中国案を一定評価したウクライナ 欧米と画した一線、背景にあるもの
みなさん、こんにちは。3月に入って急に春らしくなってきました。それは良いのですが、花粉症で目が猛烈にかゆいのには往生させられます。
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モスクワ暮らしで良かったことの一つは、花粉症がまったく出ないことでした。モスクワでも春先にアレルギー症状を訴える人はいるようなのですが、花粉の種類の違いなのか、幸い私は何も感じませんでした。この季節になるといつも思い出します。
さて、ロシア関連で最近気になるニュースは、中国の動きです。
バイデン氏「いい案であるはずがない」
ロシアがウクライナ侵攻を始めてから1年を迎えた2月24日、中国外務省が「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」という文書を発表しました。
12項目からなるこの文書は、とても「和平案」と呼ぶことができるような内容ではありません。どこを停戦ラインにするのかとか、停戦監視を誰が担うのかといった、重要な点に触れられていないからです。12項目の要旨は、以下のサイトで読むことができます。
文書の表題の通り、これまで中国が折に触れて表明してきたウクライナ問題に対する原則的な立場を整理したという内容です。
それでも、この文書は国際社会に大きな波紋を広げました。中国が本格的に仲介に乗り出そうとしているのではないかと受け止められたからです。
すぐに否定的な反応を示したのは米国でした。バイデン大統領は「(ロシアの)プーチン氏が歓迎している。これがいい案であるはずがない」「実現した場合に、ロシア以外に利益を得るものがあるとの示唆が一切なかった」と批判しました。
ただ、このバイデン氏の評価は少し的外れのように思えます。
まずプーチン大統領は、中国の提案を手放しで歓迎しているわけではありません。提案から3日後の2月27日に、ロシアのペスコフ大統領報道官は「全ての関係国の利害を考慮した上で、詳細に分析する必要がある」と述べました。非常に慎重な姿勢と言えるでしょう。
実際、中国が発表した文書の内容は、必ずしもロシアだけを利するものではありません。
第1項目に掲げられている「各国の主権、独立および領土の保全はすべて確実に保障されるべきである」「国はその大小、強弱、貧富を問わず一律に平等」という原則は、ウクライナを擁護しているようにも読める内容です。第8項目の「核兵器の使用または核兵器使用の威嚇に反対」という主張も、核をちらつかせているロシアへの牽制(けんせい)のようにも受け止められます。
この点で、北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長の反応の方が正直です。ストルテンベルグ氏は「中国は違法なウクライナ侵攻を批判できておらず、信頼できない」と述べました。そもそも中国はロシアの侵略を一切批判していない。それどころか、原油やガスをロシアから安く買い、ロシア経済を支えている。国連や国際会議でもロシアの肩を持っている。そんなロシア寄りの中国に仲介役を務める資格はない、ということです。
ゼレンスキー氏「中国が語り始めたのはいいことだ」
こうした中国の姿勢を一番苦々しく思っているのは、ウクライナのはずです。ところがウクライナは、米国やNATOとは一線を画し、中国案をそれなりに評価する姿勢を示したのです。私が今回の一連のできごとで一番興味深く感じたのが、この点でした。
ゼレンスキー大統領は「中国がウクライナについて語り始めたのはいいことだ」と述べました。習近平氏と会談する用意があるとも語りました。米国やNATOの「中国の仲介など話にならない」という態度とはだいぶ異なります。
そもそもこれまで、ロシアを支え続ける中国に対するゼレンスキー氏からの批判めいた言葉は、ほとんど聞いたことがありません。
こうした姿勢を理解するためには、ウクライナと中国の戦争前からの緊密な関係を知る必要があります。
中でも重要なのは経済です。
ウクライナの貿易相手国は、ロシアが長年不動の1位の座を占めていました。しかし、2014年のクリミア占領を機に、ウクライナはロシアへの経済依存からの脱却を目指します。この過程でロシアの穴を埋める役割を果たしたのが中国でした。
2019年にはロシアを抜いて、中国がウクライナにとって最大の貿易相手国となりました。2021年には、ウクライナからの輸出の11.7%、輸入の15.2%が中国で、いずれも1位です。戦後の復興に向けて、中国からの支援に対する期待も大きいでしょう。
さらに政治的なつながりも、実は深いのです。両国は2013年12月に友好協力条約を結び、その際に発表された共同声明には「(中国は)ウクライナが核兵器を使って侵略されたり、そのような威嚇を受けたりした場合、ウクライナに相応の安全の保証を提供することを約束する」ことが明記されました。
その一方でウクライナ側は、「中国は世界に一つしかなく、中華人民共和国は中国を代表する唯一の合法的な政府であり、台湾は中国の不可分の一部である」ことを条約の中で認めました。中国がウクライナへの安全保障を提供する一方で、ウクライナは台湾についての中国の立場を支持する、という取引が成立していると言えるでしょう。
ウクライナとしては、中国を完全にロシア側に追いやってしまわないためには、台湾問題で中国を支持しないといけないという構図です。
ウクライナ駐日大使「日本は中国と対話メカニズムを」
ウクライナの中国への姿勢を知るのに役立つのが、朝日新聞によるコルスンスキー駐日大使へのインタビューです。コルスンスキーさんは以下のように語っています。
「中国をロシアのように経済的に孤立させることは不可能です」
「中国とロシアは同列に論じることはできません」
「日本を含む自由民主主義国家は、中国と対話のメカニズムをつくらなければならないと思います。『対話の窓』を開いたうえで、中国が正当な懸念を持っているなら、解決策をともに探すということです」
米国にとって現在の国際関係で最大の問題はロシアではなく、中国です。しかし、ウクライナにとって最大の問題はもちろんロシアです。中国はむしろ協力相手として重要なのです。
ウクライナと同様ロシアを最大の脅威ととらえているバルト3国のリトアニアなどは、中国批判を強め台湾に接近する動きを見せています。ウクライナとは全く異なる姿勢です。
こうした対中関係の温度差は、今後の停戦や和平に向けた動きを見るうえでも重要なファクターになるのではないかと感じています。
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