ジョージ・フロイドさん殺害から始まったBlack Lives Matter運動は、止まる所を知らない。長年続いてきた黒人差別がいまだに根深いことを反映している。
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ジョージ・フロイド氏の殺害から3週間弱が過ぎた。この期間、Black Lives Matter のデモが盛り上がるニューヨークで、さまざまなことを見たり読んだりする中で、ふと「黒人が差別されたり、奴隷として鞭打たれたりする様子を自分が初めて見たのはいつだろう」と考えた。
映画『風と共に去りぬ』を初めて見たのは15〜16歳の時。母が「この映画は見たほうがいいから」と夜更かしを許してくれた。テレビの小さい画面で見たのに、そのストーリーと映像は私に強烈な印象を残した。真っ黒い奴隷たちが、白人に家畜のように扱われる様子も含めて。
その時は、なぜ黒い人たちが白い人たちに怒鳴られたり、愚鈍だとバカにされたり、小突き回されなくてはならないのか、その背景にどんな歴史があるのかということまでは理解できていなかった。
『風と共に去りぬ』の配信を停止
アメリカ映画の不朽の名作とされる『風と共に去りぬ』。今回のBlack Lives Matter運動を受けて、米配信サイトのHBOマックスでは一時的に配信が中止となった。
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そんなことを考えていたら、配信サービスHBOマックスで『風と共に去りぬ』の配信を停止したというニュースが流れた。1939年公開のこの作品が奴隷制度を肯定的に扱い、白人目線で美化しているように見える部分があるという理由からだった。今後、歴史的背景の説明や批判を注記することで、また見られるようにはなるという。偏見に満ちた描写や差別的表現も削除せず残す方針らしい。
古い映画を見ることの1つの意義は、制作時の社会や人々の考え方について学ぶことにある。偏見の記録も貴重だ。
アメリカの人種問題を理解するには、過去400年の歴史を学ぶことだけではなく、今日のアメリカ社会で生活し、さまざまな肌の色の人々と自ら関わることだと思う。
とはいえ、30年近くアメリカで生活している私でさえ、人種問題の底深さがわかってきたのは、アメリカでの生活が10年を超えてからだったと思う。私はニューヨークという多民族が集まる場所で生きているが、これが南部であれば、また全く違う経験になっていたことだろう。
自分が経験していないこと、見たこともないものを想像力だけで理解するのは難しいが、本や映画はその助けにはなる。特に映画から学んだことは多かった。これまで強く心に残っている人種差別をテーマにした映画を挙げてみたら、かなりの数になった。
ここではアメリカ社会における黒人の歴史、そして今起きている議論を理解するために見ておいたら良いと思うものを挙げてみたい。
奴隷制度を理解するために
- 『それでも夜は明ける』(原題:12 Years a Slave、2013年)
- 『ハリエット』(原題:Harriet、2019年)
ハリウッドの名作(とリメイク)
- 『アラバマ物語』(原題:To Kill a Mockingbird、1962年)
- 『招かれざる客』(原題:Guess Who's Coming to Dinner、1967年)
- 『ゲット・アウト』(原題:Get Out、2017年)
公民権運動時代
- 『グローリー/明日への行進』(原題:Selma、2014年)
- 『ミシシッピー・バーニング』(原題:Mississippi Burning、1988年)
- 『ドリーム』(原題:Hidden Figures、2016年)
スパイク・リー
- 『ドゥ・ザ・ライト・シング』(原題:Do the Right Thing、1989年)
- 『マルコムX』(原題:Malcolm X、1992年)
2019年アカデミー賞での論争
- 『グリーンブック』(原題:Green Book、2018年)
- 『ブラック・クランズマン』(原題:BlacKkKlansman、2018年)
現在公開中の映画
- 『私はあなたのニグロではない』(原題:I Am Not Your Negro、2016年)
- 『黒い司法』(原題:Just Mercy 、2019年)
- 『13th -憲法修正第13条-』(原題:13TH、2016年)
最後に
- 『ラビング』(原題:Loving、2016年)
奴隷制度を理解するために
映画『ハリエット』は6月5日から全国TOHOシネマズなどで公開中。
『ハリエット』公式サイトより
奴隷制度についての映画というと、まずスピルバーグ監督の『アミスタッド』(原題: Amistad、1997年)、近年ならスティーヴ・マックイーン監督の『それでも夜は明ける』(原題:12 Years a Slave、2013年)を思いつく。
これらを見れば、奴隷たちがどのように非人間的な状態でアフリカから連れてこられ(あるいはアメリカ国内で誘拐され)、モノとして売買されていたか、その裏にどんなシステムがあったかということが一通りつかめる。一旦奴隷となった者がどれだけ残虐な暴力にさらされ、どんな屈辱に耐えたかということも。
上記2つは、いずれも実話を基にしている。『アミスタッド』は1839年に実際に起きた奴隷輸送船アミスタッド号の乗っ取り事件をもとにしており、『それでも夜は明ける』は、1841年にワシントンDCで誘拐され奴隷として売られた男性の12年にわたる奴隷体験記を元にしている。いずれも多くの賞の候補になり、『それでも夜は明ける』は、2014年のアカデミー賞最優秀作品賞を受賞した。
2019年アメリカで公開された『ハリエット』(原題:Harriet、2019)は、今日本でも公開中だというので、是非多くの日本人に見てもらいたい。
ハリエット・タブマンは、アメリカでは知らぬ人のいない人権活動家だ。幼少時から奴隷として農場で酷使されていた彼女は、ある時、命がけで脱走に成功する。そして「アンダーグラウンド・レイルロード」と呼ばれる、奴隷逃亡を助ける秘密結社に加わる。当時奴隷の逃亡幇助は非合法だったが、勇敢でかつ機転の利くタブマンは、数百人の奴隷の逃亡を、捕まることもなく無事に助けた。
2016年オバマ政権下では、タブマンを20ドル紙幣のデザインに採用する計画が発表されたが、2019年には延期が発表された。延期には反対する声が上がった(2019年6月27日)。
REUTERS/Yuri Gripas
さらに彼女は、南北戦争で黒人兵士たちを率いて戦い、残りの人生を黒人や女性の人権のために捧げた。参政権などアメリカにおける女性の地位向上運動は、彼女の影響を多大に受けており、この国の歴史を語る時に外せない人物だ。
2016年、アメリカの新紙幣のデザインをめぐる調査でタブマンが1位に選ばれ、オバマ大統領とルー財務長官は、彼女を紙幣のデザインに採用する計画を発表した。黒人の肖像が紙幣に使われるのは初めてで、大ニュースになった。そして2020年、女性に参政権が認められてから100年という節目に合わせ、彼女の肖像を使った新20ドル札が発行されることになっていた。
だが2019年5月、ムニューシン財務長官は、この予定の延期を発表、2028年までは新20ドル札の発行はないと語っている。
ハリウッドの名作では
映画『アラバマ物語』で黒人青年の事件を担当する弁護士役を演じる、グレゴリー・ペック。
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『アラバマ物語』(原題:To Kill a Mockingbird、1962年)は、『風と共に去りぬ』同様、アメリカ人にとってなにか特別な作品だと思う。1960年に発表された同名小説は、ピューリッツアー賞を受賞、出版から60年経った今でも広く読まれる大ベストセラーだ。「グレート・ギャッツビー」「怒りの葡萄」などと並んで、若者が必ず読むべき本として扱われている。
グレゴリー・ペックは、この映画でアカデミー賞・最優秀男優賞を受賞した。『ローマの休日』の新聞記者役もぴったりだったが、私は、彼の本当の当たり役は『アラバマ物語』の弁護士アティカス・フィンチだと思う。アメリカ人はこの役が大好きらしく、「映画のヒーローで誰が好きですか?」というアンケートでは、スーパーヒーローのキャラクターたちと並んで必ずフィンチの名前が上位に挙がる。この役は、アメリカ人が理想とする「アメリカの良心」の象徴なのだろう。
舞台は1930年代のアメリカ南部、白人女性への性的暴行容疑で逮捕された黒人青年の事件を担当する弁護士の物語だ。
弁護士家族は、黒人の弁護を引き受けたことで自分たちまで差別され、迫害を受ける羽目になる。そもそも裁判に勝ち目はない。陪審員は全員白人だが、フィンチは自分の良心に従って仕事に臨む。その姿を通じて、子どもたちも身近な社会に存在する不平等、不正義について、そして「正義は必ずしも報われない」ということを学ぶ。これが、フィンチの娘の視点で描かれている。
原題の「To Kill a Mockingbird」の意味は、「ものまね鳥を殺すこと」。ものまね鳥は、ここでは社会的弱者を指す喩えだ。
この映画は奴隷制度が廃止された1865年から60年以上も経った社会が舞台だが、当時のアメリカ南部では、「ジムクロウ法(人種差別的内容を含む南部諸州の州法の総称)」、また「分離すれども平等 (separate but equal)」というスローガンのもと、多くの人種隔離策が合法とされていた。この映画を見ると、そのメンタリティがいかに深く南部社会に浸透し、人の心を支配していたかがよくわかる。
『招かれざる客』の1シーン。異人種間の結婚というテーマを通じて、「先進的な人間」に内包されている無意識の偏見を描いている。
Getty Images/Columbia Pictures
『招かれざる客』(原題:Guess Who's Coming to Dinner、1967年)は、個人レベルでの無意識の偏見の厄介さを描いた作品だ。
先進的であることを自認する新聞社社長の父(白人)が、娘の婚約者である立派な医師(黒人)と会うことで、自分でも気づいていなかった内面のジレンマに直面する。この映画が制作された当時のアメリカでは、まだ異人種間の結婚を禁じている州がかなりあった。映画の中でも「ニグロ」という差別的表現が当たり前のように使われている。
2005年には、リメイク『Guess Who』が作られた。こちらは、黒人家庭に白人男性が婚約者として訪れるというコメディになっている。
2017年の話題作『ゲット・アウト』(原題:Get Out)は、白人の恋人の実家を訪れた黒人男性が体験する恐怖を描いたホラー映画で、これも『招かれざる客』の応用編ではないかと言われた。この映画は大ヒットし、ホラー映画にしては珍しく賞レースでも多くノミネートされ、これが長編監督デビュー作となった監督ジョーダン・ピールはアカデミー賞脚本賞を受賞した。
多くの批評家たちも「ホラーという形をとりながら、アメリカにはびこる差別意識を賢く斬新なやり方で暴露した」と高く評価している。
公民権運動時代とは何だったのか
1950〜60年代の公民権運動で決定的な役割を果たしたマーティン・ルーサー・キング・ジュニア(キング牧師)だ。
Getty Images/Michael Ochs Archives
奴隷制度は1865年に廃止されたものの、1964年に公民権法が制定されるまでの約100年間、黒人に対する差別はさまざまな形で合法的に続いた。ジムクロウ法の時代には、多くの州で住宅、学校、教会、ホテル、鉄道車両、バス、トイレ、水飲み場までが肌の色によって隔離されていた。二度の大戦中は、軍でも、部隊や階級は人種によってハッキリ分けられていた。
その状況を変えるため1950年〜60年代の公民権運動に決定的な役割を果たしたのが、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(キング牧師)だ。彼の名前と「I have a dream」のスピーチぐらいしか知らない人には、『グローリー/明日への行進』(原題:Selma、2014年)を勧めたい。
この作品は1965年、投票権を求めるために行われたアラバマ州セルマからモンゴメリーへの歴史的なデモ行進を中心に構成されている。アカデミー賞作品賞候補になったほか、多数の賞を受賞、批評家たちから絶賛された。キング牧師を完全無欠な聖人ではなく、矛盾や欠点を抱えた人物として描いているのも良い。
白人至上主義の秘密結社、KKKの集会(1980年撮影)。
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『ミシシッピー・バーニング』(原題:Mississippi Burning、1988年)も強烈な映画だった。1964年、ミシシッピー州で公民権運動家3人が殺害された事件に基づくノンフィクション作品。
KKK(クー・クラックス・クラン、白人至上主義の秘密結社)によって罪もない人の家が放火されたり、黒人がリンチされて木に吊るされたりするグロテスクな様子(ビリー・ホリデイが「Strange Fruits」で歌う世界そのもの)は強い印象を残した。でも映画を見た時は、こんな忌まわしい差別はアメリカのごく一部で過去に起きていたことで、「もう済んだこと」と思っていた気がする。
折しも今アメリカでは過去2週間の間に、LA近郊の街で、木から吊るされた状態で死んでいる黒人男性が2人続けて発見された。警察は自殺として扱っているが、遺族はさらなる調査を求めている。
『ドリーム』(原題:Hidden Figures、2016年)も舞台は1960年代前半。主人公は、米ソの宇宙開発競争が激化する中でNASAを支えた黒人女性数学者やエンジニアたちで、実在の人物をモデルにしている。
黒人ということに、さらに女性という足枷が加わる。しかし、彼女たちは賢くしたたかで、圧倒的な能力の高さと努力で周囲に自分たちを認めさせ、道を切り開いていく。題名『Hidden Figures』が示す通り、彼女たちのような人々の話は歴史の表舞台には出てこないし、教科書にも載らない。そこにあえて光を当てたという意味でも、いい作品だった。
スパイク・リーの果たした役割
スパイク・リー監督は「黒人たちのために映画を作る」と明言し、一貫して人種問題に焦点をあててきた。
REUTERS/Eric Gaillard
アメリカの黒人映画を語る時、絶対に外せない監督、それはスパイク・リーだろう。1957年生まれのリーは、ニューヨーク大学大学院の卒業制作で制作した映画『Joe's Bed-Stuy Barbershop: We Cut Heads』で1982年にデビューして注目を集め、1986年に公開された2作目『She's Gotta Have It』で、その才能を広く世間に知らしめた。
彼は「黒人たちのために映画を作る」と明言し、一貫して人種問題に焦点をあて、これまで30本以上の映画を製作・監督してきた。やはり傑作は、4作目の『ドゥ・ザ・ライト・シング』(原題: Do the Right Thing、1989年)だろう。ブルックリンを舞台に人種同士の対立を描いたこの作品は、リー自らが製作、監督、脚本を手掛け、主役(ピザ屋のいい加減なデリバリー係)も務めている。
アフリカ系、イタリア系、プエルトリコ系、韓国系のアメリカ人たちが互いに偏見を持ち、露骨に差別し合い、衝突する様子を描いているにもかかわらず、ユーモアがあり、それまでの人種問題を扱った映画の深刻さとは一線を画していた。
アメリカ文化におけるこの作品の存在感は大きい。2014年、公開25周年の上映会では、オバマ大統領夫妻が「私たちが初デートで観た映画だった」とメッセージを寄せたし、30周年記念の2019年には、撮影が行われたブルックリンでスパイク・リー自身がパーティーを主催し、何千人もが集まった。つい5月も、ニューヨーク・タイムズが、「なぜ Do the Right Thing は未だに素晴らしい映画なのか」という記事を載せている。
映画『マルコムX』で主人公である黒人公民権運動活動家マルコムXを演じるデンゼル・ワシントン。
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『ドゥ・ザ・ライト・シング』の3年後、リーの7作目『マルコムX』(原題: Malcolm X、1992年)が公開された。この3時間以上の大作は、『マルコムX自伝』をベースに、凄絶な子ども時代から始まって、彼の思想が人との出会いや経験、勉強、自己の内面探求でどう変化し続けたかを解き明かしている。
特に印象に残っているのは、刑務所で辞書を手にしてからの彼の劇的な変化だ。言葉を持つと、世界の見え方が急に変わる。そこから彼の人生は、理念と目的意識あるものになっていく。さらにマルコムXという1人の男の人生を通じて、世界規模で存在する人種差別、イスラム教に対する偏見、アメリカの抱える治安・貧困・教育問題をも炙り出すスケールの大きな作品になっている。
主演のデンゼル・ワシントンはアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。彼の当たり役の1つだと思う。
2019年アカデミー賞での論争
2019年のオスカーで、最優秀作品賞が『グリーンブック』(原題:Green Book、 2018年)だと発表された瞬間、スパイク・リーは席を立ち、会場から出ていこうとした。なぜか。
『グリーンブック』はジムクロウ時代、天才黒人ピアニストと庶民的なイタリア系ドライバーが数週間、2人でアメリカ南部を演奏旅行で回るうちに、互いへの偏見を少しずつ修正し、最後には心を許しあうという温かい話だ。設定が『ドライビング・ミス・デイジー』に似ているが、『グリーンブック』は実在の人物を基にしている。
オスカー最優秀作品賞を手にする『グリーンブック』のプロデューサーたち。人種問題を扱った映画だが、制作関係者のほとんどは白人だった。
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この映画は大ヒットしたが、批判もあった。まず主人公のイタリア系アメリカ人の役柄が「黒人を差別から救う白人救済者」として単純化されていたこと。ピアニストの遺族から「この映画は、2人の関係について観客に誤解を与える。2人は友人などではなかった」との抗議があったこと。制作関係者のほとんどが白人で、2人の主役のうち白人を主演として扱っていたからだ。
スパイク・リーが怒ったのは候補になっていた自分の作品『ブラック・クランズマン』(原題:BlacKkKlansman、2018年)が受賞を逃したからだけではなかったと思う。『グリーンブック』が、人種同士の対立や偏見や差別を単純化し、あたかも既に克服できたもののように描いていることへの怒りがあったのではないか。
リーの『ブラック・クランズマン』は1970年代の実話を基にした映画だが、教科書では学べない黒人差別の歴史を描こうとした作品だった。見た後、私は「ここに描かれていることは全て今につながっているし、今もまだ終わっていない」と思った。
映画終盤には、2017年のシャーロッツビルでの事件(白人至上主義者と人種差別反対を訴えるデモ隊が衝突し、1人が死亡、19人負傷。トランプ大統領はこれに対し「双方に非がある」と発言した)の実録映像が織り込まれている。映画の中で重要な人物の1人はKKKの元最高幹部デービッド・デュークなのだが、このデュークが、シャーロッツビルの映像の中に写っている。このメッセージ性は大きい。
2017年、ヴァージニア州シャーロッツビルでは白人至上主義団体と人種差別反対を訴えるデモ隊が衝突。トランプ大統領の「双方に非がある」という発言が物議を醸した(2017年8月12日撮影)。
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スパイク・リーは、この作品でカンヌ映画祭審査員特別グランプリやアカデミー賞脚色賞を受賞し、特別賞以外では初めてのオスカーを手にした。これまで何度か候補に挙がってはいたものの、アカデミー賞の受賞経験はなかったのだ。
受賞スピーチは感動的だった。
自分の祖母は奴隷の娘だったにもかかわらず大学まで卒業したこと。しかも約50年間の年金を貯めて自分を大学に行かせてくれたこと。2020年の大統領選の話もした。
「愛と憎しみの間で、道徳的に正しい選択をしよう。正しいことをしようぜ(Let’s do the right thing!)」
彼のスピーチの全文はここで読める。
現在公開中、今まさに見てほしい
ジェイムズ・ボールドウィンの未完成原稿『Remember This House』を基にした『私はあなたのニグロではない』(原題:I Am Not Your Negro、2016年)は、今まさに見るべき映画だ。Black Lives Matter 運動の盛り上がりを受け、日本でも緊急上映されている。
1924年ニューヨーク生まれのボールドウィンは、アメリカ黒人文学を代表する作家、詩人、活動家で、キング牧師やマルコムXとも親しく、公民権運動に大きな思想的影響を与えた。このドキュメンタリーはあえて解説を入れず、彼の書き残した言葉、生前のインタビューやスピーチだけをつないでアメリカの黒人差別と暗殺の歴史を描いている。ボールドウィンが60年代に述べた言葉を現在の映像にかぶせることで、この60年いかに問題が解決されてこなかったかが明らかになる。
無関心と無知(Apathy and ignorance)が引き起こす差別や偏見、白人社会が都合のいいように作ってきた黒人のイメージ、不公平なシステムを是正してこなかった社会。そもそもなぜ白人は差別を「必要とする」のか。これらを糾弾する彼の言葉は、鋭いだけでなく、熱く、エレガントですらある。
「歴史は過去ではない、現在だ。我々は歴史の中にある。何故なら我々が歴史だからだ」
なお、ボールドウィンの小説「ビール・ストリートに口あらば」も2018年に映画化されヒットした(『ビール・ストリートの恋人たち』)。
著名な人権弁護士ブライアン・スティーヴンソンの回顧録『Just Mercy』は、現在ニューヨーク・タイムス・ベストセラーに32週間連続でランキングしている。ジョージ・フロイド氏の殺害を受け、ワーナー・ブラザースは、この本を映画化した『黒い司法』(原題:Just Mercy、2019年)を6月中、すべてのデジタル・プラットフォームで無料配信すると発表した。
この映画は1980年代のアラバマ州を舞台に、確固たる証拠もないのに死刑宣告された黒人の被告人を助けるために戦う若き日のスティーヴンソン弁護士の姿を描いている。黒人の不当逮捕はしばしば映画の題材になるが、長年アメリカ司法の構造的問題の1つとなっている。
ワーナーブラザーズは声明の中で、
「私たちの国を変えていくための積極的な行動がなんとしても必要です。私たちは過去に起こった出来事や、現在の私たちの状況を招くに至った数え切れないほどの不公正について、みなさんにより詳しく学んでいただければと思っています」
と述べている。
ブライアン・スティーブンソン氏。フロイド氏の事件でもスティーブンソン氏の発言に注目が集まっている。
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スティーヴンソンは、ハーバード卒の黒人弁護士。基本的人権の保障に取り組む非営利団体 Equal Justice Initiativeを立ち上げ、数多くの「無実の死刑囚」を救ってきたことで知られる。先日ケネディスクールの学長から届いた Black Lives Matter についての手紙にも彼のことが書いてあり、「我々が最も誇りに思う卒業生の1人」(彼はハーバード法律大学院とケネディスクールで学んだ)と呼ばれていた。フロイド氏の件でも彼の発言には注目が集まっており、先日も「ニューヨーカー」誌が彼のインタビューを掲載していた。
『13th -憲法修正第13条-』(原題:13TH、2016年)も、現在 YouTube で無料公開されている。
タイトルは合衆国憲法修正第13条(奴隷制廃止条項、1865年)からきている。エミー賞のドキュメンタリー&ノンフィクション特別番組部門で受賞、その他も数多くの賞を受賞した。
映画は、オバマ大統領のこの言葉で始まる。
「アメリカの人口は世界全体の5%にすぎないにもかかわらず、アメリカの受刑者は世界全体の受刑者数の25%を占めている」
黒人初の大統領となったオバマ氏。刑務所という装置が黒人への人種差別を構造化していることを指摘している。
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これは当然ながら世界一の数である。最近の調査によれば、受刑者の人種別割合の差は過去10年で縮まってきている(白人の割合が増え、黒人やヒスパニックの割合が減少する傾向にある)ものの、アメリカの人口の12%を占める黒人が、受刑者の33%を占めている(2017年)。
映画によると、アメリカの刑務所には現在約230万人が収容されている。この「大きくなりすぎた刑務所問題」はしばしば政策上の議論になるが、「こんなに刑務所に金がかかるのは困る」という議論が中心で、「そもそもなぜ刑務所に入れられる人が多いのか」「こんなに多くの受刑者がいる状態は、社会として正常なのか」という根本的な問いの議論は十分にされていない。
この映画は、その問いに答えるべく、アメリカ社会が数世紀にわたって抱えてきた構造的な問題に切り込んでいる。
この映画を見て感じるのは、「現代アメリカにおける黒人の大量投獄は、形を変えた奴隷制である」ということだ。また、刑務所がいかにビジネスと化しているかということもわかる。このたびのフロイド氏の死をめぐっての議論で頻出するのが「制度的人種差別 (institutional racism)」「システム化された人種差別 (systemic racism)」という言葉だが、刑務所は、その「システム」を回し続ける重要なマシーンなのだ。
アメリカの受刑者は約230万人。黒人の大量投獄は、形を変えた奴隷制だと言えないか(写真はイメージです)。
Getty Images/ oneword
奴隷制度廃止から150年以上が経った。しかし黒人たちは一度でも本当に「自由」になったことがあっただろうか?
この映画を見終えると、真に公平な社会は私たち一人ひとりが自らの偏見を自覚し、克服することによってしかあり得ないのだと詰め寄られているような気持ちになる。
6月12日は何の日か知ってますか
最後に。これを執筆しているのは6月12日、Loving Day と呼ばれる日だ。
1967年の今日、米国連邦最高裁が「異人種間の結婚を認めないのは違憲であり、修正第14条の平等の保証に違反している」という判決を下した。この判決が出るまで、アメリカのかなりの数の州法のもとでは、黒人と白人の結婚は違法だった。この訴訟を起こした夫妻の苗字 Loving をとってLoving Dayという。
夫妻は1958年にワシントンDCで結婚したが、住んでいたバージニア州は異人種間の婚姻を認めず、ある日自宅に乗り込んできた警察に逮捕される。結婚を解消するかバージニアを出ていくかの二者択一を求められた2人がそれを受け入れず、歴史的勝訴を勝ち取るまでの闘いの様子が映画化されている(原題:Loving、 2016年)。
『ラビング』公式サイトより
映画の中で、「黒人と白人の混血の子をこの世に送りだすことは、生まれた子どもにとってアンフェアである」という台詞がある。この時、オバマ大統領のことを思った。彼は1961年に、白人の母とケニア人の父の間に生まれ、白人の祖父母に育てられた。この時代のアメリカで黒人と白人の混血として生まれるということ、その子を白人が育てるということがどういうことだったか、この映画を見ると少しだけ想像できる。
最近の世論調査によれば、アメリカで2015年に結婚した夫婦のうち6組に1組、つまり17%が異人種間の結婚だ。人種をめぐるアメリカ社会の進歩は決して十分とは言えない。でも、変わってきた部分も確実にある。私たちが変えたいと思うならば、未来は変えられる。
(文・渡邊裕子)
渡邊裕子:ニューヨーク在住。ハーバード大学ケネディ・スクール大学院修了。ニューヨークのジャパン・ソサエティーで各種シンポジウム、人物交流などを企画運営。地政学リスク分析の米コンサルティング会社ユーラシア・グループで日本担当ディレクターを務める。2017年7月退社、11月までアドバイザー。約1年間の自主休業(サバティカル)を経て、2019年、中東北アフリカ諸国の政治情勢がビジネスに与える影響の分析を専門とするコンサルティング会社、HSWジャパン を設立。複数の企業の日本戦略アドバイザー、執筆活動も行う。Twitterは YukoWatanabe @ywny