カード決済アプリ「ONE PAY」のワンファイナンシャルというベンチャー企業が、1億円を調達したとのニュースが今秋、世を駆け巡った。注目の理由は16歳の経営者。中学生時代から5つのベンチャーを経験してきた、現役高校生だ。国際的なプログラミングコンテストやビジネスコンテストで数々の賞をとり「天才プログラマー」の名をほしいままにしている。21世紀生まれの時代の寵児は、いかに育まれたのか。
放課後は毎日、オフィスにこもってプロダクト開発をする。
大手町ビルの一角にある、フィンテックの有望スタートアップ企業が集積するFINOLABを夕暮れ時に訪ねると、黒いTシャツに黒いジーンズという軽装の若い男性が、ひょっこり現れた。ワンファイナンシャルCEO、山内奏人(そうと)さん(16)だ。
放課後には、毎日ここで仕事をしているという。
「僕らは早すぎた」
「ブロックチェーンは絶対に来る、と思っていたのですが、僕らは早すぎました。波来ないな、とプロダクトを撤退したら、大波が今年来てしまった」
FINOLABの「¥(エン)」と名付けられた会議室で、山内さんは屈託なく、そう話した。創業時の2016年6月にビットコインをプリペイドカードへ交換できるサービス「WALT」を出し、終了したのは2017年4月。
理由は「このままではまだ勝てない」と考えたから。
創業1年半あまりで、すでに2つのサービスを公表・終了し、3つ目が自ら開発を手がけたONE PAYだ。ONE PAYアプリをスマートフォンにインストールすれば、店舗は専用端末を導入せずとも、顧客のカード決済が可能になる。キャッシュレス化社会を促進する手軽なインフラとして、高い注目を集めている。その、トライ&エラーのスピード感が鮮やかだ。
一番面白いのは、決済だ。
照準を定めるのは、金融とテクノロジーを掛け合わせたフィンテック分野。
「東京のGDPは世界一で、巨大市場にも関わらず、圧倒的に日本のキャッシュレス化は世界から遅れている」
フィンテックでデータ化しお金の動きをつかめば「世界一の東京の流通を押さえることができる。世界で勝てるのです」と、熱を込める。
成功したいというより「面白いからやる。自分で手を動かすこと、つまりものづくりが好きなんです」。
6歳で運命の出合い
初めてパソコンに触れたのは、6歳の頃だ。使わなくなった親のパソコンをもらった。はじめはExcelでお小遣い帳を作ったり、Wordで家族旅行のしおりをつくったりしていた。
「便利だね、とほめられると嬉しくて」
そのうちに「もっと違うことをしてみたい」と思うように。10歳頃には図書館でプログラミングの本を借り、小学校高学年でプログラマーのコミュニティーに出入りするようになる。母親が偶然、チラシを目にしたのがきっかけだ。
やりたいことを応援してくれる親だが、事前のお膳立ては一切、ない。存分に環境が整えられてきたのとは、ちょっと違う。
1.プログラミング教室より独学
小学生時代から読み漁ったプログラミングの専門書は、当然、大人向けで難解だ。周囲に教えてくれる人はいない。 当時は今のように子ども向けのプログラミング教室を見かけることはなく、唯一見つけた都心のスクールも、非常に高額で両親には強く頼めなかった。
では、どうしたか。
「とにかく自分で考えるしかなかった」
3つの図書館を自転車でハシゴして本を探した。そうやって独学で、ソフトウェアのプログラムをするようになる。
2.スマホなし、パソコンは賞品
実は、親から新品のパソコンを買い与えられたことは一度もない。スマホも禁止だった。
小学6年生の冬にはプログラミングの国際コンテストで最優秀賞に選ばれた。
「 自分が好きなことをひたすらがんばって、それが評価される初めての経験でした」
中学生時代には「同年代で話の合う友達がほしくて」、同年代を集めてプログラミングのワークショップを開いた。中古のパソコンを使う自分に対し、「教えている友達のパソコンが新しいMacだったりして、うらやましかった」。
新品のパソコンを手にしたのは、コンテストの賞品が最初だ。スマホもプログラマーとしての収入を得るようになってから、自分で買った。
3.学校と両立で時間がない
中学生になると、放課後や週末を使ってベンチャー企業でプログラマーとして参加するようになった。コミュニティーやFacebookを通じて知り合った人の仕事を手伝った。
国立の中高一貫校に通っているが、最大の悩みは仕事と勉強で「時間がないこと」だ。それでも「気づいたら寝るのを忘れて没頭しているので、なんとかやれている」。
足りなさがつくった今の自分
高額なプログラミング教室に通うことがなかったから、プログラミング仲間に飢え、大人のコミュニティーにも溶け込めた。パソコンは、コンテストの賞品だったり働いていたベンチャー経営者から贈られたりと、不思議と自力で獲得できた。ふんだんな時間がない分、寸暇を惜しんでプロダクト開発に打ち込んでいる。
「ほしいものをなんでも買ってくれる家ではありません。学校を休みたい時もある。けれど、今の自分があるのはこうした『足りなさ』からかもしれない」
ONE PAYのドメインは「.tokyo」だ。
僕らが東京で戦う理由
「世界に大幅に遅れをとっている日本を復活させるにはどうすればいいか」ということを、小5のころから僕はずっと考えてきました。
ハロウィンの日に公開した自身のブログに、山内さんはそう書いている。
高度経済成長期にはものづくり大国として存在感を示し、GDP世界2位にまで上り詰めた日本だが、この20年以上、長い経済低迷期を抜け出せずにいる。21世紀に生まれた身としての実感が、これだ。
最先端のIT企業が集まるシリコンバレーはじめ、海外へなぜ行かないのか? との質問は後を絶たない。
それに対しては、こう答える。
「僕は東京生まれ東京育ちで、東京の街が好きなんです。街によって文化や表情が違って、安全で美しく、人があたたかい。だから、“東京”で戦いたい」
“日本復活”をかけた一歩として世に送り出した、ONE PAYのドメインは、だからこそ「.tokyo」だ。
山内奏人を知る7つのファクト
- 好きなプロダクト…… 鎌倉の報国寺、無印良品のゲルインキ0.38ミリボールペン、アップルのスティーブ・ジョブズ・シアター(新製品発表会などを行う施設)
- 好きな漫画……最近ハマったのは『3月のライオン』
- 好きな経営者……リチャード・ブランソン(英ヴァージングループ創業者)、イーロン・マスク(米テスラCEO)、マーク・ザッカーバーグ(米フェイスブックCEO)、エヴァン・シュピゲール(スナップチャットの米スナップCEO)、孫正義(ソフトバンクグループ社長)
- プログラミングに出合う前……昆虫好きで一人で遊ぶ子どもだった。
- プログラミング言語……Ruby
- 最近買ったもの……財布。小銭は持ち歩く。
- 苦手なもの…世間話