日本産科婦人科学会が、HPVワクチンについて正確な情報を広めようと、保健従事者やマスコミ向けに全国で開いている勉強会。
東京、大阪に続き、6月28日に札幌で開かれた勉強会には、産婦人科医の他、精神科医、がんの疫学者など様々な専門家が最新の情報を講演しました。
子宮頸がんの治療に長年携わってきた北海道大学産婦人科名誉教授で、子宮頸がんの啓発団体「ピーキャフ・PCAF」代表の櫻木範明さんの講演の後編は、子宮頸がんになったらどのような治療をするかお伝えします。
子宮頸がん検診で異常が出た場合の精密検査
子宮頸がん検診で異常が出た場合、精密検査を行います。このチャートは、精密検査を受ける患者さんに説明するための資料から持ってきたものです。
子宮の入り口には2種類の粘膜があって、この境目ががんができやすいところです。
そこにウイルスが感染すると、正常な細胞ががん化しますが、一足飛びにがんになることは稀です。
多くの場合は「異形成」と呼ばれる、がんの手前の病気(前がん病変)を経てがんになります。
前がん病変も3段階(軽度異形成、中等度異形成、高度異形成/上皮内がん または CIN1、CIN2、CIN3)を経て進行していき、こういうステップを踏んでがんになっていきます。
CIN1は消失する可能性が高く、CIN3は40%くらいががん化します。
しかし、軽度な異常であっても、HPVの感染がわかった場合は精密検査をします。
どうしてかと言えば、子宮頸がん検診は表面の細胞をこすりとって調べていますので、表面は軽い異形成(前がん病変)でも、深いところにがんが隠れていることがあるからです。隠れているがんを見逃さないために、精密検査が必要になるということです。
子宮頸がんには「扁平上皮がん」と「腺がん」の2種類がある
子宮頸がんには、「扁平上皮がん」という種類のがんと「腺がん」という種類のがんがあります。扁平上皮がんが多くて全体の75%、残りの25%が腺がんです。
腺がんも「腺上皮内がん」という腺上皮内にとどまって転移する可能性が低いものを経て、腺がんに進行します。
ごく稀に、こういった経路をたどらない腺がんもありますけれども、ほとんどの頸がんがこのような流れで発生してきます。
腺がんは今非常に増えてきています。子宮頸がんに占める割合が増えてきているということです。
問題はがん検診で腺がんの前がん病変、あるいは早期の腺がんは発見が難しいということです。
もう一つの問題は、治療が難しく、少し進んでしまった場合は、扁平上皮がんと比べて治りにくいということです。この腺がんの80パーセントは16、18型が原因ですから、HPVワクチンでの予防が重要だと考えています。
コルポスコピー検査、どんなことをするのか?
精密検査はコルポスコピーという検査で行います。
子宮の入り口である子宮頸部を拡大して異常がないか診ます。
正常な入り口が図の右上の写真です。ちょっと色の薄いところが扁平上皮で、色の濃いところが円柱上皮(腺上皮)、粘液を出すところですね。
この境目のところが前がん病変、あるいはがんが出てくるところです。
拡大してみても前がん病変はよくわかりませんが、薄い酢酸、つまり酢の成分ですけれども、それを塗ると白くなりますので、そこを狙って組織をとって診断をつけるわけです。
初期のがんやがんに近い上皮内がんは「円錐切除」で治療
がんに近い上皮内がんの場合は、「円錐切除」という治療を行います。初期のがんの場合、若年女性では円錐切除で子宮を残して治療をすることもできます。
子宮頸部というのは、子宮の体部と腟を結んでいるところです。体部は妊娠中、赤ちゃんが育って大きくなるところですね。
子宮頸部は妊娠中に流産、早産しないようにしっかりと体部を支えているところですので、そこの円錐切除を行いますと、流産早産のリスクが高くなることがあります。
それから表面からわからない頸がんが奥に隠れていることもあります。表面を見ても何ともないし、拡大してみて酢酸を塗って見やすくしてもがんがあるように思えないですけれども、その後の精査で実は奥に進んだ頸がんがあったということもあります。
ですからがん検診も100パーセントの方法ではないんですね。浸潤がんであってもそうです。
治療は、上皮内がんでは、子宮の入り口の一部をとります。ごく初期のがんですと、子宮筋腫と同じように子宮を全摘します。そこから進みますと子宮の周囲や腟の方が、がんが進んでいく方向になりますので、転移の恐れのあるところを広く取らなくてはならなくなります(広汎子宮全摘術)。
手術の後遺症も
そういった術後の問題点としては、一つは下肢のリンパ浮腫があります。
これは子宮頸がん治療後の大きな後遺症の一つです。リンパ節を取ることで発生しやすくなりますので、リンパ節を切除する時の工夫や、早い段階でリンパ浮腫の治療も行なっていますけれども、発生をゼロにするのは難しいのが現状です。
もう一つの後遺症としては、術後の排尿障害があります。
子宮頸がんが進むと、子宮の周りの組織を切除しなければいけませんが、この周りの組織の中に膀胱に行く神経が入っています。
この神経だけを分離して、残すことで術後の排尿障害は大きく減らせますが、これも完全ではありません。こういった治療の経験を踏まえて、やはり予防に勝る治療はないという言葉は本当のことだなと思います。
予防に勝る治療はない ワクチンと検診の両輪で防げ
子宮頸がんの予防ですが、一つはワクチンで原因を防ぐことです。HPVに感染してしまっているなら、リスク要因を避ける。がん化を促すような要因を避けてほしいのです。禁煙は重要なことです。
それから、検診で前がん病変を発見・治療することも大事です。
頸がんの発生をどこでブロックするか。男女ともに子宮頸がんの原因となるHPVに70〜80パーセントが感染します。この感染を予防するのが一次予防と呼ばれるものです。
HPVの感染を予防するには、思春期(中学・高校)での性交渉を避ける手もありますけれども、これは現実的にはなかなか難しい話です。
そのため、HPVワクチンで感染を防ぐことが重要ですが、思春期、性交渉開始前にワクチンを接種することが必要になります。
ウイルス感染が残りますと、だいたい5年ぐらいで上皮内がんに進みます。上皮内がんになりますと、そこから3、4割が10年ぐらいかけて浸潤がんになりますので、浸潤がんになる前に発見して治療するのが二次予防ということになります。
がん検診の精度はそれほど高くはない 見落としも
がん検診、現在行われている細胞を顕微鏡で見て検査する方法での前がん病変/上皮内がんを発見できる率(感度)は70パーセントぐらいです。あまり高くないですね。限界があります。
ですから、以前は毎年受けるようにしましょうという風に言っていたわけです。
今、検診の間隔は2年に1回に延ばしていますけれども、1回の感度はせいぜいこんなものです。
HPVの検査をすると細胞診よりも、異常を見つける率である「感度」が高く90パーセント以上の感度で前がん病変を発見することができます。
上皮内がん、ごく初期のがんでは円錐切除で子宮を残すことができます。ただし、円錐切除をしても、もともとあったHPVが治療後も残っていると再発する可能性が高くなることがわかっています。
HPVワクチンとはどんな薬?
HPVワクチンの説明をしましょう。
ヒトパピローマウイルス(HPV)はこんな形をしていまして、外側の殻になるところと中のDNA、ウイルスの遺伝情報という二重構造になっております。まんじゅうの皮とあんこに例えられる構造になっております。
現在使われているHPVワクチンは、もともとのウイルスを弱毒化して作ったわけではなくて、外側の殻だけを人工的に作ったものです。ですから中身はないんですね。中身の遺伝情報はないので、発がん性などの病原性はないです。安全なワクチンということが言えます。
このワクチンの接種率。現在、多くの国で高い接種率が報告されています。日本でも2013年には70パーセント以上の接種率でしたが、現在は1パーセント未満に落ち込んでおります。
アメリカも低い国でしたけれども、最近では接種率が上がってきています。
世界の中で遅れている日本の子宮頸がん対策
顕微鏡で前がん病変やがんの細胞を見つけるというのが現在の子宮頸がん検診です。これは1950年代に確立されまして、それまで胃がんに次いで非常に多かった子宮頸がんはがん検診の導入でどんどん減ったわけですね。
そうなのですが、ある程度下がったところで、受診率の低さもあって限界がきたというのが現状です。そこから、子宮頸がんは再上昇をしているということです。
日本の頸がん検診受診率は、情けない数字なのですが、OECDの平均は60%くらいで、日本は35か国中、下から5番目。上から31番目で、日本より低くなっているのがイタリア、ラトビア、ハンガリー、メキシコです。これもなんとかしなければなりません。
細胞診に変わる、プラスする方法として最近注目されているのがHPV検査です。感度が非常に高いので、HPV検査を一緒に使うと、細胞診だけに比べて、非常に大きく浸潤がんを減らすことが証明されています。
こういうことをやれば、検診で正常だった場合、検診間隔も伸ばすことが可能となります。二次予防については検診受診率を高め、感度の高い方法を用いることが重要なテーマです。
子どもたちは子宮頸がんの予防法を知る権利がある
まとめます。
子宮頸がんの発生を見てみると、原因のHPV感染は、10代の後半から20代にかけて最も高いわけです。そこから5年ぐらいを経て、上皮内がんが発生して、その10年後に浸潤がんになってきます。
だから10代にワクチンをうって、HPV感染を予防する。それから20歳から子宮頸がん検診を定期的に繰り返し受けることで上皮内がんを発見して治療する。
残念ながら浸潤がんになったならば、QOL(生活の質)を考えた治療をする。
こういった戦略で、子宮頸がんに対応していかなければなりませんが、この戦略は思春期からスタートします。思春期から子宮頸がんの予防をスタートしなければなりません。
子供たちはこういった予防法があるということを知る権利があるわけです。これは彼ら自身の問題です。
そして、大人は伝える責任があると思います。伝えるのは、もちろん親御さんの知識も大切ですし、親御さんにその知識を伝えるメディアの方々の影響も大きいです。それから教育の現場で、先生方が予防の重要さを伝えるのも大切です。
子宮頸がんが一つの象徴的な病だと思いますが、日本の将来を考えた時に、女性と子供の健康を大切にしなければ、日本の行く末は非常に悲観的じゃないかと思います。
そういったことを考えても、女性を子宮頸がんから守ることは非常に重要だと思っています。
【櫻木範明(さくらぎ・のりあき)】北海道大学産婦人科名誉教授、子宮頸がん啓発団体「ピーキャフ・PCAF」代表
1982年、北海道大学大学院医学研究科修了(医学博士)。米・ペンシルバニア大学産婦人科Research Fellow、厚生連総合病院札幌厚生病院産婦人科部長などを経て、2002年8月、北海道大学婦人科学分野教授、2010年4月同大学腫瘍センター長兼任。2013年6月、上海・復旦大学上海医学院客員教授、同大付属産婦人科病院客員教授を歴任し、2015年4月、北海道大学大学院医学研究科生殖内分泌・腫瘍学分野 特任教授、同大学名誉教授。2017年4月より、小樽市立病院特任理事。
日本産科婦人科学会、日本婦人科腫瘍学会などの理事を歴任。2008年にピーキャフ・PCAF(女性がん啓発キャンペーンの会)を設立し、代表理事を務めている。