グーグルが南北戦争時代の鉄道王や名将の子孫たちを提訴、その理由は「160年前の土地」にあった

このほどグーグルが、南北戦争時代の鉄道王や名将の子孫などを含む34名を相手どった不動産訴訟を起こした。本社を拡充する計画に伴うこの訴訟は最終的に決着したが、発端は約160年前の土地分譲にさかのぼる。いったい何が問題になり、どんな結末を迎えたのか。
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PHOTOGRAPH: LYDIA WHITMORE/GETTY IMAGES

ホースセラピー専門の療法士や著名な有機農業家、ロックフェラー家の親族を含む34名を相手どった奇妙な不動産訴訟のせいで、グーグルはシリコンバレーの自社の敷地を拡張する長年の計画を延期することになるかもしれない。

この訴訟は、カリフォルニア州サンノゼの道路上に位置する4カ所のわずかな土地の所有権を巡って起こされたものだ。グーグルは数万人規模の従業員のために、この地に未来型のキャンパスを建設したいと考えている。ところが、この法廷闘争は南北戦争の直前の出来事に端を発しているのだ。

160年前の土地分譲に端を発した争い

1861年2月、3人の男たちがサンノゼに隣接する300エーカー(約121万平方メートル)の農地を購入した。そのうち弁護士のフレデリック・ビリングスは、後にノーザン・パシフィック鉄道会社の社長となった人物である。ゴールドラッシュ時代に金鉱を探しにカリフォルニア州にやって来たアーチボルド・ピーチーは、やがて土地開発業者を経て政治家に転身した。

3人のなかで最も有名なヘンリー・モリス・ナグリーは、この地域で酒造用ブドウ園の経営に成功し、「カリフォルニア産ブランデーの父」として知られる。彼は後にユニオン軍(北軍)の准将として南北戦争に従軍した。

男たちは購入した土地を「ランチョ・デ・ロス・コチェス(馬車農園)」と名付け、やがて細かい区画に分けて売り出した。ところが、道路沿いの土地を売却する際に、区画の端を歩道の縁石までとする奇妙な売り方をしたことで、売却済みの区画の間を走る道路の一部がビリングス、ピーチー、ナグリーの名義のまま残ることになってしまったのである。

時が経つにつれ、サンノゼの町はにぎわいを増した。農場は住宅地へと姿を変え、ランチョ・デ・ロス・コチェスは拡大を続ける都市のなかに少しずつ飲み込まれていく。街路がつくられ、ナローゲージ時代の鉄道車両基地から生まれ変わったサンノゼ・ディリドン駅は、たちまち交通の要衝となった。駅周辺には工業用の建物が次々と出現し、自動車時代の訪れとともに駐車場や商店も増えていった。

そして2014年、衰退の目立つこの地域がシリコンバレーに点在する企業のキャンパスの完全無欠なイメージにそぐわないと考えたサンノゼ市は、オフィスや住宅、コミュニティ施設を備えた高機能な“アーバンビレッジ”を想定した開発計画に着手した。

グーグルにとって、それはまさに待ち望んだチャンスの到来だった。さっそくグーグルは不動産の購入を開始し、敷地面積80エーカー(約32万3,800平方メートル)に及ぶ「ダウンタウン・ウエスト」という名の多目的施設の建設を19年に申請したのである。

4カ所の「現況不明」の土地が問題に

ダウンタウン・ウエストにはグーグル社員20,000人分のオフィス空間はもちろん、地域の人々のための住宅地や非営利団体の拠点などが設けられ、ほかにもホテル、会議場、15エーカー(約60,700平方メートル)の広場、駐車場、サンノゼの中心街に続く遊歩道が新たにつくられる予定という。サンノゼ市議会は、この数十億ドル規模のプロジェクトを21年6月に全会一致で承認している。

ところが、ひとつだけ問題があった。道路上の4カ所の土地が、ビリングス、ピーチー、ナグリーの3人の名義のまま150年以上も売却されずに残っていたのである。

4カ所のうちの2カ所は極端に細長く、面積はそれぞれ1エーカー(約4,047平方メートル)ほどだ。グーグルはそのうちの一方の地下に駐車場をつくりたいと考えている。3カ所目は、いまのバラク・オバマ大通りの一部となっている0.1エーカー(約404.7平方メートル)の土地だ。

4カ所目にいたっては、ほこりっぽい袋小路の奥にある卓球台を4つ並べた程度の土地にすぎない。法的に見ると、この4区画はいずれも現況が不明のままになっている。

グーグルはカリフォルニア州民法を根拠に、自転車専用道、駐車場、アスファルト舗装を含むこれら4区画の所有主は、カリフォルニア州あるいはサンノゼ市であると主張している。一方でグーグルは、まるで墓の下から挑まれたかのような法律上の難問に不安を拭えずにいる。

「法律に関する当時の記述には、理屈に反するものも多かったのです」と、サンノゼ市の不動産担当部門でディレクターを務めるナンシー・クラインは言う。「わたしの知る限り、グーグルが広く実施した史実調査でも、あの土地の所有者としての条件を満たす人物はひとりも見つかりませんでした」

グーグルが権利者に提示した「役にも立たない金額」

それでもグーグルは土地の持ち主の遺族を探す活動を開始し、22年2月には3人の男たちの子孫とおぼしき115名に手紙を送ったという。

そのうちのひとりが、ワシントンのデータセンター技術会社にプロダクトマネージャーとして勤務するピーター・アダムスだった。グーグルによるとアダムスは、アーチボルド・ピーチーの“娘婿の姪の夫の甥”という遠い間柄の子孫と考えられるという。

グーグルがアダムスに宛てた手紙には、同社がサンノゼ市の道路の「所有権を整理中」であるという説明があった。されに、アダムスがこの土地に関する一切の権利と利益を放棄するという権利放棄証書を提出し、その経緯を決して外部に漏らさないと約束するなら“謝礼”を支払うと書かれていたという。

提示されていた額は5,000ドル(約68万円)で、法律の専門家に言わせると「人をばかにしたような金額」である。別の遺族は裁判所への提出書類のなかで、「何の役にも立たない金額」と表現していた。ちなみに直近のサンノゼ市内の土地価格は、道路や路地の一部の寄せ集めではない一般的な商業用地の場合で、1エーカー(約4,047平方メートル)当たり200万ドル(約2億7,000万円)を下らない。

手紙を受け取った115名の大半は権利放棄証書に署名したが、アダムスはこれに応じなかった。ほかに遺産相続人とされる33名が署名を拒んでいるという。

そこでグーグルは署名を拒んだ人々を相手に、「クワイエット・タイトル」と呼ばれる所有権確認訴訟を起こした。フェイスブック(現メタ・プラットフォームズ)創業者のマーク・ザッカーバーグも、ハワイにある700エーカー(約283万3,000平方メートル)の土地の所有権確定を求めて、17年に同様の訴訟を起こしている。

グーグルとサンノゼ市が22年4月にカリフォルニア州サンタクララ郡の最高裁判所に提出した訴状には、「グーグルが自社プロジェクトの開発計画を続行するには、当該不動産の財産権を100%所有していなければならない」との記述がある。

フレデリック・ビリングスの子孫には、ロックフェラー家の姻戚となった者を含め、著名な人物がいまも多く存在する。被告側にはピーチーやナグリーの直系と認められる者も多い。そのうちの何人かに連絡をとったが、この訴訟について積極的に発言する人はいなかった。

その他の人々については、明らかに追跡困難な状況が続いている。グーグルとサンノゼ市は「相応の労力を払ったが、相当数の被告人の住所や居所を特定できていない」と認める書面を提出し、この人々を探し出して召喚する時間の猶予を裁判所に求めている。

最終的な結末

アダムスが5月上旬にサンタクララ郡で対抗訴訟を起こしたことで、事態はさらに複雑化している。その後、ビリングスらの子孫5名が新たに原告側に加わり、比較的面積の大きい2区画について所有権確認の手続きを裁判所に求めた。グーグルはこの訴訟に関する質問には回答しない意向だが、広報担当者は次のように説明している。

「わたしたちはサンノゼ市当局と協力しながら、土地の譲渡手続きを進めています。わたしたちの共通の目標は、このプロジェクトが掲げる公共の利益を最大化することです。道路をオープンスペースにしたり、自転車や歩行者のために整備したりして、歩きやすく移動しやすい地域社会をつくることもそのひとつなのです」

サンノゼ市はグーグルのキャンパスの建設を23年に開始すると発表していたが、訴訟の影響で日程が遅れる可能性が出てきた。「どの程度の遅れになるかはまったくわかりません」と、サンノゼ市のクラインは言う。「土地の所有権をはっきりさせなければ、シャベルを地面に突き立てることはできないのです」

だが、ほこりをかぶった数枚の古い証書のせいで、190億ドル規模とされるダウンタウン・ウエストの計画がすべて白紙に戻されることはなさそうだ。グーグルは6月下旬、金銭の受け取りに応じた8名の子孫に対する訴訟を取り下げたのである。なお、具体的な金額は公表されていない。

また7月中旬には、アダムスをはじめ対抗訴訟を起こした全員が訴えを取り下げた。これについても、何らかの合意がなされた結果とみられている。

残りの子孫たちがこの動きに続くかどうかは別として、自分たちのささやかな不動産投資が1世紀半の時を経てなお利益を生み続けていることを知ったら、この地で最初に事業を興したビリングス、ピーチー、ナグリーの3人はさぞかし驚くに違いない。

(WIRED US/Translation by Mitsuko Saeki/Edit by Daisuke Takimoto)

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