過去3回の記事では、「がんの病院選びの5つのコツ」、「“あなたの名医”の見つけ方」、「あなたの町のお医者さん“開業医”の見分け方」ということで、信頼できる病院や医師を見分ける“視点”を書きつづってきました。
同じ命に関わる病気でも、脳卒中や心臓発作のような急性の疾患と異なり、がんの場合は病気が発覚してから実際の治療が始まるまで、週単位、場合によったら月単位の時間があるのが通常です。
時間があるということは、それだけ情報収集ができることを意味します。
たとえ良い病院、良い主治医に巡り会えたとしても、治療がペースに乗るまでは様々な不安・疑問があふれてきがちで、患者ご本人やご家族が必死になって色んな情報を取られることが多いでしょう。
そんな中で、主治医以外にどのような情報源を頼るべきなのか、またどのような情報源は重視すべきでないのかを考えていきたいと思います。
重視すべきでない情報源
まず、多くの方が参考にしがちだけれども、実は重視すべきでない情報源を二つ取り上げます。
一つ目は、患者ブログです。
いきなりこう書いてしまうと、たくさんの方を敵に回してしまうような気がします......。それくらい、多くの患者さんがご自身の体験をブログに書きつづっていますし、他の患者さんのブログを見るということは、がん患者の大半の方がされていることだと思います。
闘病中の困りごとに実はこんなことがある、周囲の人のこんな気遣いがありがたい、入院中にこんなグッズが役立った、などのお役立ち系の情報源として患者ブログは極めて優れています。「わたしだけじゃない」という精神的な支えにもなるというメリットもあるでしょう。
一方で、ブログの中に出てくる治療効果や副作用についての情報は注意が必要です。
二つ理由があります。
一つには、がんの治療は日進月歩で、3〜4年前にされていた治療と今のそれとはガラッと異なるということが起き得るからです。
最近では、患者の免疫に働きかける「免疫チェックポイント阻害剤」による治療が、がんの治療体系を大きく変えつつありますし、現在の新薬の開発状況を考えると、この変化のスピードはますます上がることが想定されます。
また、治療薬だけでなく、制吐剤(吐き気や嘔吐を防ぐお薬)や抗便秘薬(お通じを良くするお薬)など、治療に伴う辛い症状を和らげるお薬もどんどん新しいものが出てきています。
もう一つの理由は、同じ年代・性別の人が全く同じ種類・同じステージのがんで同時期に同じ治療を始めたとしても、効果や副作用の出方は個人単位で大きく変わってくるからです。
あるお薬がAさんに効いたからといって、あなたに効くかどうかわからないですし、その薬でBさんが吐き気の副作用で苦しんだからといって、あなたもそうなるとは限りません。
個別の症例について参考にしすぎることの危険性は、がん研究者である医師、大須賀覚先生の「患者の経験談」を使った嘘についてというブログエントリーに詳しく解説されています。
ブログは気軽にアクセスできてついつい引き込まれるものですが、効果や副作用に関する話は、読んでも「こういう話もあるんだな」というくらいのスタンスで受け止めると良いのではないかと思います。
「健康本」には注意が必要
二つめは、書籍です。
街中で本屋さんに寄ると、「医療・健康コーナー」には様々な本が並んでいます。中でも、がん関連の本は結構なスペースを占めています。
それだけ需要があるということだと思いますが、問題なのはそのラインアップは「玉石混交」で、「玉」というより「石」、しかも使えないというよりむしろ有害なのではと思われる内容のものが多いことです。
参考までに、ある書店の健康関連の書棚を見てみましょう。(写真は先日ふらっと立ち寄った書店で私が撮ったものです)
パーっと眺めていて、3つの傾向があります。
1つ目は、食事系の話が多いこと。
「がんに勝つレシピ」「ガンが消えていく食事」「がんに勝つジュース」ーー。
食事でがんが消えるのであればこれほど素晴らしいことはありませんが、残念ながら、再発や進行を防ぐことが立証された食品やサプリメントはありません。
2つ目は、科学的エビデンスに乏しい治療の宣伝になっていそうな書籍が散見されること。
『副作用のない抗がん剤誕生』で紹介されている「P-THP療法」。
『末期がん逆転の治療法』の著者のクリニックのサイトに出ている「コロイドヨード療法」や「オゾン療法」。
いずれも、レベルの高い科学的エビデンスはありません。
3つ目は、近藤誠医師の書籍が相変わらず目立つこと。
ベストセラー作家として著名な近藤医師ですが、その言説の根拠は極めて怪しい。
何がどう怪しいのか気になる方は、私が5年前にブログに書いたもしも近藤誠センセイから「がんの放置治療」をすすめられたらをご参照ください。
この写真の書籍の著者の中で、私自身がその発言や著作物を見聞きしたことがあり、かつ信頼できると思えたのは、大場大医師、高野利実医師、坪井正博医師、大西秀樹医師、近藤慎太郎医師あたりです。
書籍や週刊誌については、「言論の自由」の観点からなのか、科学的に妥当とはとても言えないような内容のものでも堂々と置いてありますし、宣伝もされます。今後もしばらくそうした状況が続くでしょう。
少なくとも以下のケースに当てはまるものは、購入は避けた方が賢明だと思います
- 「がんが消える」「副作用がない」など妙に魅力的なタイトルが付いている
- 著者の“権威”を前面に押し出しすぎている
- 特定の食品/サプリ/治療法を推している
頼るべき情報源
では、どういった情報源に頼ったら良いのでしょうか?
本稿では、患者さんやご家族が意外に気づかれていないけれども、実はとても役に立つ可能性の高い情報源を4つご紹介したいと思います。
- 「がんになったら手にとるガイド」
- がん相談支援センター
- 学会(治療ガイドライン)
- 患者会
【がんになったら手にとるガイド】
国立がん研究センターの「がん情報サービス」のサイトには様々なお役立ち情報が入っています。
この中で、がんと診断された患者さんやご家族にとって、特に役立つと思われる情報が網羅的にまとめられているのが、「がんになったら手にとるガイド」です。
このガイド、多くの患者さんが関わって制作されただけあって、かゆいところに手が届く内容であることに加え、文章が極めて読みやすい。
例えば、「がんと診断されたらまず行うこと」という項目では、担当医に具体的に聞いておくべき質問が並んでいます。
「どのような治療を勧めますか、ほかの治療法はありますか。その治療を勧める理由を教えてください」
「その治療を選んだときに起こりうる合併症、副作用、後遺症はどのようなものがありますか。それに対する治療や対処法はありますか」
という具合です。
以前は冊子形式でしか手に入らず、しかもがん診療連携拠点病院に限定的な部数でしか置いていなかったのですが、今は素晴らしいことに上記のリンク先で全ての内容を無料で読むことができます。
「バイブル」的に使える内容になっていますので、まずはざっと目を通し、その後も何か不安や疑問が湧いてきた時は、一度立ち戻ってチェックしてみる、という使い方をされると良いでしょう。
【がん相談支援センター】
主治医とのコミュニケーションに悩んだり、治療費用について困っていたり、長引く副作用に悩まされていたり、退院後の療養場所をどうしたら良いか考え始めたりーー。
こんなありとあらゆるがん治療にまつわるお悩み事の相談に無料で乗ってくれる場所があることをご存じですか?
この無料の相談窓口、「がん相談支援センター」と呼ばれており、全国のがん診療連携拠点病院には必ず設置されています。
がん相談支援センターの存在は意外に知られていません。
「認知度は、一般市民は10%未満、拠点病院内のがん体験者でも、約5割と依然低い状況」であることが、「がん相談支援センターの現状と課題」というがん対策情報センターのレポートでも真っ先に述べられているくらいです。
無料で相談に乗ってくれる場所がせっかくあるのに、利用しない手はありません。
がん相談支援センターは「がん相談支援センターを探す」から探すことができます。自分がかかっている病院でなくても相談に乗ってもらうことができますので、うまく活用していきましょう。
【学会や治療ガイドライン】
臨床医の学会は、一般の方にとって遠い存在でしょう。
学会の役割として、「学術集会の開催」、「学術論文誌の編集・発行」、「専門医の認定」などがありますが、もう一つ大事な役割として、「治療ガイドラインの策定」があります。
治療ガイドラインは、「ある状態の患者さんにとって科学的にベストと言える治療法は何か。それはなぜそうだと言えるのか」がまとめられたもので、治療ガイドラインに則った治療が「標準治療」です。
医師向けに作成されている治療ガイドラインを患者さんやご家族が全て理解するのは難しいですが、それでもある程度把握できるに越したことはありません。
各がんの診療ガイドラインは、日本癌治療学会が下記のサイトにまとめています。
■「がん診療ガイドライン」(日本癌治療学会)
ただ、残念ながら最新版では必ずしもないので、最新版をチェックしたい方は書籍を購入しなければなりません。
患者さんやご家族向けに、非常にわかりやすい形で治療ガイドラインについて情報発信しているのが、日本乳癌学会です。
■「患者さんのための乳がん診療ガイドライン」(日本乳癌学会)
こちらは、大変素晴らしいことに最新版の内容が反映されていますし、患者さん向けにわかりやすい言葉で書かれています。同様の取り組みが、ぜひ他のがんでも広がっていくことを期待したいと思います。
【患者会】
「患者会」というと、なにか特殊な人たちが集まっていそうで敷居が高いと感じる方もおられるかもしれません。でも、そもそも患者会とは何をやっているのでしょうか。
患者会活動は大別すると、
- アドボカシー:政治や学会への働きかけ。意見書や各種会議体への出席・発言を通じ、政策や学会の方向性に変化をもたらす
- 社会向け発信:市民公開講座やリレー・フォー・ライフなどのイベント開催、広報活動、Web上での情報発信などを通じ、疾患や治療についての啓発を行う
- ピアサポート:患者さんやご家族向けの相談を行う
という3つの側面があります。
全国に様々ながん種ごとの患者会が存在しますし、がん種横断で地域に根ざした患者会も存在します。
特に長年しっかりとした活動をしている患者会は、そのがん種や地域における病院や医師の評判など様々な情報が集まっていますので、情報収集の際には活用を検討してみましょう。
とはいえ、患者会も十人十色で、中には怪しげな治療法と結びついていたり、ちょっと特殊すぎる「ノリ」で運営されていたりというケースもあります。
2015年に発足した「全国がん患者連合会」という全国規模の患者団体があります。ここに加盟している患者会はある程度質の高い活動をしている患者会と考えられますので、参考にしてください。
(加盟していない患者会でも良い患者会はありますので、あくまでも、一つの参考情報としてお考えください)
昨年末にGoogleが行なった医療関連ワードの検索ロジックの変更により、ネット上では比較的信頼の置けるサイトが検索上位にくるようになりました。
これはこれで素晴らしい進歩ですが、ネット以外にも多くの情報源がある中、患者さんにとって、情報の選別はそれだけでストレスがかかることでしょう。
本稿が少しでもがん患者さんやご家族の“頭と心の整理”に役立てれば幸いです。
【鈴木 英介(すずき・えいすけ)】医療コンサルタント
東京大学経済学部、ダートマス大学経営大学院卒(MBA)。住友電気工業、ボストンコンサルティンググループ、ヤンセンファーマを経て、2009年に「”納得の医療”を創る」を掲げ、「株式会社メディカル・インサイト」を設立。ヘルスケア領域でマーケティング/営業戦略の立案・遂行をサポートする戦略コンサルティングや、患者ニーズと医療者の意識のギャップをあぶり出す患者調査・医師調査を手がける。2016年には、株式会社ソニックガーデンと共に「株式会社イシュラン」を設立し、がん患者の病院・医師選びをサポートする情報サイト「イシュラン」、無料医療メルマガ「イシュラン」を運営する。
追記
一部言葉を追加しました。