建設業では人手不足が進んでいるが、その理由は誤解されがちだ(写真はイメージです)。
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「建設業」と聞くと、どんなイメージ持っているだろうか。仕事がきつくて給与が安く、若い人材が集まらない ──。
そんな声が聞こえてきそうだが、実はそのイメージは現実とかけ離れている。
厚生労働省の雇用動向調査によると、建設業に新たに入職する新規学卒者は少子化の中、増えている。
ただ、業界全体で見たときの離職率の高さや、高齢化、都市部への人手の偏在は深刻な問題だ。
来年からは残業時間が法的に制限されることで、いわゆる「2024年問題」も起きる。「エアコン工事をお願いしても工事まで3週間待ち」など、すでに私達の日常生活に影響を及ぼしかねない状況にもなっている。
今回の原稿では、誤解されがちな「建設業の真実」を4つのポイントを押さえながら正しく理解してもらうことで、これまで見過ごされてきた本質的な問題とその解決策について考えたい。
ポイント1:需給のミスマッチと生産性
建設業界の人手不足には誤解されている事が多い。
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まず、人手不足は少子化で若者が入ってこないと思われがちだが、建設業への新規学卒入職者(高卒、大卒者など)は2022年に4万3000人いる。少子化のなか、実は10年前から5000人増加している(厚生労働省・雇用動向調査)。
若者は入ってくるのに、なぜ人手不足が起きるのか?
まず需給バランスだ。災害対策等もあって建設投資は伸びている一方、建設業就業者は2013年から2022年までの10年で20万人減少し、需要と供給のミスマッチが生じている。
高齢化も深刻で、総務省労働力調査によると、2022年時点で現場の6人に1人は65歳以上だ。
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建設業と言えば現場職のイメージが強いが、実は正社員の2割前後が事務職だ。「手書きとFAX」のアナログ業務が多いためで、ゼネコンでも未だに現場の入退場管理が手書きの現場もある。上場企業でさえ、工事会社を探すときに電話帳を使うこともある。
こうしたデータや実態からわかるのは、需要に対して供給が追いついておらず、かつ高齢化が進んでいること。そして、事務作業の生産性の面で課題があるという現実だ。
ポイント2:人材が大手や都市部に集中
建設業の人手不足には「転職」も大きく影響している。
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さらに意外と議論されないのが「転職」の影響だ。建設業就業者は毎年15~20万人が、物流等の他業界、または業界内で転職しているため、約4割の人材が10年で入れ替わる計算だ。転職の結果、人材はより大手、都市部の企業にシフトしている(厚生労働省・雇用動向調査による)。
特に若手の場合は、大手を志向する傾向が強い。筆者がヒアリングした関西の中堅企業のケースでは、九州の離島の学校でリクルート活動をしていた。地元に残るより、寮と育成環境が整備された都市部の会社で働きたい若者は多い。
「建設業に若者は入ってきても、中小、地方には回ってこない」「入社しても転職してしまう」のがデータから分かる実態だ。
ポイント3:特有の法規制。職人の「人材派遣」使えず
また、意外と知られていないのが建設業特有の法規制だ。
働き手が少ないのであれば、「人材派遣を利用すればいいのではないか」と思われるかもしれないが、実はいわゆる「現場作業」において、建設業は人材派遣が認められていないのだ。
また、職業安定法32条で有料人材紹介事業者(人材エージェント)が土木、建築業の現場職の求職者を紹介することは禁止されている(事務、営業、施工管理職は認められている)。
そのため、建設会社は転職で人材が抜けても、ハローワークや求人広告、縁故でしか技能者を採用できない。
そのため建設業にとって、入った人材を辞めさせないことの重要性は、他の業種よりもさらに高いといえる。
会社が考える「離職理由」はズレている
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では、どうやったら「転職」を防げるのか? 建設業を去っていく理由は、本当に給料や「仕事のきつさ」の問題なのか?
上記は国土交通省の資料から抜粋した「企業側が考える若者が定着しない理由」と「実際に会社を辞めた若者の離職理由」の対比だ。
企業側は「作業がきつい」「若者の意識が低い、根性が無い」と考えているが、若者は「雇用が不安定」「遠方作業所が多く移動が負担」「休みがとりにくい」と労働環境を理由に挙げており、給料は離職理由の4位だ。
この資料からは、企業と実際の離職者の認識ギャップが大きいことが分かる。
ポイント4:給与水準は低くない
撮影:今村拓馬
建設業は休みが少なくハードワークではあるが、飲食、運輸などの他産業より給与水準は高い。
地方公務員や地方銀行員の給与水準が減少傾向にある中、厚生労働省・年平均賃金指数を見ると5名以上の事業所に勤務する建設業就業者の賃金は都市部の若手中心に上昇を続けている※。筆者の所属企業の取引先には「公務員よりずっと年収の高い職人」が多くいる。
※ただし、厚労省統計は「一人親方と呼ばれる層が対象外」である点に注意が必要。一人親方の場合は、給与水準が相対的に低い傾向があるため、単純にこの数字だけで、「建設業の給与水準が高い」ということはミスリードだろう。
雨が降ると食事が質素に?
他方、建設業には「日給月給」という他業界ではあまり見られない独特の給与制度がある。月給制のサラリーマンと違い、「日給月給」の職人は台風などで10日しか働けなかった月の給料は10日分、繁忙期で25日働けば25日分、と給料が毎月大きく変動する。
筆者の家業は塗装業だが、「雨が続くと父親が不機嫌になり、食事が質素になる」経験をしてきた。私の家族がそうだったように、天気によって収入が大きく変動してしまうケースはまだ残っている。
「日給月給」の他にも、ヘルメット代などの安全用具や工具代を会社で負担せず、職人に自己負担させることも多い。
また、「移動の負担」だが、建設業は未だに勤怠管理や作業報告が手書きでなされており、「現場が終わった後にわざわざ事務所に戻って手書きで報告書を書かせる」会社も多い。
「同じ工事なのに県と市、ゼネコンごとにフォーマットが違う」などの理由で安全書類などの事務負担も重い。こういった「以前からの慣習」が若者の離職につながるのだ。
建設業「2024年問題」と影響
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2024年4月から建設業も「時間外労働の上限規制」が始まる。これまでのように監督や職人を長時間残業させることが困難になり、上限(原則月45時間、年間360時間)を超えた場合、罰則の恐れがある、厳しい内容だ。
2024年問題によってコストが上がることを後ろ向きにとらえる意見もあるが、今回の「時間外労働の上限規制」の法改正の背景には、長時間労働を前提とする労働環境を改善し、効率化によって人手不足を解消しようする狙いがあることは忘れてはならない。
先述のように、離職理由の要因は給与だけではなく、労働環境や経営者の考え方にある。「2024年問題」をチャンスととらえ、最新機器の投入、業務のデジタル化、月給制への移行や人事評価制度の導入など労働環境整備に成功している会社も多い。
筆者が所長を務めるクラフトバンク総研が独自に行った2023年9月の調査(社員数5〜100名規模の中小企業約1500社が対象)では、「経営者が2024年問題の対策に取り組む企業の方が業績拡大傾向」にあることが分かっている。
建設業界にはまだまだ可能性がある。筆者は金融業界出身だが、最近周囲で地方銀行から地元の建設会社に転職する事例が相次いでいる。「地方創生の真の担い手は災害復旧も担う建設会社だ」と地元のゼネコンに転じた銀行員もいる。
「人手不足なのではなく、古い考えを引きずる経営者から人材が離れ、仕事と人材が良い会社に流れているだけ」という建設業経営者たちの厳しい意見も聞く。
2024年、成長する建設会社と、変化に取り残される会社の差はより開いていくだろう。