あふれるヘイト本、出版業界の「理不尽な仕組み」に声を上げた書店のその後

差別を扇動するようなヘイト本の見計らい配本(1月19日)に危機感を感じ、声を上げてから、1年近くが経ちました。

書店

大阪の谷町で創業70年の隆祥館書店。独立系書店として存在感を示す。

二村さん提供

見計らい配本というのは、書店が注文をしないのに、本の問屋であるトーハンや日販などの取次店(以下、取次)から一方的に送られてくる配本システムのことです。本は本来委託販売ですが、独立系の小さな書店はその段階で否応なしに代金を請求されて支払わなければならないのです。

お客様にニーズがない本や売りたくないヘイト本などが、この見計らい配本で大量に送られてしまうと、書店は本当に困ってしまうのです。

2年前のムックをいきなり配本

実際、当店ではこれまでほとんど売れた実績もないのに、2019年1月に取次から『月刊Hanadaセレクション』のバックナンバーが見計らい本でいきなり配本されて来ました。それも2017年12月24日発刊が3冊、2018年4月18日発刊が3冊、8月21日が4冊。さすがに2年前のムックが送られてくるということはこれまでありませんでした。

この理不尽な制度にいつかは声をあげないといけないのではないかと考えていたところ、Business Insider Japanから原稿依頼があり、寄稿した結果、大きな反響がありました。

その後、5月に開催された取次の会で、トーハンの副社長が私のところまで来られました。記事を読まれたとのことでした。

「配本の件は申し訳ありませんでした。あれは担当者が、出版社の営業とのやり取りの上で、全国に配本してしまったんです。長く読まれるお料理の本や実用書、他の本ならまだしも、LGBTの人に生産性がないとか、思想に影響するような本を見計らい配本で全国に出すべきではないのに申し訳ない」

と謝罪に来られたのです。確かにかつての見計らい本はお料理やスポーツの本などで、直接的にひとつの思想に寄ったものはありませんでした。

版元と取次は「意思を持っている」

その後、当店にはヘイト本の見計らい配本が一切なくなりました。そこでトーハンと取引をしている書店の忘年会で、

「最近、ヘイト本の配本がなくなりましたね」

と他の書店主の方たちに言うと、

「それ、隆祥館だけやわ、うちとこは、相変わらず見計らいで入ってきてるから」

と皆、異口同音に答えられたのでした。

勇気を出して声をあげたことに、取次がきちんと向き合って下さったと感じていただけに、これはショックでした。

と同時に、やはり版元(出版社)と取次が「意思」を持ってヘイト本を配本していると感じました。見計らい本としてヘイト本の配本が標準でないなら、うちだけでなく他の書店に対しても同じ対応をされるはずです。

肝心の取次の責任とは

雑誌

見計らい本という制度によって一方的に本が送られてくる仕組みが、街中の書店を苦しめているという(写真はイメージです)。

shutterstock/Ned Snowman

そんな折に、ライターの永江朗さんが『私は本屋が好きでした」という本を上梓されました。版元の編集担当者から、「隆祥館さんのことが書かれた『13坪の本屋の奇跡』という本もヘイト本をあふれさせたくないという思いが書かれているから、一緒にイベントをやりましょう」というオファーをいただきました。

永江さんがそのような思いから書かれた本、ということで楽しみにページをめくりました。

読んでみると、ヘイト本の流通に対する出版社や書店の責任は厳しく追及していらっしゃいます。ですが、残念なことに、取次の責任について肝心のところが触れられてないのです。

「取次がやれることは少ないかもしれない。少なくとも本の内容に関与しないというのが暗黙のル-ルであり、それが日本の出版流通システムを成り立たせているのだから」

と書かれていますが、そうではありません。

取次は「取り次ぎ」という名前で本を出版社と書店の間で取り次ぐだけではなく、前述の通り、ト-タルサポ-トとして、報奨金(キックバック)まで出す本にヘイト本を選んでいたのです。私が、「このような本を入れないで下さい」とトーハンの担当者に言った時に、「売れたらお金ももらえるサポ-トですよ。それでもやめるのですか?」とまで言われたのです。

報奨金があるとはいえ、ここまで粘られるのには違和感を感じました。

トーハンの副社長が謝って来られたのも、その経緯があるからです。

実績やお客様からの注文があるのに、取次が中身を見て配本を止めたら確かに検閲につながります。それはあってはならないことです。しかし、それ以前にニ-ズの無いところに見計らい制度で送ってこられるものは返品されるわけですから、営業努力でさえありません。

書店にとって「選べない」仕組み

また永江さんはこうも書いていらっしゃいます。店主・店員による選択的な仕入れを重視している「セレクト書店」に対して、

『町の本屋」の多くは本を選ばない、というか、選べない流通構造になっている」

と、まるで町の書店は何も考えずにただヘイト本を並べているというような記述をされています。これも決してそうではありません。

隆祥館書店

二村さん提供

理不尽な流通の仕組みの状態でも、書店員の中には本の大切さ、本の力を信じて、本屋好きのお客様のためにも、心ある版元や取次の担当者に頼んで自分の店の顧客に合う本を事前に発注している人もいます。

そのために自分自身の目で、発売される前の本の情報を知るために、日夜アンテナを張り巡らせています。

永江さんは配本についても、「おおむねその本屋の規模と立地と実績で決まります」と書かれていますがが、この“実績”という点も違います。

実績で配本してもらえるなら、うちのような小さな書店はかなり楽にやっていけます。配本に関しては、未だに「ランク配本」という店の規模で自動的に決められてしまうのです。

単行本で100冊以上、もしくは「初速で日本一」販売しても、その本の文庫化の際の配本が「0」というのはざらなのです。

こうした事実と異なることが流布してしまうと、取次優位の中で必死でがんばっている町の中小書店が「努力をしていない」とお客様に誤解され、廃業がさらに進んでしまいます。

ヘイト本を流通させたくないという思いは私も同じなので、こうした事実をご存知なければ、お知らせしたのに、と残念です。 町の書店も取材していただきたかった。

取次からしか入らない雑誌もある

本

隆祥館ではお客様の要望を聞いて仕入れている。

二村さん提供

そんなに取次との関係で疲弊するならば、取次を通さずにセレクトショップになれば良い、と無責任に言われる人もいますが、それは町の書店の役割を放棄することになるのです。

子どもたちに人気の雑誌は、取次からしか仕入れられません。小さなお子さんがお小遣いを握りしめて買いに来てくれる「コロコロコミック」や「幼年誌」。高齢のお客様は、頭の体操に「ナンクロ」や「パズルの雑誌」を定期で取って下さっています。地域の人たちを裏切ることはできません。

見計らいを全て止めればいいという選択肢もありますが、過去には良い本の見計らいもあってそれは正常に機能していました 。

配達中心で高齢の方が経営されている書店に、いきなり見計らいをやめろというのも酷なことです。

取次と書店がこれからも信頼し合って共存していくためにも、見計らい本はできる限り止めたくない。全て止めるのは最後の手段だと思っています。

危惧し、不安に感じるのは、見るからに差別を扇動するようなヘイト本の“本の内容”も去ることながら、販売実績がない書店にまで、売るためには手段を選ばないという危険な行為なのです。そして、それが顕著になってきたのは、ここ数年です。

書店が見計らいを止めたり、セレクトショップに移行するのではなく、取次の制度が適正に運用されることで、取次と共に出版文化を盛り上げたいのです。

20年前の3分の1になった書店

本

70年前に隆祥館書店を立ち上げた亡き二村さんの父は、「書店経営は送られてきた本を右から左に売れば良いのではない。本は毒にも薬にもなるんや」と言っていたという。

二村さん提供

先代の父は、中小書店の経営にとっては不利な“返品同日入帳問題”という仕組みに対して、公正取引委員会に直訴し闘っていました。

そして「次は見計らいの問題をやらなあかん」と亡くなる直前まで言っていました。望まない本が一方的に配本されて来たときは、支払いを猶予してもらうとか、事前に何が送られるのか知らせてもらって、拒否する権利を担保してもらうなど、いろんな案を考えていました。

20年前に全国で約2万3000件あった書店は今、8000件にまで減少しています。私だけではなく、多くの町の書店主たちも廃業の危機に晒されながらも、この問題に取り組んでいます。

1月24日、東京神保町で「週刊読書人」主催の「街の書店を無くすな!」というシンポジウムが開かれました。 パネラ-として参加してくださったト-ハンの小野晴輝専務は、

「今後は見計らいであまりに政治的、思想的な本がいく際には、一方的に配本する前に、書店の意向もお聞きするようにする」

と仰って下さいました。お客様が欲する本であれば、どんな本でも私たちは入手して届ける義務があります。しかし、ニ-ズのないところへの配本は、出版輸送料も送品、返品ともに無駄になり、誰も幸せになりません 。

勇気を持って声をあげたことで、取次とのコミュニケーションも取れてきたと思います。適材適所の配本がされれば、まだまだ町の本屋も生き残っていけると思います。どれだけ大変でもあくまでも町の本屋として生きていきたいと考えています。

(文・二村知子)


二村知子:井村雅代コーチ(当時)に師事したシンクロナイズドスイミングは、チーム競技で2年連続日本1位、日本代表出場のパンパシフィック大会では2年連続世界第3位に。引退後、隆祥館書店に入社。2011年から「作家と読者の集い」と称して作家と読者の思いを直接つなぐト-クイベントを開催。2016年からは「ママと赤ちゃんのための集い場」を毎月開き、温かい社会を目指している。

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