2020年12月末時点で、各社のスマホ決済やその周辺サービスをまとめた。
作成:Business Insider Japan
2020年、日本のキャッシュレス業界は大きく進展した。2019年10月から続いたキャッシュレス・消費者還元事業は1つの大きな契機となったのも確かだろう。これによってコード決済が伸張し、キャッシュレス全体を押し上げた。
経済産業省の2020年10月の調査では、キャッシュレス決済導入店舗が27%から37%に増加、導入店舗でのキャッシュレス比率も平均28%から33%へと上昇。また、同調査では、20~60代の5割前後、10、70代の約3割が、「還元事業をきっかけにキャッシュレスを始めた」または「支払い手段を増やした」と回答している。
2021年、キャッシュレス業界の動向はどう変わっていくのか。各社が現在持っているアセット(資産)や経済圏の大きさを分析してみよう。
「楽天」の巨大経済圏、激変するモバイル事業の行く末は
楽天の経済圏イメージ。
出典:楽天
【現状】既に金融分野において広く事業展開
「経済圏」で成功しているのが楽天だ。楽天市場による1億以上という楽天IDをベースにして、共通ポイントの「楽天ポイント」、クレジットカードの「楽天カード」、銀行の「楽天銀行」など、好調に推移している。
楽天銀行の口座と連携し、マネーブリッジを提供する「楽天証券」「楽天生命」「楽天損保」といった金融・保険事業も楽天IDと楽天ポイントの経済圏で順調に成長している。
【強み】Suicaとも連携し、経済圏をさらに拡大
Android版に限り、楽天ペイアプリからSuicaへのチャージが可能になった。
撮影:小林優多郎
楽天経済圏の出口となる決済では、「楽天ペイ」「楽天Edy」に加え、楽天ペイアプリ内で発行するSuicaとの連携も特徴。2020年12月には楽天ポイントでのSuicaチャージに対応した。
これによって、オンラインとオフラインで既存加盟店500万カ所に、鉄道利用を含めた交通系電子マネーの100万カ所が追加され、経済圏がさらに拡大した。
楽天ペイのユーザー数は2020年9月の段階で5000万を突破。新規楽天会員の4人に1人は楽天の決済サービス経由だということで、楽天経済圏への寄与が高まっている。キャンペーンも多いが、他社の大規模還元に隠れて目立たない割に、ユーザーの利用率は高い。
【課題】無料キャンペーン実施の通信事業の先行きが未知
自社回線エリアであれば「無制限」をうたう楽天モバイル。
撮影:小林優多郎
唯一の課題として挙げられるのが、新規参入したモバイル事業だ。現在はキャンペーン期間として300万人限定でサービスを無償提供。楽天回線エリア内であれば無制限ということで200万人が利用している(申込者ベース、2020年12月30日時点)。
ただ、無償にもかかわらず300万人を集めることができていない現状で、有料化が始まる2021年以降の利用者の動向は懸念材料となっている。
低価格をアピールする楽天モバイルだが、NTTドコモが政府の意向を受けて同価格帯のプランを発表し、楽天モバイルの競走環境は激化する見込み。多大な設備投資が必要なモバイル事業において、事業の収益性が確保できるかどうか未知数だ。
ただ、楽天経済圏としてモバイル事業の重要性は高く、楽天ユーザーの動向が鍵を握っていると言える。
PayPayは順調に拡大、LINEとの経営統合でどうなる?
2020年10月30日時点のPayPayの各種指標。
出典:Zホールディングス
コード決済最大手のPayPayの経済圏は広い。モバイルは「ソフトバンク」「ワイモバイル」、銀行が「ジャパンネット銀行」、証券が「One Tap BUY」、オンラインモールが「PayPayモール」「PayPayフリマ」、タクシー配車は「DiDi」といったグループ内のサービスをミニアプリという形で連携させている。
【現状】ユーザー数3300万人超、加盟店数も順調に増加
ローラー作戦にも近い加盟店拡大策を継続。ユーザー数は2020年10月に3300万人を超えた。
決済可能カ所は260万カ所以上、2020年第2四半期の決済回数は4.9億回と前年同期比で約5倍に拡大。オンラインでの支払いや請求書払いの対象追加による加盟店拡大は順調だ。
【強み】Zホールディングス内のアセットを活用
Zホールディングスは、各金融サービス名や企業名をPayPayブランドに順次統一する。
出典:Zホールディングス
グループ内の連携によって実現した機能として、One Tap BUYにPayPayボーナスを自動・手動による入金ができるボーナス運用ミニアプリも好調だ。累計利用者170万人を突破している。今後の資産運用サービスにつなげる意向だ。
初期のような過大なキャンペーンは実施していないが、継続的に実施しているキャンペーンは、加盟店数の多さと地方自治体との連携に強み。
【課題】手数料の「無料終了後」戦略とLINE統合後のシナジー
2019年11月に発表されたヤフーLINE経営統合。
撮影:小林優多郎
PayPayはいまだ投資先行。しかし、2020年4月から年商10億円以上の法人による新規加盟で決済手数料を徴収しているほか、手数料無料化が2021年9月30日までとなっている。その後に描く成長戦略は重要だ。
ZホールディングスとLINEの経営統合の成果も2021年から見え始める。
なお、PayPayは2020年12月に、同社サーバー内の加盟店情報2000万件以上が外部からアクセスできるようになっていた問題を公表。原因はアクセス権限設定の不備としており、同社のセキュリティー体制に課題を残した。
dポイントが急拡大も、金融事業には遅れ
2020年9月10日、不正出金の問題について謝罪をするNTTドコモの責任者。
撮影:小林優多郎
NTTドコモの「d払い」は、「ドコモ口座」に端を発する不正利用事件で悪い意味での注目を集めたが、eKYCによる本人確認などの対策を実施している。
上期(2020年4月〜9月末)の状況では、d払いの利用可能個所は266万カ所に達し、取扱高も3320億円、ユーザー数も2999万人を突破した。 下期はドコモ口座不正の影響がどの程度あったかは不明だ。
【現状】dポイント会員基盤は成長、グループ内アセットは不足
NTTドコモの金融分野の状況(2020年10月29日時点)。
出典:NTTドコモ
d払いは、共通ポイントの「dポイント」との連携が重要だ。dポイントクラブ会員数は7815万(2020年9月末時点)となり、dポイントの利用も1153億ポイントとなった(2020年上半期)。d払いは、このdポイントとの連携に加え、ドコモのスマートフォン契約と「dカード/dカード GOLD」との組み合わせが強力だ。逆に言えば、基本的にドコモユーザー以外が使いにくいとも言える。
ドコモを買収したNTTを含めて、グループ内に金融サービスがないという点も苦しいところだろう。お金のデザイン社の「THEO」と連携したポイント投資は提供しているが、d払いアプリからの誘導はなく、ドコモ口座と同じく分断されている。
「出口」となる決済事業では、dカード、d払い、dポイントと充実しているが、銀行、融資、保険、資産運用といった金融事業は遅れている。
【強み】メルカリなど関連企業との連携を強化
2020年2月、NTTドコモとメルカリは業務提携を発表。
撮影:小林優多郎
自社内の金融事業が弱い代わりに、NTTドコモは関連企業との連携を進めている。
例えば、投資としてお金のデザイン、保険として東京海上日動火災保険と提携。融資では、一部で金融機関向けのスマートレンディングサービスを提供している。
また、2020年2月に発表された、メルカリおよびメルペイとの業務提携は、メルカリとdポイントの連携による顧客基盤拡大に加え、メルペイとd払いの残高やポイントの連携といった協調を行うとされていた。
リアル店舗の買い物で貯まったdポイントでメルカリで買い物をすることもできる。コード連携によって、お互いの加盟店で決済ができるようにもなっている。
【課題】メルペイとの連携は未だ中途半端、NTT買収による効果は?
ただし、メルペイとの連携内容は発表されているが、現時点では残高連携に関しては進展が見えない。メルカリがdポイントの出口となる点は大きいが、やや中途半端な状態だ。
また、親会社のNTTを含めて銀行業に関しては弱い傾向がある。スマートレンディングサービスを含む金融事業に関して、今後の舵取りが興味深いところ。
NTTの買収とNTTドコモの井伊基之・新社長の就任によって、どういった戦略が描かれるのだろうか。
au PAYは「auユーザー以外への認知」が課題
2020年2月、大規模キャンペーンを実施したau PAY。
撮影:小山安博
KDDIによる「au PAY」は、2020年5月にロイヤリティマーケティングの共通ポイント「Ponta」と連携。従来のau WALLETポイントをPontaに統合した点が大きい。1億近いユーザー数を抱えるポイント経済圏に参加することで、auのモバイル回線ユーザー以外へのリーチを狙う。
【現状】大規模キャンペーンを実施、au回線ユーザーに偏向
au PAYは2月に70億円規模の還元キャンペーンを実施。会員数、決済回数が大きく伸長し、10月までに会員数は2450万超、決済回数はキャンペーン前の2.5倍まで拡大した。
決済回数はキャンペーン後に落ち込んだが、10月までにキャンペーン時の決済回数も超えた。加盟店数も270万カ所を突破したとしているが、d払いと同様、大手中心という点は否めない。
2020年11月、au PAYゴールドカードの特典アップデートが発表された。
出典:KDDI
また、au回線ユーザーに利用者が偏向している点もd払いと同様だ。この点がPayPayとの差につながっている。もともと自社回線ユーザー向けサービスをキャリアフリーへと変更した形だが、依然として自社回線ユーザー向けという印象は拭えない。実際、クレジットカードのau PAYカードは、ようやく2020年5月にauユーザー以外にも開放されたばかりだ。
au PAYカードの開放で、au回線ユーザー以外もau PAYのメリットが大きくなった。さらに、au PAYゴールドカードの特典を強化し、クレジットカードのテコ入れを図る。
【強み】グループ内に金融系企業が多数、連携を強化
KDDIのスマートマネー構想。アセットはグループ内で多く持っている。
出典:KDDI
強みは、クレジットカードやローンを担う「auフィナンシャルサービス」「auじぶん銀行」「auカブコム証券」「au損保」、運用の「auアセットマネジメント」などといった金融・決済事業を自社経済圏に抱えている点だ。
共通ポイントのPontaを軸とした経済圏は、モバイル、固定、電気というインフラ事業、au PAYマーケットのモール事業も加えて、トータルでの経済圏を築いている。
こうした決済・金融事業の取扱高は、2020年度上期だけで4兆円を突破。順調に拡大している。じぶん銀行がau回線ユーザーに対して住宅ローン金利を年0.1%引き下げ、変動金利で0.310%にする割引を提供するように、au経済圏への囲い込みを強化している。
【課題】後追いの「au PAY」の強化策、キャンペーン以外の方法は?
その点で、ポイントの出口となる決済サービスの強化が急務で、au PAYの利用をいかに拡大していくかが、2021年の課題だろう。
2020年末から2021年前半にかけて、大型キャンペーンを実施することで、利用者の拡大を図る考えだが、いかにau経済圏への誘導できるかが注目される。
アジア展開に強みもつLINE Pay、銀行業進出なるか
LINEによる決済サービスであるLINE Payは、3000万人以上が登録しているとされ、コード決済とクレジットカードでサービスを展開している。
【現状・強み】LINEプラットフォームをベースに成長、海外でも独自に展開
LINE Payのグローバルでの取り扱い高(2020年10月28日時点)。
出典:LINE
他社にない強みが、月間アクティブユーザー数8600万人(2020年10月28日時点)という強力なコミュニケーションサービスであるLINEをベースとしている点だ。
すでに高いユーザー基盤があり、それを背景にしたサービス連携がある。特に店舗側がLINEユーザーに対してリーチできる機能はほかに代えがたく、ユーザーと店舗の接点としてのメリットがある。
海外への展開も特徴で、LINEの人気の高い台湾やタイなどで、LINE Payが利用されている。グローバルで使える決済手段は基本的にクレジットカードの独壇場(中国系の決済サービスは特殊なので除外)だが、LINE Payは異色と言えるだろう。
【課題】Zホールディングスとの統合、銀行業ライセンス取得の進捗が不透明
LINEアプリ上に着実に増える金融サービス。
撮影:小林優多郎
ただ、2020年の最大のトピックはやはりZホールディングスとの統合。PayPayと競合する形になる。現時点では共存しているが、統合による戦略の変化があれば、今後のサービス展開が大きく変わるだろう。
Visa LINE Payカードによるクレジットカード事業に加え、銀行業への参入も宣言しているLINE。銀行開業が現実となるかどうかは、現時点では未知数。
タイでは銀行サービスが発表されたが、国内では「2020年度」という期限はまだ残っているものの、開業時期は不明だ。銀行業に参入すれば、融資やローンといった新たな収益源を実現できる。
LINE Financial社長の齊藤哲彦氏。2020年9月29日の発表会でLINEの銀行業ライセンス取得について「進行中」と話した。
撮影:小林優多郎
「LINE証券」や「LINEほけん」、個人向けローンの「LINE Pocket Money」といった金融サービスは提供しているが、よりサービスを強化できる。
コミュニケーションサービスとしてのLINEと銀行業の親和性は高い。相談しながら進めることの多い金融商品において、LINEのコミュニケーション機能は有効だろう。ゆくゆくは法人向けの展開もありえるし、LINE Pay加盟店に向けたサービスは十分に考えられる。
クレジットカード事業では、2020年12月に三井住友カードとの提携を推進する発表。サービス拡充と加盟店開拓の強化を図る。
ただ、2021年7月からは決済手数料の有料化も発表されている。LINE銀行開業、そして統合と併せて正念場の年と言えるだろう。
(文・小山安博)
小山安博:ネットニュース編集部で編集者兼記者、デスクを経て2005年6月から独立して現在に至る。専門はセキュリティ、デジカメ、携帯電話など。発表会取材、インタビュー取材、海外取材、製品レビューまで幅広く手がける。