mRNAワクチン実現「陰の立役者」 昨年死去の日本人が残した言葉
今年のノーベル生理学・医学賞で、「3人目の受賞者」になったかもしれない日本の研究者がいる。
昨年10月8日に81歳で亡くなった古市泰宏さんだ。
古市さんは50年ほど前、「キャップ」と呼ばれるmRNAの末端につく特殊な構造を発見した。帽子のように末端を保護して、分解されやすいmRNAを安定に保つ役割がある。
mRNAは遺伝情報の断片で、その情報をもとに体内でたんぱく質がつくられる。この仕組みを利用して、ウイルスに対する免疫をつけさせるのがmRNAワクチンだ。
ノーベル賞に決まったカタリン・カリコさん(68)らは、人工的にmRNAを合成する際、一部を別の物質に置き換えることで、課題とされていた「炎症反応」を避けられると発見した。
ただ、この技術を使っても、「キャップ」がないmRNAは不安定なため、ワクチンとして機能できないと考えられている。
実際、新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンには、カリコさんらの技術に加え、「キャップ」の技術も使われている。
カリコさんが来日した昨年4月、古市さんはハンガリー大使館で、初めてカリコさんと対面。「2人の合作でいいものができたね」と喜んだという。
古市さんは1969年、東京大大学院で博士号を取得。同年から在籍した国立遺伝学研究所で、mRNAの端に特殊な構造があることを発見した。
詳細な分析のために渡米し、スイスの製薬大手ロシュの研究所で、この特殊な構造がどんな物質でつくられているかを解明。75年に論文で発表した。
この構造は「キャップ」と呼ばれるようになり、mRNAが分解されにくくしたり、mRNAの情報からたんぱく質を効率的につくるのを助けたりする役割があると分かった。
近年では、インフルエンザウイルスが人間の体内で増えるために、人間のmRNAのキャップを奪う現象も見つかり、この仕組みを妨げる治療薬もできた。
2020年に新型コロナのパンデミック(世界的流行)が始まると、わずか11カ月でmRNAワクチンが実用化された。
「30代のときに発見した成果が、自分の体の中に入っていることがうれしい」。家族によると、古市さんはmRNAワクチンを接種した際、そう話したという。
カリコさんらのノーベル賞受賞が有力視され始めると、古市さんの名前を候補に挙げる声も出るようになった。
そのころ、古市さんはがんと闘っていた。
21年1月、膵臓(すいぞう…