英アストンマーティン(Aston Martin)最高経営責任者(CEO)在任時のアンディ・パーマー氏。
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2020年7月まで英高級車アストンマーティン(Aston Martin)の最高経営責任者(CEO)を務めたアンディ・パーマー氏が、Business Insiderの単独取材に応じた。
同氏は、ハイブリッド車の販売を優先して電気自動車(EV)への全面移行を遅延させる行為を「無駄骨に終わる」と批判、そうした経営判断しかできない自動車メーカーは中国勢にさらに遅れを取ることになると警鐘を鳴らした。
パーマー氏は日産自動車の欧州子会社を経て上級副社長、最高執行責任者(COO)を歴任。2010年の発売開始から50万台以上を売り上げた世界初の量産EV「日産リーフ」開発の陣頭指揮を執ったことから「EV界のゴッドファーザー」の異名を取る。
リーフ開発の経緯について、同氏は端的にこう語った。
「世界をより良くしたかったからと言いたいところですが、トヨタ自動車の『プリウス』の躍進に危機感を駆り立てられた、というのが本当のところです」
(エンジンと電気モーターを組み合わせた)ハイブリッドシステムを採用して成功したプリウスを模倣するのではなく、独自に完全電動化を目指すべきとパーマー氏は強く働きかけ、最終的にカルロス・ゴーン氏(当時CEO)の支持を取りつけた。
それから10年以上の月日が流れたいま、パーマー氏は6年間にわたって経営の舵取りを担ったアストンマーティンを含め、西側諸国の自動車メーカーに懐疑の目を向ける。
と言うのも、昨今のEV普及ペースの減速を受け、各社軒並み踵(きびす)を返してハイブリッドに駆け込もうとしているからだ。
「ハイブリッドは地獄への一本道です。それは言わば過渡期の(一時退避的な)戦略であって、そこに留まる時間が長くなるほど新たな世界への対応が遅れます。
ハイブリッドに経営資源を割いてEVへの移行を遅延させれば、競争力で劣後する期間が長くなるだけで、その間にも中国勢が市場を拡大していくのを指をくわえて眺めることになるのです。
正直言って、ハイブリッド(への一時退避)は無駄骨に終わると思います」
中国勢が優位
ここ数年、BYD(比亜迪)ら中国企業の急成長により、自動車業界は激変を遂げた。
中国の自動車メーカー各社は、手頃な価格ながら最先端の技術を搭載したEVやハイブリッド車など幅広いラインナップを擁して国内市場を制し、いまや海外市場でも急速に版図を広げつつある。
「中国車は実に素晴らしい。そのコストパフォーマンスの高さには目を見張るものがあります。また、バッテリー(車載電池)技術はクラストップ。ソフトウェアにも徹底して力を入れてきました」
そう語るパーマー氏は、中国EV産業の成功を同国の長年にわたる戦略的産業政策の賜物(たまもの)と説明する。
ある調査によれば、中国政府は2009年以来、EVメーカーに対して少なくとも合計2300億ドルの補助金を支出してきた。
中国の国有自動車大手、東風汽車集団(Dongfeng)と日産の合弁会社で取締役を務めた時期もあるパーマー氏は当時、中国の攻めのEV戦略を直接見聞きしたという。
「(中国政府からの)指令は『新エネルギー車にシフトせよ』でした。同国では何よりまず産業戦略ありきなのです。それこそが学ぶべきところ。(日産リーフを販売開始してから)14年もの間、我々には産業戦略などあった試しがありません」
米国と欧州は中国自動車メーカーの台頭を眼前に、自国の自動車産業の保護を目的とした関税で対抗しようとしているが、パーマー氏はその有効性に否定的で、関税は欧米企業の中国企業に対する競争力を低下させる愚策と主張する。
「私自身の経験から言わせてもらえば、関税は自国産業をスポイルするだけです。そんなことをしていては、差は広がるばかりです」
それより、BYDやシャオペン(Xpeng)が野心的な計画を展開する欧州市場で今後激化が想定される、中国メーカーとの「適者生存」をめぐる戦いへの対応を急ぐべきというのがパーマー氏の主張だ。
「中国企業は欧州での競争から(優位に立つための)知見を得ていくでしょう。欧州は世界で最も(環境規制や安全規制などの面で)厳しい市場。もし中国企業がそこでの競争に対応できれば、もはや向かうところ敵なしです」
日本勢は窮地に
中国EV大手の急速な台頭は、パーマー氏の古巣である日産やその上位競合先であるトヨタやホンダにとっても重圧となっている。
トヨタ、ホンダ、日産の中国での累計販売台数(1〜11月)はいずれも前年同期比で大幅減。とりわけホンダは3割減とダメージが深刻だ。
また、日産は11月上旬に従業員総数の1割弱、9000人を対象に人員削減を実施することを発表。翌12月にはホンダとの経営統合に向けた協議に入ることで合意したと発表した。
そうした近況を含めて、パーマー氏は日本の自動車メーカーの現状について、ハイブリッドに経営資源を集中投下するトヨタの判断は当初有効だったものの、中国のような主要市場で急速な電動化が進んだために、トヨタ含む日本メーカーはほぼ無防備の状態で競争に直面せねばならなくなったと指摘する。
「トヨタ(の判断)は日本の自動車業界を袋小路に追いやったも同然です。失地を回復するのは相当に困難な道のりと思われます」
パーマー氏はさらに、古巣の日産が「墓穴を掘って」、有望なEVラインナップと電動化技術における10年分ものリードを無駄にしたと嘆息を漏らした。
「2014年7月に出席した最後の取締役会(=同氏は10月にアストンマーティンに電撃移籍)では、EVは金にならないとか、時代の先を行き過ぎているとか、やたら数字ばかり気にする他の取締役たちから批判の嵐でした。
その場は何とか切り抜けましたが、結局自分は会社を去ったわけです。
日産はいま製品ラインナップのあまりの薄さに直面し、EV開発の行く先を示す明確なリーダーシップも欠いていますが、それはまさに経営の貧弱さが招いた結果なのです」
中国を模倣するのが得策
ここ1年ほど、EVにとっては厳しい時期が続いている。新車販売台数は間違いなく伸びているが、普及ペースは予測を下回り、世界中の自動車メーカーが投資規模の縮小に動いている。
パーマー氏に言わせれば、EVへの移行に消極的な姿勢をはっきり示す消費者がいる理由は単純。値段が高すぎるのだ。
「内燃機関(エンジン)車の価格に寄せる必要があります。そしてそれを実現するには、(製造コストのうち最も大きな部分を占める)車載電池を小型化したモデルを提供できなければなりません」
自動車価格情報サイトを運営するケリー・ブルー・ブック(Kelley Blue Book)によれば、10月時点の米国におけるEVの平均価格は5万6902ドル、ガソリン車は同4万8623ドルだった。
パーマー氏は車載電池市場を中国勢が独占している現状を強調した上で、欧米企業は中国の産業戦略から学べることがあると語った。
「西側諸国の自動車メーカーが中国勢に追いつきたいのであれば、模倣するのが得策だと思います。
従来とは異なる代替製品を作ろうとしても、現時点では全てが中国にあるのです。独自に車載電池セルを構築しているつもりでも、材料となるあらゆる鉱物資源は中国から入手せねばなりません。サプライチェーンの動かしようがないのですから」