警察官の休みを増やしたら、検挙率が4割アップしたー。休み返上、残業上等と働きづめのカルチャーで知られる警察組織にあって、働き方の見直しに取り組んだ愛知県警の“変革”が注目を集めている。夏休みの日数最多の課が、仕事ぶりは署内トップクラスの「優等生」になるなど、成果を上げている。なぜ休むほど、仕事がはかどったのか。
休暇は最多、事故処理件数は4割増
働き方改革を率先して行うモデル部署に選ばれた、愛知県警の中村署生活安全第二係(生安第二係)。夏期休暇の日数は県内全署で最多の一方、事案処理件数は県警の業務評価でトップクラスになった。
生安第二係は、ストーカーや家庭内暴力、児童虐待を扱う。事案処理件数は514件と2016年比で4割も増えた。一方、署の平均夏期休暇は2016年の7.0日から9.9日になり、県警全体で最も多かった。
署員は、業務の負担軽減につながる意見を出し合い、県警本部に報告。「モデル部署として何かしら成果のある行動を残さなければいけない」(同係の係長)と、仕事の無駄を見直し、休暇と仕事を両立させることに意識を向けた。
育児休暇を取得した署員もおり、取得者は「1日の動きを毎朝確認し、時間を意識して行動できるようになった」「他の係員の仕事についても把握できるようになった」、係全体で業務の効率を考え、「係員のワークライフバランスの意識が高いからこそ、気兼ねなく休暇を取得できた」。ほかの係員が休暇を取れるように「フォローしていきたい」とも思えるようになったという。
採用のためにも働き方改革
2015年度から働き方改革に取り組み始めた愛知県警。背景には、採用の課題がある。
出典:愛知県警のホームページ
県警は、2015年度から、企業の働き方改革などに取り組む、ワーク・ライフバランス社のアドバイスを受け、働き方の見直しを始めた。2014年に、ワーク・ライフバランスの小室淑恵社長を講師に招き、副署長、次長クラスが聴講したことがきっかけだ。
「働き方を見直さないと警察が立ち行かなくなる」という小室社長の話に県警が感化され、実際の職場環境の改善と意識改革の両輪で働き方の見直しをすることになったのだ。というのも、県警の受験倍率は、2011年度の12.5倍をピークに減少傾向にあり、2018年度は5.4倍。団塊世代が退職し、採用人数は以前と同じ水準だが、受験者は減っている。
「お金や休みのことを言わない組織、長時間労働が美徳」(県警担当者)、警察の仕事は以前から、そんな風潮がある。この先の人材確保のためにも、働き方の見直しで、意識改革に踏み出した。
「公僕が改革なんて」
2015年度から毎年、管轄の警察署や県警本部の部門をモデルケースに、働き方改革を実践。しかし、取り組みの当初は、警察署ならではの難しさがあった。
「公僕が改革なんてやっている場合じゃないんだ」
愛知県警の働き方改革を担当した、ワーク・ライフバランス社の風間正彦さんは、当初、県警の担当課にあいさつに行った時、そう言われたことを振り返る。
「市民の安全を守る使命感を持って働いているので、公僕として仕事に人生を捧げる気持ちを持っている。(早く帰ることなどに)拒絶感が最初はあった」と風間さん。
「必要性の講演を聞く暇も(署員には)なく、誤解が多かった」
取り組みを始めても周りの目は厳しい。署員が部署内で働き方を見直すための“カエル会議”を大きな会議室で行なっていると「他部署の人間が近くにいると声が小さくなったり、周りの目を気にして、こんなこと言っていいのかなとか、上司の顔に泥を塗るのではと、気を使っていた」と風間さんは言う。「『仕事をしないで何の会議をしているんだ』という意見や、取り組むからには、成果を出すプレッシャーもあった」と、当時の現場の雰囲気を話す。
仕事のIT化が進めにくいのも課題だった。パソコンで情報を管理すると情報漏洩のリスクを恐れられたり、捜査のメモは紙ベースに記録することが多く、一人一台のパソコンもなくて情報共有ができなかったり、ITとは縁遠い業界だった。
こうした事態に対し、カエル会議の際は、人目につかない小さな会議室を用意したり、付箋で意見を出したりという地道な工夫で意見を集約していった。紙ベースの資料は整理・整頓する、といった基本的なことを進め、捜査資料はなるべくデータベースにしたり、口頭でほかの署員と共有したりして、引き継ぐようにした。
残業を減らす4つのポイント
「カエル会議」で、これまでの取り組みを振り返り、課題を抽出する中村署の生活安全第二係。2017年11月撮影。
出典:愛知県警
中村署をはじめ、残業を減らし、業務を効率化した「モデル部署」の4つのポイントは以下だ。
1. カエル会議
警察署などの係ごとに、署員が参加し、無駄を洗い出したり、仕事内容を見直したりする会議。毎月2回、15〜30分程度、行った。
2. スケジュール共有
庁舎内で各署員が予定を入れ、全体で個々のスケジュールを把握できるツールを導入した。会議の設定をしやすくしたり、部下や上司の休暇を把握するようにしたりした。
3. 宿直明けは「帰ります証」
当直明けの署員が帰りやすくするための「帰ります証」。当直明け署員は翌日正午に副署長に提出する。
出典:愛知県警
週に1度、署員は当直勤務が回ってくる。本来は当直明けの署員は、翌日正午までが勤務時間だが、実際には夕方まで勤務をするケースが多い。
そこで「帰ります証」という表示札をつくり、宿直明けの署員が翌日正午に副署長に提出し、退署を確認するようにした。
正午を過ぎて勤務をした場合は、“代休制度”も取れるようにした。
4. 少年のカルテや捜査資料をデータで蓄積
少年に対する相談業務は、担当係の個々の署員の記憶や記録に基づいていたが、少年の特徴を資料で共有するようにした。ベテラン捜査員の手法もまとめて、資料にした。捜査の状況は、紙の書類で管理し、情報が更新されていないこともあった。県警本部のシステムを改善し、捜査の進捗状況をデータベースにした。
これら4つの取り組みで、もっとも残業が減った部署は最大で60%減。代休制度は、2018年7月末の制度開始から2019年2月下旬までに、延べ970人が利用した。上下関係が厳しい警察署内で、カエル会議を行うことで、自由な意見交換も促せた。
こうした取り組みの結果、休みを取得する流れもでき、休むためにも業務の効率が改善していったという。
中間管理職が鍵に
「(働き方改革には)幹部のマネジメントが大事」
県警警務課総合企画室の落合実樹警部は、今後は中間管理職の教育が鍵になるという。
課長、課長代理クラスは、部下を帰らせ、上司からも職場の管理をするように指導を受ける。ただ、中間管理職の中には「過去の成功体験で長時間労働が美徳だと思っている人がいる」と、落合警部は言う。
2018年度は、中間管理職の警部クラスを対象に研修を実施。
「中間管理職は現場のリーダーとして、指示命令の要になるにも関わらず、短時間で成果を上げる成功体験がない。新しい発想で改革をしていかないといけない」(ワーク・ライフバランスの風間さん)。
「もし、自分の家族が何かの事件に巻き込まれたとき、駆けつけてくれた警察官が目の下にクマを作り、睡眠不足の疲れた顔をしていたらとても不安に思う」(小室社長の著書『働き方改革』より抜粋)。同社が県警の働き方改革をする際に、一般の人に聞き取ると、こんな意見が返ってきたという。
市民の安心・安全を守る県警が、「疲弊した組織」であっていいはずがない。
(文、木許はるみ)