第4回児童扶養手当案は「半熟卵」 自民党税調を正面から突破

有料記事シングルマザーと永田町

編集委員・秋山訓子
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 今年7月、霞が関ではある人事が注目を集めた。財務省の主税局長だった矢野康治が、主計局長に就任。税制を扱うトップから予算を扱うトップへの横滑りは異例で、永田町、霞が関では「サプライズ」と受け止められた。その矢野が主税局長時代にもっとも頭を悩ませた懸案、それが未婚のひとり親への寡婦控除拡充問題だった。

 話は矢野が主税局長に着任した直後、1年前の7月にさかのぼる。

大物政治家に「選挙負けますよ」

 着任早々、矢野は思案し始めた。前年の税制改正では自民、公明両党がもめて、住民税の軽減と1万7500円の手当で決着した。だが、この税制はいかにもいびつだ――。

 矢野は財政再建へのこだわりが強く、著書もある。「筋の曲がったことが嫌い」で、上司だろうと政治家だろうと直言をいとわない。菅義偉官房長官秘書官を2年半務めた後、2015年に主税局の審議官に就任した。

シングルマザーと永田町 女たちの税制革命

今年の年末調整から、「未婚の寡婦(夫)控除」が実現します。背景には市民団体と国会議員がタッグを組んだ女性たちの取り組みがありました。彼女たちがどう動き、税調幹部や財務省がどう動かされていったのか。7回連載でお伝えします。今回は第4回です。

 上司や政治家との「武勇伝」には事欠かない。消費税率引き上げに合わせて導入が検討されていた軽減税率に対し、「あまりにも手続きが煩雑すぎるし、不正の懸念が大きい」と猛反対し、菅に何度も直談判。はねつけられると「僕ははらわたが煮えくりかえっているんですよ。選挙に負けますよ」と捨てぜりふを吐いたこともあった。

 そんな矢野にとって、住民税の軽減と1万7500円の手当という政治決着の産物は、居心地の悪いものだった。財務官僚としてなんとか是正し、「筋の通った税制」に整えたかった。

 一方で、自民党の議員には「伝統的家族観」が根強い。さらに控除対象を広げると、控除を得たいために事実婚をする人がいるかもしれず、そのリスクも排除する必要がある。それらを踏まえ、矢野はひとつの解をひねり出す。それが、「児童扶養手当」支給者に限定して対象とする――というアイデアだった。

 児童扶養手当は離婚、死別、未婚を問わず、ひとり親に支給される。これなら子どもに着目した税制として説明がつく。ただ、問題もあった。児童扶養手当は寡婦控除よりも所得制限が低い。つまり寡婦控除だったら対象に入るのに、児童扶養手当の支給者に限定すると漏れてしまう人たちが出てくるのだ。

 それでもまずはこの案で行こう。矢野はそう考えた。

甘利氏の存在が追い風に

 19年9月、矢野に追い風が吹く。自民党税制調査会(党税調)の会長に、首相安倍晋三の側近・甘利明が就いたのだ。甘利の起用は安倍の意向で、盟友の甘利を据えるということは、党税調に官邸の影響力が強くなるという意味合いがあった。「安倍1強」という権力構造のなか、安倍・甘利ラインなら懸案の処理も可能に見えた。

 年末の税制改正議論を前に、矢野は甘利に呼ばれた。矢野はここぞとばかりに未婚の寡婦控除の課題を改めて説明。児童扶養手当案を提案した。甘利は矢野に同意し、こう言った。「俺が総理を説得するから」

 甘利はさっそく官邸に安倍を訪問し、未婚の寡婦控除に手をつけると説明した。安倍はこう注文を付けた。

 「甘利さん、いいんだけど、心配なのは党内の分裂騒ぎだけじゃなくて支援団体に火がつくこと。それだけは避けてほしい。それから、党内のこういう人たちから理解を得てほしい」

 安倍は数人の名前を挙げた。党内でも「保守的」とみなされる議員たちだ。その中には、安倍自身が幹事長代行に起用した稲田朋美の名前もあった。

 安倍はまた、甘利にこう助言…

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この記事を書いた人
秋山訓子
編集委員
専門・関心分野
国内政治、民主主義、市民社会、ジェンダー