第1回「子どもたちを頼む」事件前夜の電話 極秘文書が見抜いた殺害計画

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乗京真知
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 2019年にアフガニスタン東部で起きた中村哲医師(当時73)の殺害事件から、12月4日で2年を迎える。

 私は事件直後から助手4人とともに犯人像を追ってきた。誰が何のために中村さんを殺害したのか。捜査機関の関係者や武装勢力のメンバーに話を聞くなかで今年1月、ある男の存在が浮かんだ。

 男の名はアミール・ナワズ・メスード。隣国パキスタンの武装勢力「パキスタン・タリバン運動」(TTP)の地方幹部で、事件現場近くの山に潜伏していた。報酬を目当てに誘拐や襲撃を請け負う人物だった。

〈中村哲さん殺害事件〉アフガニスタン東部で2019年12月4日、人道支援NGO「ペシャワール会」現地代表で、医師の中村哲さん(当時73)らが乗った車が灌漑(かんがい)の事業地に移動する途中で犯行グループに銃撃され、中村さん、アフガニスタン人運転手1人、同警察官4人の計6人が死亡した。

 アミール・ナワズの周辺者からは、不可解な情報が漏れてきた。アミール・ナワズは中村さんを誘拐して身代金を奪うつもりだったが、パキスタンから来た共犯者が撃ってしまったというのだ。周辺者によると、アミール・ナワズは事件直後、共犯者に対して「なぜ撃った!」と怒鳴っていたという。

 本当なら、誘拐を得意とするアミール・ナワズが、殺害を目的とする共犯者に利用された可能性を示していた。

 私たちはアミール・ナワズが潜伏する村の名前を突き止めた。アミール・ナワズの経歴や共犯者との関係、共犯者の背後に浮かぶ黒幕の影も調べた。

 その追跡結果を、今年6月の朝日新聞デジタルの連載「実行犯の『遺言』 ~中村哲さん殺害事件を追う~」でつづった。

「危険に気づいていた」

 連載後、私たちは新たな疑問を解く取材に取りかかった。きっかけは中村さんとともに亡くなったアフガニスタン人5人のうちの1人で、警察官だったマンドザイさん(当時36)の妻ナフィサさん(34)の次のような証言だった。

 「マンドザイは事件前、不吉な言葉を口にしていました。とても珍しいことなので、突然なにを言うのかと驚きました。いま思えば彼は、危険に気づいていたのだと思います」

 ナフィサさんの証言に、私たちは衝撃を受けた。事件が予見されていたことを暗示していたからだ。予見されていた事件を防げなかったのだとすれば、その理由は何だったのか。理由を洗い出すことが新たな犠牲を食い止める手がかりになるかもしれないと、私たちは考えた。

 当時、マンドザイさんは首都カブールに自宅があったが、単身赴任で中村さんの警備にあたっていた。事件当日も中村さんに付き添い、首や腹などに5発の銃弾を浴びた。誕生間近の第6子を見ぬまま命を落とした。

 私が初めてマンドザイさんの自宅を訪ねたのは、事件から約3週間後の2020年1月25日だった。

 カブール東部のなだらかな丘…

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この記事を書いた人
乗京真知
福井総局長兼国際報道部員
専門・関心分野
国際報道、組織犯罪、動植物、文化財
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