突然ですが、あなたの生涯で、あなた自身やご家族の誰かががんにかかる確率、どれくらいだと思いますか?
答えは、「ほとんど100%」です。
日本人が一生涯でがんにかかる確率は約2分の1。
2親等の範囲で8名いるとして、自身もしくは近親者でがんにかかる人がゼロという確率は、約0.4%。逆に言えば99.6%の確率で誰かはがんになる計算です。
がんとの関わりは「ある日突然」だけど「必ず」やってくるものなのです。
私は、医療に特化した戦略コンサルタントとして、特にがん領域の仕事を数多くしており、医師・製薬会社社員・患者会などの「業界インサイダー」の方々と日常接しています。
すると商売柄、友人からご自身やご親族らに「ある日突然」起きたがんについて相談を受けることが度々あります。
「子宮頸がんの精密検査をした近所の大きな病院で、『あなたのようなケースだとうちの病院では面倒見きれない』と言われ、途方に暮れてしまった。」
「膵臓がんの母にどこで手術を受けてもらおうか色々調べてみたけれど、一見良さそうに見えるウェブサイトでも、怪しげな治療法の商売に誘導されていく気がして、何を信じたら良いのかわからなくなってしまった。」
このような相談を頂いた友人達に、業界のインサイダーなら当然とも思える考え方をちょっとアドバイスすると、「そんな見方があったんだ」と感謝されることがしばしばです。
何も私が特定の名医を何人も知っているから、という話ではありません。公にされている情報を2つ3つ組み合わせれば、より賢明な選択になる可能性が高まるというだけの話です。
本稿では、このちょっとした、しかし極めてクリティカルな、がんの病院選びの「5つのコツ」を皆さんにお伝えしたいと思います。
コツ1:「がん診療連携拠点病院」を知る
「がん」となると、まず大きな病院にかからなければ、と大概の人が思うでしょう。しかし、一口に「大きな病院」と言っても、特に都市部では色々な形態の病院があります。大学病院、国立/県立/市立の公的な病院、がんセンター、民間の総合病院…。これらの病院の中からどこを選んだら良いでしょうか。
まず考えるべきポイントは、その病院が「がん診療連携拠点病院」か否か、です。というのも、「専門的ながん医療を提供している施設」として国が認定しているのが「がん診療連携拠点病院」だからです。
具体的には、
- 一定数以上の悪性腫瘍の手術、化学療法、放射線治療を行なっている
- 専従の放射線医が1人以上いる
- 専従かつ常勤の病理医が1人以上いる
などの要件を満たしている病院で、2017年4月時点で全国に400か所あります。
がん診療連携拠点病院以外にも良い医療機関はありますし、がん診療連携拠点病院だからといって必ずしもあなたのがんの治療が強いとは限りません。とはいえ、まずは調べておかなければいけない情報として頭に入れておきましょう。
コツ2:「あなたのがん種の専門医」の存在を確かめる
「がん診療連携拠点病院」と同じくらい、いや、むしろ更に重要なのが、その病院に「あなたのがん種の専門医」がいるか否かです。
「専門医」というのは、各学会が認定している資格で、その名の通り、その医師が一定レベル以上の専門的な臨床技術を有することを示唆する資格です。ややこしい話なのですが、「認定医」という資格も各学会で出している場合がありますが、資格要件が専門医と比べて格段に緩いため、「専門医」の存在のみ気にしておけば良いでしょう。
ひとくちに「あなたのがん種の専門医」といっても、がんの種類が多様な分、専門医の種類も多様です。主ながん種について、進行がんでない場合は以下に掲げる外科系の専門医の存在がポイントになるので参照してください。
- 大腸がん、胃がん:消化器外科専門医
- 肺がん:呼吸器外科専門医
- 肝臓がん、膵臓がん、胆管がん:肝胆膵外科高度技能専門医
- 乳がん:乳腺専門医
- 子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がん:婦人科腫瘍専門医
ちなみに、「外科専門医」というより広範囲の専門医資格もありますが、これは外科系の医師であれば「持っていて当たり前」の専門医資格くらいに考えていただいて良いと思います。
コツ3:進行がんのケースでは、腫瘍内科医の存在を確かめる
「腫瘍内科」という診療科の存在をご存知でしょうか? 日本の病院だと「化学療法科」という科名の場合もありますが、その名の通り、がんの内科的治療、つまり抗がん剤治療を専門とする診療科です。
日本の医療では、外科系の医師が主治医となり、手術のみならずその後の抗がん剤治療も担っていくケースが多いのですが、進行がんのケースは最初から抗がん剤治療がメインになるため、「腫瘍内科医」の出番となりえます。
腫瘍内科医の専門医資格は日本臨床腫瘍学会が認定しており、「がん薬物療法専門医」と呼びます。
日本の腫瘍内科の難しいところは、2つあります。
1つめは、専門医の絶対数が少ないことです。がん薬物療法専門医資格を持つ医師は、2017年3月時点で1104名。がん薬物療法専門医が1人もいないがん診療連携拠点病院も珍しくありません。
2つめは、その病院にがん薬物療法専門医がいたとしても実際に診療しているのは肺がんだけ、血液がんだけ、と限定されているケースがよくあることです。進行したあなたのがんをきちんと診てくれる腫瘍内科医は、それだけ貴重な存在なのです。
コツ4:「手術件数」をチェックする
病院選びの際に、あなたのがん種の手術件数は念のためチェックしておくべきです。多くの病院の疾病ごとの手術件数は「DPC」と呼ばれるデータとして公表されており、全国の病院を横並びで比較することが可能です。Calooというサイトが一番調べ易いでしょう。
手術はやはりある程度量をこなしていないと、「腕(スキル)」が本当に伴っているのか不安が残ります。メジャーながんであれば、あなたのがん種の摘出手術が年間30件を下回るような病院は、まず避けた方が良いでしょう。
一方で、このDPCデータには限界もあります。
まず、その手術を「誰(どの医師)」が行なったのかは、わかりません。同じがんを診療する外科系の医師が複数所属している施設では、ある医師はかなり手慣れていても、別の医師はそれほどでもない、という可能性があります。
また、どうしても若干古いデータになるので、昨年までバンバン執刀していた医師が異動でいなくなってしまったとか、逆にそういう医師が入ってきたというようなケースでは、病院の実力と乖離している可能性に留意が必要です。
コツ5:施設形態による特徴の違いを知る
冒頭にも書きましたが、一口に「病院」と言っても、色々な形態があります。病院の選択の際に見逃せない特徴の違いを見ていきましょう。
<「がんセンター」のよいところ・悪いところ>
「がんセンター」というのは読んで字のごとく、がんの専門病院です。
当然、がんに関しては高度な治療レベルが担保されていると考えて良いですし、がん領域では大学病院以上に臨床研究も盛んです。また、そこまで硬直的な組織の垣根はないので、充実した「チーム医療」が期待できるのも良いところ。
一方で、がんの専門病院であるが故に、がん以外の病気があったとしても治療の連携がスムーズにされませんので、がん以外に大きな持病のある方にはお勧めできません。
<「大学病院」のよいところ・悪いところ>
「大きな病気は大学病院に限る」という「大学病院信者」は、世の中まだまだ多いようです。確かに、臨床研究が盛んで治験に興味ある場合は良いでしょうし、がん以外の重篤な持病があっても同じ病院で治療が可能、といった利点はあります。
一方で、患者が多く医療者も忙しいため、外来診療は待たされますし、患者が困っていることやつらいことなどの相談がしづらいケースもままあるようです。また、外科系と内科系の診療科間の垣根が高く、いわゆる「チーム医療」が遅れている施設も意外にあります。
「大学病院なら絶対間違いない」という先入観は持たない方が良いと思います
<「一般的な総合病院」のよいところ・悪いところ>
総合病院は規模や運営母体が様々で、なかなか一概に言えないのですが、様々な診療科が一つの施設にあるため、診療科間の連携が比較的取られ易いことは共通しています。持病で信頼している主治医がいる総合病院がある場合は、同じ病院をまず検討されたら良いでしょう。
また、一部の“ブランド病院”を除けば、大学病院やがんセンターよりは待ち時間はリーズナブルでしょう。
ただ、前述の通り、総合病院と言っても色々ですので、がん診療連携拠点病院かどうか、あなたのがんの専門医がいるかどうか、症例数が乏しくないかといった吟味はしっかりしておく必要があります。
<「クリニック」のよいところ・悪いところ>
乳がんなど一部のがんでは、施設によっては手術対応も可能ですので、クリニック(開業医)も選択肢に入ります。
クリニックの医師は「個人事業主」のため、コミュニケーションは一般的に丁寧ですし、診療時間もしっかり取ってくれるでしょう。また、待ち時間も短く、職場や自宅から近くにあれば、特に働きながらがん治療をするような場合には向いていると思います。
一方、手術にしても薬物治療にしても、複雑な治療を要する場合には向きません。また、免疫療法などのエビデンスの乏しい怪しげな治療を行なっている施設もありますので、しっかりとした吟味が必要です。少なくとも、あなたのがんの専門医がいなければ、やめておいた方が良いでしょう。
ここまで、「がんの病院選び」のコツを述べてきました。
これで「絶対に大丈夫」という保障はできませんが、このコツを使えば、より良い選択ができる確率は確実に高くなると思います。少なくとも「XXさんが良いって言っていたから」という選び方よりは、客観的な根拠を伴った判断になるのではないでしょうか。
最後は「直感」や「好き嫌い」的なもので決めて頂いて構いませんが、選択肢の絞り込みには、是非ここに挙げた“コツ”を参照して頂ければ幸いです。
【鈴木 英介(すずき・えいすけ)】医療コンサルタント
東京大学経済学部、ダートマス大学経営大学院卒(MBA)。住友電気工業、ボストンコンサルティンググループ、ヤンセンファーマを経て、2009年に「”納得の医療”を創る」を掲げ、「株式会社メディカル・インサイト」を設立。ヘルスケア領域でマーケティング/営業戦略の立案・遂行をサポートする戦略コンサルティングや、患者ニーズと医療者の意識のギャップをあぶり出す患者調査・医師調査を手がける。2016年には、株式会社ソニックガーデンと共に「株式会社イシュラン」を設立し、がん患者の病院・医師選びをサポートする情報サイト「イシュラン」、無料医療メルマガ「イシュラン」を運営する。