「病気のおかげで」は本当? 「立ち直りの物語」を求める心理の正体
「つらい経験だったけど、成長できてよかった」「病気のおかげで、本当の幸福に気づいた」。重い病気や大変な経験をした人たちは、似たような「語り」をする傾向にある――。
「絶望名人カフカの人生論」などの本を書いた文学紹介者の頭木弘樹さん(58)は、20歳で難病の潰瘍(かいよう)性大腸炎を患ってから、そんな状況に気づいたといいます。背景にある、病人や個人に加わる“圧力”を指摘します。
心のせいにされがち
――本を読み始めたきっかけは、学生の頃、入院生活のなかでカフカの本に出会ったことだったそうですね。どんな言葉に影響を受けたのでしょうか
カフカが自分自身について書いた、「一番うまくできるのは、倒れたままでいること」という言葉が救いになりました。それまでは、立ち直れないのは大変な悲惨だと思っていて。治らない病気だと言われても、どうにか立ち直らなければいけないともがいていました。でもカフカの本を読んで、倒れたままでいいんだって、すごく衝撃を受けたんです。
――当時、周りからはどのような言葉をかけられていたのでしょうか
「気の持ちようでよくなっていくから」と。心のせいにされるということが、すごくありました。
それは100%間違いとは言いませんが、体が病気なんだから、気もしっかりもてないんですよ。それをなかなか、分かってもらえない。「心は変えられる。そうしたらうまくいく」と思っているんです。
入院していたときに、胃潰瘍の患者さんと同室になったことがあります。見舞いに来る人来る人から「気を強くもたないと」「性格を直さないと、病気も治らないよ」と言われていて。1日に何十回も、「性格を直せ」と迫られるわけですよ。大変だなと思いました。
でもいまは、胃潰瘍の原因の多くが、ピロリ菌の感染だと分かっています。全然気の持ちようじゃなかった。本当はそうではないことまで、心のせいにされてしまうんです。
立ち直れた人は素敵、そうでない人は……
――気持ちを強く持って、自分で回復することを求められてしまうんですね
人は、立ち直らないままの人をなかなか許さないんです。
倒れたままの人がいると、肩を貸してあげようという親切な人はけっこういます。でも、そこで「肩を借りても、まだ起き上がれない」と言うと、だんだんしびれを切らすわけです。「そんなだから倒れてんだよ、自業自得だ」みたいになっちゃう。
でも、脚が折れている人に、「肩を貸してやるから立ち上がれ」って言ったって、無理じゃないですか。立ち直れる場合でも、ある程度は倒れたまんまでいるしかない時期もあると思うんですよね。
――なぜ人はそこまで、他人に立ち直ることを求めてしまうのでしょうか
基本は恐怖だと思います。み…