び箱を飛ぶとします。でも、最初はどういう風に学校の先生が教えているかというと、跳び箱を飛ぶのが怖い子どもがたくさんいるから、跳び箱の手前まで走る練習をするんですね。
跳び箱を無理に飛んで、手をグキっとくじいたらできなくなるので、最初は手前まで走る。次はそこに立って上に登る練習をする。それもできるようになったら、跳び箱に走っていって、上に座る。
要するに、そうやって、患者さんができることを少しずつ増やしていくのが認知行動療法なんですね。
HPVワクチンをうって学校に行けなくなった人にも、家で少しずつできることを増やす練習をするようにします。そうすると、ちょっとずつ良くなったよとなる。半分以上の患者さんは、そうするとよくなるんですね。
そして、これで良くなるのであれば、脳の炎症とかではないはずです。骨が折れた人にこんなことをやっても絶対に治らない。でもこういう認知行動療法で治るならば、機能性疾患だということの傍証になるかと思います。
HPVワクチン接種後の体調不良は何なのか?
現在、色々な副反応疑いが報告されていますけれども、多いのは、関節痛とかけいれんとか自覚症状的なものです。熱は普通のワクチンでも出ますね。肝臓の機能の異常などはあまり出ていません。そうすると、自覚症状主体のものがほとんどなのかなと思います。
名古屋市の7万人の女子を対象にした名古屋スタディは、同じ年の人に全部渡して、何か症状があるか書いてもらうんです。
医療機関だったら注射した人しか来ないです。名古屋スタディは、注射している人も、していない人もアンケートに回答しています。こういう調査の場合、症状がつらい人がたくさん書くから、ワクチンをうっている人ばかりが書くのかなと思いますが、結局、HPVワクチン接種後に言われている24の症状の出方に差はありませんでした。
何も注射していなくても、手が震えたり頭が痛かったり、調子が悪かったりする人はたくさんいます。
例えば、線維筋痛症のドイツのガイドラインでは、薬を使ってもいいのですけれども、運動をした方がいいですよとしています。
日本では、あまりお医者さんが運動療法を教えないですね。薬を出した方が手間もかからないし、楽だからです。
でも、ドイツなどの場合は、医療機関が病名に対して使っていいお金は基本的に決まっていることが多い。費用対効果が問われるのです。薬よりも、運動や瞑想がいいということになります。そのあたりがずいぶん違います。
運動療法の効果
阪大と我々が共同でやっている治療プログラムもあります。
研究なのでMRIを撮ったり、心理学的な点数を取ったりするんですけれども、自分で運動してもらうプログラムを、患者さんにやってもらいます。
元々、線維筋痛症の患者さんですですが、治療するまではこんなに衰えていたのに、運動療法を3週間続けたらかなり元気になりました。
認知行動療法は少しずつやっていくものですが、運動するとこのぐらい効果があるわけです。実際、これをやることで、ある脳の部分が変化することもわかっています。患者さんにどう説明して、どうやってもらうかが一番大事だと思います。
小さいヘルニアがある男性がいます。この人は車でぶつかってちょっと怪我をしたのですけれども、あるドクターはこういう風に説明しました。
「これはひどいですね。ヘルニアが出ています。どんどん悪くなります」
もう一人のドクターは、
「ヘルニアが出ていますが、神経や脊髄に損傷はないのでしばらくするとよくなります」
どっちを聞いたほうがよくなると思いますか?
やはり下の方がよくなると思うんです。でもこの患者さんは残念ながら上の説明を受けたんです。患者は上の説明を受けて手術を受けて良くならず、その後、怒って裁判になりました。
患者さんというのはお医者さんがどう説明するかによって、その後の経過がずいぶん変わってしまうんです。
なぜ治療経過は変わってしまうのか?
患者さんは、自分が治ると期待できるかどうかでずいぶん変わっていきます。
だから、患者さんを悪くしようとすると、お医者さんは簡単です。「あなたの病気は実は治りませんよ」とか、「どこかがダメージを受けています」と言えば、患者さんは簡単に悪くなるんです。
日本の場合は、自分の患者が悪くなってもお医者さんの報酬は減らないのです。ドイツやイギリスの場合は、患者さんが治っていかないと、国から報酬がたくさんもらえないので、患者さんが治ってもらわないと困る。つまり患者立脚型評価が一般的で、費用対効果を重視しています。
日本の場合は手術などをした方が医療機関が経済的に潤うので、どうしてもそういうことをやる方に力が働く。痛みなどの自覚症状は、基本的には、患者さんが自分は治ると思えるかどうかが治療成績に関わると報告されています。
そういうこともあって、私自身は大学でこういう診療もしていますが、日本のドクターに行動医学の考え方を普及させようということで、認定NPO法人「いたみ医学研究情報センター」に参加して、国から予算をいただいて活動しています。
難しいのは、日本には82医学部がありますが、慢性疼痛の診療を本格的にやっているところは少ないと言われています。
これを改善するために、大学以外のいろいろな施設、開業医さんも集め一緒にやろうとしています。
NPOで診療の仕方を学んでもらう
キーワードは、患者さんとのコミュニケーションスキルです。どうしても医学部といえば勉強で入っているところが多いので、お医者さんと患者さんが本当に話ができているかには疑問符がつくんですね。
認知行動療法は患者さんに合わせて少しずつやります。
例えば塾でも、ちょっと教えたら勝手に自分で学んでいくお子さん向けの塾と、マンツーマンで教える塾がありますね。
この慢性痛の患者さんは、ちょっと教えてすぐできるようになる人ではありません。そうでなければ慢性化しないです。そういう人であれば、何かあったとしても自分で克服できますから。でもそういう人ではない人に、認知行動療法をやっていくことが非常に大事かなと思います。
そういうことも含めて広げていこうと「いたみ医学研究情報センター」というNPO法人に参加しています。
もし患者さんで電話相談したい人がいれば、HPをみてもらえば看護師さんが出て来ますから、「こういう症状で困っているんだけど、お医者さんに言ってもいい解決策がないです」というのも相談してもらえればと思います。
痛みは脳が作り出している
基本的には、脳が自分で痛みを悪くしていることが多いのです。
やはりストレスとか心理的なものとか、調べてもわからないことが多いですし、本人もわかっていないことが多い。何らかの原因で慢性化してしまうと、そこからなかなか抜け出せないというのが、一つの大きな特徴です。
痛みや運動障害はあくまで自覚症状です。急性痛と慢性痛は違います。
患者さんは3ヶ月ぐらい調子が悪くても病気ではないのですが、それが3ヶ月以上引きずってしまうと、脳の方が変わっていきます。それを治すためには、様々な診療科が協力する集学的な治療が必要かなと思います。
日本でも2023年以降、もう少ししたら行動医学の考え方が一般的になるかもしれません。それまでは難しいかなと思います。
この認知行動療法は、痛みに対しては日本では保険適用されていません。健康保険で認められていないので、どこもやってくれない。そんなのをやっても採算が取れないということで、それも問題なのかなと思います。
【三木健司(みき・けんじ)】大阪行岡医療大学医療学部特別教授
1990年、滋賀医大医学部卒業。2015年早石病院疼痛医療センター・センター長、同年8月、大阪大学大学院医学系研究科疼痛医学講座准教授を経て、2018年4月、大阪行岡医療大学医療学部特別教授に就任。
日本整形外科学会整形外科専門医、認定リウマチ医、日本リウマチ学会リウマチ専門医。日本疼痛学会評議員(2017年〜)、日本線維筋痛症学会副理事長(2018年〜)。認定NPO法人いたみ医学研究情報センター理事長(2016〜2019年)。