ミニシアター支援の監督や部下になぜ 配給会社社長の不適切メール

小峰健二
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 昨春、コロナ禍で苦境に陥ったミニシアターを助けようと、多くの映画ファンが支援金を寄せた。その支援を取りまとめた団体から1400万円超を受けた配給会社「アップリンク」の社長が、その団体や発起人の監督へ、監督に「疑惑」があるかのような匿名メールを送っていた。背景にあったのは、同社元従業員らが昨年、社長からパワーハラスメントを受けたとして提訴し、その後和解した一件だった。

コロナ禍の映画館支援、ともに訴える

 コロナ禍による初の緊急事態宣言下の昨年4月、休業を余儀なくされた小規模映画館を救済する「ミニシアター・エイド基金」が始まった。

 発足に動いた一人が、「淵に立つ」(2016年)などで国際的な注目を集める深田晃司監督だ。低予算映画からスタートしたキャリアがあり、自身の作品を上映し続けてくれたミニシアターを助けたいと、他の若手映画人と一緒に基金を立ち上げた。

 発表会見は、国際映画祭で高い評価を受け続けている濱口竜介監督や、俳優の斎藤工さんらも参加してネット番組として配信された。

 その番組に、ミニシアター経営者の代表として出演し、支援を訴えたのが、アップリンクの浅井隆社長(66)だった。

 1987年設立のアップリンクは、東京・渋谷(閉館)や吉祥寺で小規模映画館も運営し、低予算の独立系、アート系作品などに門戸を開いてきた。深田監督もほぼ全ての長編作品を上映し、育ててくれた劇場の一つと公言する。浅井氏はその創業者であり、またコロナ下の苦境をメディアで発信してきたミニシアター界の「顔」の一人だ。

 基金には1カ月ほどで約3億3千万円が集まり、アップリンクにも1400万円以上が渡った。

 そんな中で昨年6月、アップリンクの元従業員5人が、在職中に浅井氏から仕事のミスを怒鳴られるなどしたとして浅井氏と会社を相手取り、計760万円の損害賠償を求めて提訴。浅井氏は謝罪のコメントを公表し、コンプライアンスに関する第三者委員会の設置や、社外取締役の導入などを合意条件として、10月に和解が成立した。

 映画界の労働環境改善などをめざすNPO法人「独立映画鍋」を12年に立ち上げ、製作現場でのハラスメントへの反対声明を公表するなど、以前から声を上げてきた深田監督は、提訴が公になると即座にアップリンクを非難するコメントを発表。昨秋封切り予定だった新作「本気のしるし」を同社系列館から引き上げた。ただ和解が成立し、浅井氏も謝罪したことで、関係者によると深田監督とアップリンクは上映について話し合いを再開していたという。

匿名ツイートを引用したメール

 そんな中で、監督や周辺に匿名のメールが届き始める。

 〈これは事実でしょうか〉

 〈もし、ハラスメント加害者であるなら、その経験を語られたらいかがでしょうか〉

 今年6月3日にミニシアター・エイド基金のアドレスに届いた匿名メールには、ある匿名アカウントのツイートが貼り付けられていた。内容は、監督が共同代表を務める映画鍋でパワハラをしているという「疑惑」だった。

 映画鍋などの関係者への取材では、実際にはそうしたパワハラはなかったという。だが違うアドレスからも同じ趣旨のメールが監督や映画鍋に届いた。

 監督が事実無根と返信すると〈よくわかりました〉と返信があり、こう続いていた。

 〈監督のように業界では有名なお立場だと、ちょっとした発言でそれはハラスメントだと言われることがあるのではないか〉

 〈某映画館もきちんと謝罪して和解をしたのに、いつまでもあそこにはいかない、ハラスメント対策はどうなったのかと、なぜかモラル憲兵のように監視を続けている人がいる〉

 この後、監督や周辺へのメールは止まった。しかし数カ月後、これらのメールを送ったのが浅井氏だったことが発覚する。浅井氏がアップリンクの社員らにも別人を装ったメールを送っていたことを監督が知り、そのメールと、監督へのメールの一部が、同じアドレスから送られていたのだ。

 社内文書や浅井氏への取材によると、昨年の訴訟後に浅井氏が約束した、第三者委員会の設置や、ハラスメント防止に関する講習の受講などの実行が予定より遅れていた。

 また提訴後に新設されたハラスメントの相談窓口には、浅井氏から一部従業員への新たな不適切な言動についての通報があったという。この言動は同社の顧問弁護士らがパワハラには当たらないと判断したが、浅井氏は言動が不適切だったと認め、従業員に謝罪することになった。

「事実か知りたかった」「要求は引っ込めて欲しい」

 これらのことから今年3月、ほぼ全社員が浅井氏に社長退任を要求した。すると翌月以降、浅井氏はアルバイト従業員を装って「あなたが会社を辞めてください」などと書いたメールを社員らに送るようになったという。

 〈アップリンクを潰そうとしているのは社員ではないですか。そんなに、社長の元で働きたく無いのなら、まず社員が辞めればいいのではないですか〉

 〈わたしたちは、あなたをみていますよ〉

 6月まで9通届いたメールには、アルバイト従業員が知り得ない情報も含まれていた。このため一部の社員が、ネット接続業者に発信者開示を求めるための書類を作った上でただすと、浅井氏は自分が出したと認め、謝罪した。

 浅井氏は社員らへの文書で、偽装メールを送った理由を「精神的に追い込まれ、自分の中で社長の考えに賛同してくれる人物を作り出してしまいました」「社長が会社の仕事を封じられる状態は、正直、逆パワハラ、あるいは社長に対するいじめではないか」などと思い悩んだ、と釈明した。

 浅井氏は朝日新聞の取材に対し、深田監督と周辺へのメールは「(ツイッターの内容の)事実がどうかを知りたかった」と話した。引用したツイッターアカウントの開設者は不明で、現在は削除されている。

 社員に送ったメールについては「アルバイトの気持ちを考えたら、社員が社長退任や会社売却という要求をとどまるんじゃないか」との意図だったと説明。会社売却となればアルバイトや社員の雇用が守れなくなるため「要求は引っ込めて欲しいなという気持ちがあった」と話した。

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この記事を書いた人
小峰健二
文化部次長
専門・関心分野
映画、文芸、建築、放送