スーザン・ベネットさんは、偶然に始めた声優の仕事で、思いがけない経験をすることになったという。
Susan Bennett
(編集部注:以下の語り下ろしは、米ジョージア州アトランタに住む声優、スーザン・ベネットとの会話をもとに編集したものです)
私が声優になったのは、偶然でした。以前はCM用のジングル(短い楽曲)を歌っていて、アトランタにあるいくつかのスタジオで仕事をしていました。
ある日、同じスタジオで録音を予定していた声優が来なかったんです。ジングルのレコーディングが終わると、スタジオのオーナーから声をかけられました。
「スーザン、君は訛(なま)りがない。こっちに来て、このセリフをしゃべってみてくれないか」
その録音がうまくいって、私は声優としてのキャリアをスタートすることになりました。それまで経験がなかったので、本格的にボイス・コーチのトレーニングを受けることにしました。
知らないうちにSiriの声をレコーディングしていた
アップルがスマートアシスタント「Siri(シリ)」を発表する6年前の2005年7月、私は知らないうちにSiriに使われることになる声をレコーディングしていました。
それは、自動音声応答(IVR)を手がけるスキャンソフト(ScanSoft、現在のニュアンス:Nuance)から依頼された仕事でした。
私はてっきり、「お電話ありがとうございます」「1をダイヤルしてください」といった、自動応答でよく使われるフレーズを録音するものだと思っていたのですが、渡された台本には「今日は“タグハット”で牛を巻き上げます」とか「今日はシフトフレッシュ号と言います」といった、意味不明のセリフが並んでいました。
彼らは英語で発音されるすべての音の組み合わせをレコーディングしようとしていたのです。住所や通りの名前も読まされました。
私は週5日、1日4時間、1カ月ほどかけて全てのセリフを録音しました。最初のうちは「何だか面白い」と思って台本を読んでいましたが、セリフがあまりにも多くてかなり疲れる仕事でした。
6年後、友人から届いた思いがけないメール
それから6年後、アップルがSiriを正式リリースすると、声優仲間からメールが来て、「今、新しいiPhoneで遊んでいるんだけど、これはあなたの声じゃない?」と聞かれたのです。
最初は何のことだかさっぱり分からなかったのですが、アップルのウェブサイトでSiriの声を試聴すると、私の声だとすぐにわかりました(CNNの報道によると、30年の経験を持つ音声鑑識の専門家は、Siriとベネットの声が同じであることは100%確実だと断定している)。
音声レコーディングの報酬はスキャンソフトから支払われましたが、後にその録音を買ったアップルからは1セントも受け取っておらず、何の評価も受けることはありませんでした。何とも不思議な状況です。
2012年3月、イベントでスマートアシスタント「Siri(シリ)」の機能を語るアップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)。
REUTERS/Robert Galbraith
テレビやラジオにも出演できた
自分の声がSiriの声として、世界中のiPhoneユーザーの耳に届くのは、とても嬉しかったのですが、ちょっと不安もありました。自分の声がSiriの声として世間に浸透してしまうと、声優としての他の仕事に支障が生じるのではないかと心配したのです。
私は声優の仕事をとても気に入っていたので、「音声アシスタントの声の人」というレッテルを貼られるのを恐れたのです。
その後、アップルはさまざまなアクセントや言語のSiriをリリースしました。その結果、私と同じような境遇の人がいることを知りました。
例えば、BBCの著名アナウンサーで、イギリス版Siriの声を担当したジョン・ブリッグスさん。オーストラリア版のSiriを担当した、声優で歌手のカレン・ジェイコブセンさんといった人たちです。
私は実際に彼ら彼女らと会いました。そして、私たちが同じような経験をしていることが分かりました。つまり、何に使われるか分からないまま録音した声が、アップルに買い取られ、Siriの声として使われていたのです。
アップルから録音の対価を受け取っていないということは、私たちはアップルに対して守秘義務を負っていないということです。
それで、ブリッグスさんやジェイコブセンさんと相談して「だったら、自分たちのプロモーションにこのエピソードを役立てよう」と決めました。
私はテレビ番組に出演したり、世界各国で行われているプレゼンテーションイベントの「TEDx」に登壇したり、ラジオでも話したりしました。以前の自分には考えられなかったことですが、本当に楽しい経験でした。
Siriのおかげでお金持ちになれたかも(笑)
実は、iPhoneを使っていなくても、私の声を耳にしたことがある人もいるかもしれません。
アトランタ空港に行けば、デルタ航空のゲートアナウンスで私の声が流れています。ニュアンス(同社は2021年にマイクロソフトが買収)の自動音声応答サービスを利用している企業の電話口からも、私の声が流れ続けていることでしょう。
私の息子は、いろいろなCMに使われている私の声を発見しては、喜んでいます。私自身も友だちには「テレビを見るときは、私の声を聞き逃さないでね」といつも言っています。
Siriの声は何度も更新されているので、もう私の声ではありません。(最初に使われていた)オリジナルの声はちょっと嫌味な感じで、ユーモアのセンスと鋭いウィットがあり、それが楽しかったんです。Siriがどんな風に答えるのか楽しみで、話しかける人も多かったと思います。
最新版のSiriは、もう少し淡々とした印象です。ちなみに、私の声が使われていた時は、自分でSiriに話しかけたことはありません。
今でもオーディションは受けていますが、声優の仕事は昔ほどやっていません。(ハリウッドを代表する俳優の)モーガン・フリーマンなら100歳になっても声優の仕事があるでしょうが、私のような並みの声優は、一般には年を取ると仕事が減ってくるのです。
Siriの声を担当したことで失ったものもあるかもしれませんが、私はマイナス面よりプラス面を見たいと思っています。Siriになるのは本当に楽しい経験でした。そうでなければ得られないような素晴らしい機会をたくさん得られたので、不満はありません。
でも、もしiPhoneを持っている人たちが1ドルずつ送ってくれていたら、私はお金持ちになれたのに。冗談でよくそう言っています。
(編集部注:Insiderはアップルにコメントを求めたが、回答は得られなかった)