ジャニーズ事務所の故・ジャニー喜多川氏による性加害問題の被害補償について、一人、会社側と交渉を続けている男性がいる。
金目当てーー。公の場であえて世間の批判を買うような表現をしてきたのは、一貫した信念があるからだという。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●オールバック金髪から白髪混じり短髪に
埼玉県内のある住宅街にひっそりと立つ2階建てアパート。石丸志門さん(57)がその中の一室に招き入れてくれた。
ジャニー喜多川氏から性被害を受けたことを公表し、「ジャニーズ性加害問題当事者の会」の副代表として活動してきた人物だ。トレードマークだったオールバックの金髪は白髪混じりの短髪になっていた。
「当事者の会の認知度を上げるため、メンバーの中に金髪の人がいたほうがわかりやすくなると思ってずっと金髪にしていました。でも金髪を維持するのはお金がかかるので…」
現在、「SMILE―UP.(スマイルアップ)」社(旧ジャニーズ事務所)が設置した「被害者救済委員会」が被害者に対する補償に対応している。
石丸さんが金髪をやめたのは、副代表をつとめる当事者の会が今年9月に解散し、メディアに対応する必要性が少なくなってきたからだという。
しかし、ジャニーズ問題は今も解決していないとの考えは変わっていない。「各テレビ局も第三者委員会を作って網羅的に調査しないと全容解明はできません」。
石丸さんはスマイルアップ社が提示してきた補償金額を受け入れず、裁判所での調停も決裂。スマイルアップ社は11月、損害賠償として1800万円を超える額を支払う義務がないことを確認するために石丸さんを相手取ってさいたま地裁に提訴した。
ジャニーズJr.時代の石丸さん
●「スターになりたい思いを食い散らかされた」
石丸さんは精神疾患を抱えており、現在、生活保護を受給しながら埼玉県内の1Kの賃貸アパートで暮らす。室内はカーテン越しに入り込む太陽光とテレビ画面の明かりだけで薄暗く、窓際には防寒対策で段ボールが積み重ねられていた。
「いつもお腹がすいたら水道水を飲んでお腹を満たしています。ジャニーズに入っていなければ、それなりの企業に入って役員にでもなっていたのではないかと思います。スターになりたいという思いを食い散らかされて捨てられた」
石丸さんは中学生のとき、ジャニーズ事務所に入った。入所していた14〜17歳の間、ジャニー喜多川氏から口腔性交や肛門性交をされたりしたという。
「当時はとにかくタレントでトップになりたいという気持ちでした。スターになるには耐えるしかない。一種の割り切りですよね。ジュニアを卒業すれば被害に遭わなくなると思っていたので、一刻も早くデビューしようと。だからレッスンや勉強により熱心になりました」
ジャニーズ事務所を退所後、精神的な状態が安定せず、仕事も長続きしないため職場を転々とした。性被害の記憶は自身の中に押し殺していたため、病院にかかっても体調不良の原因はわからないままだった。
石丸さんが暮らす1Kのアパートの室内
●カウアンさんの会見で「洗脳がとけた」
転機は2023年4月に突然訪れた。元ジャニーズJr.のカウアン・オカモトさんが記者会見で、ジャニー喜多川氏からの性被害を告白したことだった。
「あの会見を見て洗脳がとけました。(ジャニー喜多川氏による性加害が)そんなに長い間続いていたのかと衝撃を受けました。彼らだけに押し付けてはいけない。自分が先頭に立たなければならないと思いました」
30歳ほど年下の若者が自分と同じ性被害を受けていたと知り、その期間の長さからして潜在的な被害者の多さを考えずにはいられなかった。
「僕は当時、あれはしょうがないと思い込むしかありませんでした。そうしないと自分の自尊心が維持できない。これまで『なんでこんなに体の調子がよくならないんだろう』と思っていましたが、洗脳がとけてようやく腑に落ちました」
石丸さんはジャニーズJr.時代、給料を封筒で受け取っていたという(写真の一部を加工しています)
●あえて「金目当て」発言、その真意
スマイルアップ社のHPによると、12月13日時点で補償申告があったのは計1008人で、このうち530人に補償金が支払われたという。
石丸氏はこれまで、スマイルアップ社に18億円超を要求したり、メディアの取材に「お金目当てです」と主張したりしており、その姿を間接的に見聞きした人からネット上で誹謗中傷を受けるなどしてきた。
公の場であえてそうした発言をしてきた理由を尋ねると、次のように返ってきた。
「オーディションを受けただけの人も含めると、被害者はもっといると思います。補償額について自分が金額を上げていかないといけないと思ったのは、被害を受けた他の人たちの補償額のベースを上げたいというのが出発点です。
金目当てと見られるのは覚悟の上です。法律の枠内で話が進んでも、それじゃ全然意味がありません。すべての被害者を救うためなら、恥も外聞もなく表に出ていくつもりです。
スマイルアップ社が被害者への補償後に廃業するつもりなら、利益剰余金を被害者に均等に分配すべきじゃないでしょうか」
誹謗中傷から身を守るため、SNSのアカウントや、記事にコメントがつけられるYahoo!ニュースのアプリをスマホから削除するなど、目に触れない環境を意識的に作っているという。
「(ネット上の誹謗中傷は)とにかく見ないようにしています。世の中が何を言おうが、自分の気持ちをぶらさずに突き進んでいこうと思っています」
石丸さんは12月20日に開かれるスマイルアップ社との裁判では代理人弁護士をつけずに臨むという
●「残りの人生を取り戻せる補償を」
スマイルアップが起こした裁判の第一回口頭弁論は12月20日にさいたま地方裁判所で開かれる予定だ。石丸さんは代理人弁護士をつけず、自ら出廷して裁判に臨むつもりという。
「完全に弱いものいじめですよ。完膚なきまでに叩き潰そうとしているのだと思います。僕はこれまで(スマイルアップ社に)賠償額が1800万円というなら、それ以上払えない根拠を示してほしいと何度も伝えてきました。先方から合理的な説明があればどんな金額であれ受け入れる覚悟もあります」
取材の終盤、うつ病の薬や睡眠薬、電子タバコの箱が置かれた机の前で石丸さんはこう語った。
「裁判のことを考えるとなかなか気分が落ち着きません。ジャニー喜多川氏の性加害によって病気になり、とても働ける身体じゃなくなった。将来設計なんてまったくできない。壊されてしまった人生の残りの半生をせめて取り戻せるだけの補償をすべきなんじゃないでしょうか」