世界保健機関(WHO)は3月11日(米東部時間)、新型コロナウイルスの拡大を「パンデミック(世界的流行)」と表明した。
アメリカ国内でも、ウイルス拡大の先行きについて、厳しい見方をする報告書や専門家の発言が相次いでいる。企業や学校の閉鎖が続き、状況が一変してきた。
トランプ米大統領(右)と新型コロナウイルス対策チームのメンバーであるアンソニー・ファウチ博士(左)(2020年3月3日撮影)。ファウチ氏はトランプ氏の楽観論に警鐘を鳴らしている。
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3月11日のダウ平均株価の終値は、トランプ政権が新型コロナウイルス拡大にうまく対応していないという懸念から、1400ドル以上暴落した。
11日朝までは「落ち着け。すぐに状況は良くなる」と発言していたトランプ米大統領だったが、夜にはテレビ演説し、アメリカ国内での感染の拡大を抑えるためイギリスを除くヨーロッパからの渡航を停止すると発表した。
大統領の新型コロナウイルス対策チームのメンバーで、アレルギー・感染症国立研究所長のアンソニー・ファウチ博士は11日下院の公聴会で、激しい口調でこう言った。
「インフルエンザと同じようなものだという人がいる。しかし、インフルエンザの致死率は0.1%だ。新型コロナウイルスは、その10倍以上にのぼり、格段に死を招く確率が高い」
議員「最悪のケースが起きるのですか」
博士「イエス。基本的に今よりも悪化します」
というやりとりも、議会内の空気を緊張させた。
ファウチ氏はトランプ氏自身がインフルエンザと比較し、「インフルエンザの致死率の方が新型コロナよりも高い」と繰り返していることに警鐘を鳴らしている。
GDP損失は最善で2.3兆ドル、最悪で9.2兆ドル
死亡者数や経済的影響に関して、衝撃のレポートを出した米ブルッキングス研究所。
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米有数のシンクタンクであるブルッキングス研究所は3月2日、「COVID-19が世界のマクロ経済に及ぼす影響:7つのシナリオ」という報告書を発表した。
それによると、各国政府の対応が適切ではなく、1918−19年に流行したスペイン風邪と同程度の感染率という最悪のシナリオの場合、新型コロナウイルスで死亡する日本人は57万人、世界で6800万人という恐ろしい数字を出している。
パンデミックが起きた場合で推定される各国の死亡者数は以下のとおり。今回、WHOがすでにパンデミック状態であると表明したため、その条件下での数字を採用した。
日本:最善のシナリオ13万人、最悪のシナリオ57万人
中国:最善280万人、最悪1260万人
アメリカ:最善24万人、最悪106万人
世界合計:最善1518万人、最悪6834万人
報告書は、アメリカでは、インフルエンザによる死亡者は年間平均で約5万5000人で、新型コロナの最善シナリオの5分の1程度だと指摘している。
また、世界の総生産(GDP)は、最善のシナリオでも世界で2.3兆ドル、最悪のシナリオでは9.2兆ドルが失われるという。国別の損失は以下の通り。
日本:最善1400億ドル、最悪5490億ドル
中国:最善4260億ドル、最悪1.6兆ドル
アメリカ:最善4200億ドル、最悪1.8兆ドル
報告書は、オーストラリア国立大学のウォーウィック・マッキビン教授とローシェン・フェルナンド氏が手がけた。新型コロナが世界経済に及ぼす影響を理解し、各国がウイルス対策に対し正しい判断をすることを目的としている。
両氏は過去のHIV、SARS、新型インフルエンザなどの影響に加え、経済成長率や各国の情勢などを考慮し、死亡者数などを試算している。
感染や死亡によって減少する労働力、製造網が乱れることで上昇するビジネスコスト、家計に及ぼすインパクトや消費の変化などの影響を分析した。その上で、GDPなど最善から最悪の7つのシナリオを紹介している。
アメリカ3分の1が感染という試算も
2月26日に開かれた米国病院協会(AHA)のウェブセミナーでネブラスカ大学医療センターのジェイムズ・ロウラー教授が使用したスライド資料。
出典:AHA webinar
一方、オンラインニュースのインディペンデントによると、ネブラスカ大学医療センターのジェイムズ・ロウラー教授は、アメリカでは人口の3分の1に当たる9600万人が感染し、48万人が死亡するという見通しを示した。2月26日に開かれた米国病院協会(AHA)のウェブセミナーで明らかにした。
ブルッキングスの報告書では、アメリカでの死亡者は24万〜106万人という見通しなので、ロウラー教授の見通しもその範囲内にある。
高齢者への影響は深刻で、新型コロナに感染すると重症となるケースが多く、80歳以上の患者の死亡率は14%に上る。70〜79歳では8%、60〜69歳は3.6%としている。
ロウラー教授は、ジョージ・W・ブッシュ元大統領政権で国土安全保障会議の、オバマ政権で国家安全保障会議のメンバーを務めた。アメリカでは感染症対策は、国家安全保障会議の管轄である。またロウラー教授が所属するネブラスカ大学医療センターは、日本に停泊していたダイアモンド・プリンセス号で感染したアメリカ人乗船客を受け入れ、治療している。
ロウラー教授は新型コロナウイルス拡大で病院側が混雑などに対する準備を早めに進めることで、死亡者数を抑えることを促すため、感染者と死亡者の見通しを明らかにしたとしている。ネブラスカ大学は、インディペンデントに対し、見通しはロウラー教授個人のものだと断っている。
これらの報告書などに共通することは、世界の国家レベルだけでなく、地方自治体、医療機関、コミュニティなどの早めの対応がいかに重要かを強調している点だ。ブルッキングスの報告書は、緊急事態が起きていない場合に軽視されがちなヘルスケアシステムや、公衆衛生への投資がいかにダメージを抑えることができるかも訴えている。
ハーバードは寮から学生を退避
ハーバード大学は学生に対し寮を離れるように通知(2020年3月10日撮影)。
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一方、株価暴落だけでなく、アメリカの市民生活にも大きなダメージが表れている。
CNNによると、グーグルの親会社アルファベットは3月10日、北米の全従業員に対し、4月10日まで在宅で勤務を行うよう求めた。対象はアメリカとカナダにある11のオフィスで、CNNがグーグル幹部からの電子メールを確認した。
ニューヨーク州立大、ニューヨーク私立大の授業はほとんどがオンラインとなった。アイビーリーグの名門校ハーバード大は、学部生がほとんど寮生活をしているが、学生に対し寮を離れるように通知した。実家に戻る飛行機代が払えない学生の行き場がなくなり、問題となっている。
アメリカ内で最も感染者数が多い西部ワシントン州シアトルでは、マイクロソフトやアマゾンなどが従業員に自宅勤務を促している。シアトル市では公立校の休校も決めた。
米大統領選・予備選の民主党候補で残っているジョー・バイデン前副大統領とバーニー・サンダース上院議員は3月10日、初めて選挙集会を中止し、これが予備選の結果に影響を及ぼす可能性が出てきた。
ニューヨーク・タイムズによると3月11日現在、アメリカの感染者は41州で1107人に上り、死亡者は32人となった。ニューヨーク州は3月1日、感染者が見つかって以来、11日で213人に上っている。
(文・津山恵子)