甲子園球場で練習を補助していた大分高校野球部の女子マネージャー(3年)を大会本部が制止したことが「時代錯誤ではないか」などと議論を呼んでいる。
報道によると、8月2日に行われた「第98回全国高校野球選手権大会」の甲子園練習で、大分高校の女子マネージャーがグラウンドで、ノッカーにボールを渡す補助役として練習に参加していたところ、開始後約10分で大会本部に制止されたという。
弁護士ドットコムニュースが日本高等学校野球連盟(高野連)に取材したところ、高野連の「大会参加者規定」で参加資格があるのは男子のみと定められており、甲子園練習もこの規定に準じて取り扱われたのだという。代表校に渡されている手引きにも「練習補助員は男子部員に限る」と明記されているという。「危険防止」を理由に女子が参加できないとの報道もあるが、「そうしたことは理由ではない。参加者資格という形式的な理由に基づいた措置」と回答した。
ネット上では、「時代錯誤」「女性差別」といった声も上がっているが、今回の措置は法的にどう考えればいいのか。憲法の問題に詳しい作花知志弁護士に聞いた。
●高野連という「部分社会」の判断をどう考えるのか
「高校生活を通じて熱心に練習に打ち込まれた選手の方々の大会がこれから開催されます。この問題はとても難しいものですので、今回お話する内容も、あくまでも選手の方々を心から応援している弁護士が述べる、『このような考え方もあります』という意見だと思って、聞いていただければと思います」
作花弁護士はこのように切り出した。今回の問題をどう考えればいいのか。
「今回の問題に参考になる憲法の判例法があります。「部分社会の法理」といわれるものです。
『部分社会の法理』とは、ある団体の内部で決められたことについて、不利益を受ける方が裁判所に訴訟を起こしたとしても、裁判所は『それは自治が認められている団体の内部で決められたことなので、その団体の判断を尊重する』という考え方です。
そのような法理が適用される典型的な団体として、政治団体である政党や、宗教団体などがあります。団体を作る権利が憲法における人権として保障されているのに、その団体で決めた結果を裁判所が覆すことは、人権保障と矛盾している、という理由です」
では、たとえば、今回問題となった、「女子は甲子園グラウンドに入れない」というルールが「おかしい」と裁判所に訴えても、当然認められないということだろうか。
「裁判所は当然に、ある団体の内部で決められた判断を全てを尊重するかというと、そうではありません。
たとえば、やはり部分社会とされている地方議会議員の方が議会で除名処分を受けた場合には、裁判所はその処分の適法性について司法審査を及ばしているのです(最高裁判所大法廷・昭和35年10月19日判決)。
つまり、裁判所の考える『部分社会の法理』とは、一方では憲法が保障する人権の発現としての団体結成の自由の尊重の要請と、その団体内部において人権侵害や差別が行われてはならないという要請とを調和させるもの、ということができると思います。
今回の問題についても、高校の部活動は生徒の方々の任意で行われており、高校の高野連への参加も任意に行われています。甲子園大会の運営も、部分社会である高野連の判断で行われています。
その一方で、その高野連の判断ももちろん、大会に参加される方々の人権侵害や差別が行われないようにされなければならないことはもちろんです。
そしてその評価は、当然、時代の変化・社会意識の変化に伴い、変化していくものです。
たとえば、私が担当させていただいた女性の再婚禁止期間違憲訴訟で、『必要な範囲を超える性を理由とする制約は憲法の平等条項に照らして許されない』とした違憲判決が出ました。この判決にも、『女性に再婚禁止期間があることは仕方がない』とされてきた社会意識が変化してきたことが影響を与えていると思います。
今回の問題の評価はとても難しいものですが、今回取られた措置が女性の危険防止を目的としたものではなかったこと、大会規則にのっとって各校に配布された『手引書』に『練習の補助員は男子部員に限られる』ことが記載されているものの、甲子園練習の参加者についての明確な規定は設けられていないこと、女子の野球部員の方が普段の練習でも練習補助を行っていること、女子の野球部員の方が練習試合で男子の野球部員と一緒に試合に出場されている例もあることなどは、その評価に影響を与える社会的因子となると思います」
作花弁護士はこのように述べていた。