世界有数のiPhoneシェアを持つ日本では、昨年10月以降、iPhone7ユーザーを中心にApplePayの認知が進んだ。最新のAppleWatchでもApple Pay決済は使える。
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2016年10月25日にApple Payの日本国内でのサービスが開始されてから半年が経過した。日本でのサービスインは14年10月の米国を皮切りに12カ国目となるが、原稿執筆時点の17年5月初旬までのタイミングにスペイン、アイルランド、台湾でのサービスも開始され、世界15カ国での展開となっている。
ここでは、Apple Payの現状について、米Apple CEOのティム・クック(Tim Cook)氏とJR東日本副会長の小縣方樹氏が新宿駅の改札を通過した16年10月13日から、どのような結果を残し、今後の日本の決済をどう変えていくのかを考えていきたい。
米Appleは5月2日(現地時間)、同社会計年度で17年度第2四半期(1-3月期)決算を発表した。カンファレンスコールの中でティム・クックCEOはApple Payの現状について、最新の報告を行っている。
(カンファレンスコールの書き起こしはコチラ:Apple (AAPL) Q2 2017 Results - Earnings Call Transcript(英語))
日本での話題だけに着目すると、
In Japan, where Apple Pay launched last October, more than 0.5 million transit users are completing 20 million Apple Pay transactions per month.(Apple Payが昨年10月に開始された日本では、50万以上の交通利用者が月間2000万回のApple Payによる処理を行っている)
というSuica処理に絡む数字が確認できる。
重要なのは、この数字が「多いのか少ないのか」「改札処理以外の物販も含むのか」という点だ。筆者の視点では「(サービス開始半年としては)悪くない水準」で、「物販は含んでいない」と考えている。
根拠はこうだ。50万人の利用者がいるとして、みんなが通勤または通学で1カ月間自宅と職場(または学校)を往復したとすると、「50万人×2(往復)×20日(1カ月あたりの営業日の概算)=2000万回」ということになる。つまりティム・クック氏が公表した数字はコンスタントに通勤・通学で利用しているユーザーと数字のみをカウントしたものではないか。「登録したのみであまり頻繁に利用しない非アクティブなユーザー」や、物販などを含む「個々の買い物や交通移動」はあまり考慮していないものと思われる。
またApple PayにおけるSuicaの性質上、首都圏を除くエリアや、首都圏でも通勤・通学エリアにJR東日本を含まないケースではApple Payを通勤定期として利用できない。そのため、別途ICカードの定期券を持つ必要がある。
東日本旅客鉄道(JR東日本)が公開している2017年3月期のSuica利用状況より抜粋。
東日本旅客鉄道(JR東日本)
総務省の平成28年版情報通信白書によれば、日本国内のスマートフォン普及率は72.0%となっており、国内でのスマートフォンにおけるiPhoneシェアが6割程度という状況を顧みれば、4000-5000万台程度のiPhoneが稼働していることになる。2年サイクルでの買い換えを想定してiPhone 7の比率をiPhone全体の2-3割程度と考えれば、日本国内でSuicaを利用可能なApple Pay対応iPhoneの台数は最大で1000-1500万台程度ではないかと予想する。首都圏人口の比率(全人口の4分の1程度)とJR東日本を通勤・通学に利用する条件を満たす母数はそれほど大きくなく、クック氏の示した50万人という数字から想定される(現時点での)普及率は高いと筆者は判断している。
ただ、これはApplePay対応iPhone(原稿執筆時点ではiPhone7のみ)の普及率がまだ低い現状を考慮してのものだ。今後2年をかけてApple Pay対応iPhoneの普及率が100%へと近付くことで、普及率の伸びはおそらく鈍化していくだろう。
かつての「おサイフケータイ」がそうであったように、10〜20%といった一定水準に達した段階で普及率の伸びはブレーキがかかってしまう可能性が高い。つまり勝負は2年後、この「20%の壁」を突破できるかどうか。それが日本国内でのApple Payの今後を占ううえでの試金石となる。
Apple Pay上陸で変わった国内勢力図
ティム・クックCEOが公表した情報はApple Payの交通系サービスでの利用に限定したものだが、その他の物販や、Apple Payで使えるSuica以外の決済手段である「iD」や「QUICPay」といった決済サービスについても、Apple Pay対応を背景に利用者が拡大している。
50万人以上のユーザーがほぼ毎日利用するSuicaに比べると少ない水準だと推測されるものの、筆者が複数の情報源から得ている情報によれば、特にQUICPayの伸びが著しいようだ。
これには、日本のApple Payで使える非接触決済サービスと対応するクレジットカード会社の勢力図が関係している。
日本向けのApple Payでは、クレジットカードを登録するとカード発行会社によって「iD」または「QUICPay」のいずれかの非接触決済サービスへの自動割り当てが行われる。
日本版ApplePayの決済の仕組み。内部的にはSuica、iD、QUICPayの3つの電子決済方法がある。
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iDはその推進母体であるNTTドコモ(dカード)と三井住友カードのほか、ソフトバンクやイオンが参加している。一方、残りの多くのクレジットカード会社はQUICPay陣営に属している。
QUICPayは「クレジットカード」という性質上、プリペイド(先払い)方式の電子マネーが集まるおサイフケータイの中でも、特に苦戦が続いていたと言われており、同じクレジットカード方式であるiDと比較しても不利な立場にあった。
ところが今回、Apple Pay上陸を契機にQUICPayの中核であるJCBが積極的な営業で取り扱いカード会社の数を増やしており、かつては共同マーケティングで決済対応の加盟店を開拓してきたiDの立場を脅かしつつある。
これまでは、利用者シェアの頭打ち傾向がみられ、決定的な打開策も見えないまま膠着しつつあった日本国内の非接触決済事情。
まさにそれが、Apple Pay上陸によって一変したのだ。
コンビニなどiD、QUICPay、交通系電子マネー各種に対応する小売店ではApple Payロゴを掲示して支払いが行えることをアピールしている。
鈴木淳也
日本市場に今後起こる3つの変化
そのほかにも一見するとApple Payとは無関係なようだが、Apple Pay上陸によって動き始めたり、この先の変化が予想されるものがある。
1)国内決済サービスのAndroid Payへの対応
Apple Payでは使えない既存の電子マネーサービスもいくつかある。例えば「楽天Edy」、セブン&アイ系列で勢力をのばす「nanaco」、AEON系列が推す「WAON」などだ。
これらが生き残りの方法として選択したのが、ライバルであるGoogleの「Android Pay」との提携だ。昨年16年末にスタートした日本国内版のAndroid Payは、楽天Edyのみが利用できる仕様だった。Android標準の操作に組み込める以外、既存のおサイフケータイと比べてメリットはほぼないのだが、それでも自身のプレゼンスを高めるべくGoogleと提携したのだと考えられる。
後にセブン&アイ系列のnanacoもAndroid Payに参加しており、やはりおサイフケータイと比較しても機能面でのメリットはほとんどないものの、Android共通の操作系からサービスの1つとして利用が可能になった。Apple Payのメリットは統一された操作系と「使いたいカードをあらかじめ選択しておく」というわかりやすいシンプルな仕組みにあり、Android Payもまた同じ方向性を目指している。
一見意味のないような日本国内のAndroid Payでの電子マネーサービスだが、おサイフケータイでの閉塞感を感じつつあったサービス事業者やプラットフォーマーが、長らく提供してきたインターフェイス(操作系)やシステムに手を入れ始めつつある兆候だと考えていい。
楽天EdyがAndroid Payに対応したことで、ロゴマークを掲出するようになった小売店もある。写真はマクドナルドの店舗カウンターの様子。
鈴木淳也
2)日本版Apple Payが海外でも使えるようになる可能性
そもそも「え?海外じゃ使えないの?」と驚く人がいまも大半かもしれない。
あまり知られていない事実として、実は日本版Apple Payはさまざまな経緯から海外版Apple Payとは互換性がないサービスになっているのだ。
サービス名は同じ「Apple Pay」でも、日本版Apple Payセットアップ済みのiPhone 7をアメリカに持っていくと、Apple Payで決済はできない(逆も同じで、現状は訪日外国人が海外版Apple Payセットアップ済みiPhone 7で店頭で決済しようと思っても使えない)。
この状況はこの先変化する可能性がある。
キーワードは東京五輪だ。日本は20年に向けてインバウンド需要を喚起すべく、電子決済の対応規格拡充を海外規格も含めて進めている。こうした動きは既に外食産業を中心に表面化しはじめている。
たとえば日本マクドナルドは18年までに、国内でこれまで未対応だった交通系電子マネーやnanaco、各種クレジットカードに加えて、海外で使われている非接触決済すべてに対応していく方針を示している。
「海外で使われている非接触決済」とは以下のようなものが含まれる。
- Android Pay
- Samsung Pay
- MasterCard PayPass
- Visa payWave
- Apple Pay(海外版)など
電子決済業界関係者の間では、外食業界大手のマクドナルドの決断は他社への影響が大きいとみられている。マクドナルドの対応を受けて、すでにモスバーガーがクレジットカードと電子マネーに両対応したマルチマネー決済端末(いわゆる店頭レジ端末)の導入に踏み切ったし、今後順次、マクドナルドに続くフォロワーが増えることだろう。
この流れで、店頭レジの海外版Apple Pay対応が進めば、日本版Apple Payが海外版と同じ方式に拡張され国内外共通になる可能性は十分にある。
3)店頭の電子決済の使い方まで変わる
さらに、電子決済方式が国内外共通になることに伴って、私たちが店頭で「ピッ」とかざすときの手順も変化する可能性がある。
一例を挙げると、国内外のクレジットカード決済手順の違いが典型的だ。
日本国内では決済端末は店員が操作するものであり、ユーザーはあらかじめクレジットカードなのかQUICPayなのかSuicaなのかなどを店員伝えて、支払い時にICカードやスマホ端末をかざしたり読み込ませて、支払いを完了する。
ところが海外の場合はその逆なのだ。ユーザーは最後までクレジットカードや端末を手放さず、クレジットカードかデビットカードか、磁気スワイプなのかICカードなのか、Apple Payのような非接触決済なのかは、ユーザー自身が選ぶ。
選ぶといっても、自分がApple Payで支払いたいなら単にかざすだけ。昔ながらの磁気スワイプで払うなら自分でカードを読み込ませるだけ。どの決済手段を使うかは端末が自動的に判別してくれる(海外旅行や出張にいく機会があった際は、レジ前の光景を観察するとこの違いがよくわかる)。
これができるのは、単なるレジスタッフのオペレーション上の違いだけではなく、アメリカにおける店舗側の決済端末そのものが、「どの方式の決済でも受け付ける」ように「マルチマネー決済対応端末」になっているためだ(そうでないものも一部ある)。
今後Apple Payを含む海外のインバウンド客の決済をスムーズに行うためには、おそらく決済端末側の改修や、店員のクレジットカード処理に関するオペレーション変更が必要になってくる、というのが筆者の予想だ。
国内におけるマルチ決済端末はすでにローソンにPOSの最新端末として導入が進んでいるほか、今後マクドナルドやモスバーガーへの導入が決定されている(ちなみにこの端末をつくっているメーカーはパナソニックだ)。
専門的な話になるが、この決済端末では、「Apple Pay決済モード」のようなものを備えている。Apple Payが対応する3つの決済方式(Suica、iD、QUICPAY)について、どのサービスがiPhone側で選択されているかを自動判別し、決済処理を自動化する仕組みになっている。同様の自動選択の仕組みはリクルートが同社の決済サービス「AirPay」でも搭載を進めており、今後は比較的メジャーな機能となるかもしれない。
パナソニックのマルチ決済端末JT-R600CRシリーズ。ローソンの新型レジとして認識している人も多いはず。POS連結型でICチップ付きクレジットカードから電子マネー、非接触クレジットカード決済まで一通りをサポートしている。
鈴木淳也
Apple Payは、16年の日本上陸時にアーリーアダプターを中心に大ブームを起こした後、徐々に浸透が進んでいくという過程をたどっている。その影響は業界他社にも広く及び、今後数年をかけて少しずつ日本の決済シーンのあり方を変化させていくものとなるだろう。
筆者は、著書『決済の黒船 Apple Pay』(日経BP刊/16年)で、Apple Pay登場前後の業界の動きや今後の予測を書いたが、現実にその影響は無視できないものとなりつつある。決済業界は、20年を業界共通の区切りと認識して、Apple Payを中心にすでに大きく動き出している。
鈴木淳也:モバイル決済ジャーナリスト/ITジャーナリスト。国内SIer、アスキー(現KADOKAWA)、@IT(現アイティメディア)を経て2002年の渡米を機に独立。以後フリーランスとしてシリコンバレーのIT情報発信を行う。現在は「NFCとモバイル決済」を中心に世界中の事例やトレンド取材を続けている。近著に「決済の黒船 Apple Pay(日経BP刊/16年)」がある。