スタンダードなAmazon Echo。通常価格1万1980円だが、プライム会員向けには7980円で期間限定販売する。
ようやく、アマゾンがスマートスピーカー(記事タイトルは「AIスピーカー」になっているが)の本命である「Echo」シリーズと、その基盤技術である音声アシスタント「Alexa」(アレクサ)の日本展開を発表した。他社より遅れての参入となるが、その体制は現状望みうる最良の形で、同社がEcho関連事業に賭ける意気込みを強く感じさせるものだった。
短時間だが、関係者にインタビューすることもできたので、その内容とこれまでの取材を組み合わせて、Echoの可能性を考えてみたい。
日本語対応に「1年以上」を費やす
Echoシリーズの投入が海外に比べて遅れた理由はなにか? Amazon.comでAlexa担当シニア・バイス・プレジデントを務めるトム・テイラー氏は、「日本語対応のため、まったく新しい言語処理モデルを開発するため。ここでは他国向けとはまったく異なるレベルの技術が必要になった」と語った。
発表会の壇上のEcho Dotを手に持ち機能を説明するトム・テイラー氏(米アマゾンのAlexa担当上級副社長)。
特に彼らが配慮したのは、同音異義語の扱いと、音声合成による読み上げの精度だ。「雨」と「飴」のような同音異義語の判断は、命令を正しく認識するために必須の技術になる。しかし同時に、音声合成による読み上げ能力も、スマートスピーカーの品質に大きな影響を与える。
スマートスピーカーの音声アシスタントは、テキスト情報を元に読み上げを行う仕組みだが、ここでも同音異義語の発音・イントネーションの違いが重要になるし、日本語には漢字・ひらがな・かたかな・英数と、多数の文字種別があり、難易度が高い。
この「意味認識」の部分と、「テキストから正しい読み・発音を見つけ出す」部分の開発には1年以上の時間がかけられており、他の国向けの開発とは比較にならないほどのリソースが投下されている。
なぜそこまで、開発リソースを投入したのか? 筆者の問いにテイラー氏はこう応えている。
「我々はAlexaをあらゆる国のあらゆる言語に提供しようと考えている。その機会があれば、もちろん活用したいと思っていた。もちろん日本は、非常に市場の可能性が高く、それだけの価値がある、と判断したからだ」
こうした技術学習のため、アマゾン社内では、早い時期から日本語版Echoのテストが行われていた。数千人の日本に関係するAmazon社員の家庭に試作品のEchoが配られ、日本語での利用テストが繰り返されていたという。そこで日常的に得られたフィードバックを活かし、現在の製品版EchoおよびAlexaが開発されたのである。
野球やJリーグ、大相撲の結果を音声で答えたり、畳数と平方メートルの変換ができたりといった「日本的な情報への対応」も、このテストにおいて、求められるであろう回答の問いかけが行われた中から出てきたものだという。
発表会のデモスペースに掲示されていた音声コマンドの例。ここにはSkillで呼び出せる外部サービスは含まれないので、実際にはさらに多い連携操作ができるということになる。
Music Unlimitedの音声コマンド。
音楽と「Skill」で周辺市場を一気に整備する
今回の発表会では、いくつもの驚きがあった。価格面での驚きは、アマゾンが提供する音楽サービス「Music Unlimited」にEcho専用のプランが設けられ、Echo1台だけで聞くならば月額380円という破格の安さで利用できる、ということだ。これは、他社の価格水準を大きくしのぐ。
「日本の消費者はまだCDを買っている、ということはもちろん知っている。しかし、海外、特にアメリカの消費者は、ストリーミング・ミュージックとEchoの組み合わせによって、音楽市場に『帰ってきた』と評価されている。Echoとストリーミング・ミュージックは、音楽消費に対するフライホイール(勢いをつけ、速度を安定させる仕組み)のような役割を果たすと考えている」(テイラー氏)
日本ではストリーミング・ミュージックがまだ定着していない。だからこそ、アマゾンは積極的な価格戦略で、Echoとの組み合わせによって、この市場を獲りに来た、ということなのではないだろうか。
もうひとつの驚きは、Alexaと組み合わせて使える音声対応のネットサービスである「Skill」の量だ。2017年春頃から、アマゾンが日本でSkillの開発パートナーを積極的に探しはじめている……との情報は聞こえてきていた。だからそれなりの数を集めてくるのだろう、という予想はできていたが、発表会で示された「265以上」という数は、多くの関係者の予想を超えるものだった。
グーグルも同様のパートナーを積極的に開拓しており、こちらの活動もかなり目立っていた。だが、そのグーグルのパートナーは、音声ニュースを中心に数社、というところで、音声アプリの開拓はこれからだ。
アマゾンはSkillの開発環境を広く公開している。これまでは英語向けの情報が中心だったが、Alexa日本語版発表により、日本語の情報が増えていくだろう。その開発に取り組んだ企業の多さは、想像以上にネットサービス企業がEchoとAlexaをビジネスプラットフォームとして期待していることを示している。この点では、スタート段階でライバルを圧倒している。
発表会資料として配布された265のSkill一覧。Business Insider Japanもニュース提供元として左上にリストアップされている(編集部)
家電に入り込むAlexaの世界「AVSでの音声対応」
日本に投入されるAmazon Echoの全カラバリ(一部重複あり)。
ハードウエアとしては、スタンダードモデル「Echo」と小型の「Echo Dot」、家庭用機器連携を重視した「Echo Plus」の3モデルがラインナップされた。アメリカでは発売済みである、ディスプレイ内蔵の「Echo Show」などは投入していない。
先々の予定についてアマゾンはコメントをしないため、Echo Showなどの日本展開の時期は不明。一方で、この3モデルを日本で展開した理由は明白だ。スタンダードなものはもちろん、家庭内連携の市場が広がると期待しているからだ。手持ちの札の切り方としては非常に真っ当なものといえる。
ただし、Echoを軸にした「スマートホーム」の可能性については、まだ評価が難しい。海外では、温度計や照明、スマートロックにカーテンといった連動機器が売れているものの、それはあくまで「アメリカなどの住環境」でのこと。家電の売れ方や使い方は住環境や習慣によって大きく異なるので、アメリカで売れたものがそのまま売れるとは限らない。
日本の家電メーカーも、そこで「日本向けの手」を打てずにきている。照明やエアコン連携などが、海外と同じようにヒットする可能性ももちろんあるが、日本の、特に集合住宅に合った機器の登場が待ち望まれる。そう考えると、スマートホーム市場は少し時間がかかりそうだ、ということになる。
アマゾンの日本市場への期待
一方で、アマゾンは次のような期待も抱いている。テイラー氏は、Alexaを使った機器の普及に関し、次のような見解を語る。
「Alexaを使った『Alexa Voice Service(AVS)』対応機器は、いろいろなものに組み込める。コーヒーメーカーからエアコン、冷蔵庫に電子レンジと……。Echoとは別に、そうした形で広がっていく」(テイラー氏)
AVS対応機器は、さまざまな家電メーカーが開発していくことになる。AVS対応機器を開発するための情報も広く公開されており、メーカーは自由に機器を開発できる。今は「Echo互換のスマートスピーカー」的なものが目立つが、決してそこが主軸ではない。スマートホームを考えた時には、Echoと家電機器の連携だけでなく、「AVS対応機器」の広がりまで考える必要がある。
大きな開発コストを負担してまで日本へと参入を決めたのも、日本という市場の持つそういう部分も含めた可能性がきわめて大きなものであるからだ。
そういった俯瞰した視点を持ち、すべてを準備し、11月8日の発表を迎えた。そう考えると、今回のAmazonの戦略は、まさに「スマートスピーカーにおける横綱相撲」といっていい。
西田宗千佳: フリージャーナリスト。得意ジャンルはパソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」「ソニー復興の劇薬」「ネットフリックスの時代」「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」など 。