新iPhoneのワイヤレス充電は、社会インフラを大きく変える可能性がある

iPhoneがワイヤレス充電機能に、標準規格の「Qi」(チー)を採用した。このことは、公共のインフラに大規模な変化をもたらす可能性がある。
新iPhoneのワイヤレス充電は、社会インフラを大きく変える可能性がある
IMAGE COURTESY OF APPLE

アップルが2017年9月12日(米国時間)に発表した「iPhone X」は、これまでのモデルとは見た目も機能も異なっている。だが、まばゆいばかりの新しいデザインや機能、そして表情豊かなたくさんの絵文字の陰で、ほとんど評価されていないと思われる新機能がある。

それがワイヤレス充電だ。この機能はiPhone Xだけでなく、新しい「iPhone 8」と「iPhone 8 Plus」にも搭載された。スマートフォンにワイヤレス充電機能が初めて登場したのが5年近く前であることを考えれば、この機能をいまさら大々的に取り上げる意味はない。

しかも、いまではニッチな機能ですらない。サムスンの「Galaxy」シリーズでは14年から搭載されている。アップルはワイヤレス充電の“パーティー”に遅れたどころではなく、すでに会場はお開きになって誰もがUberで家に帰ろうとして、そそくさと外でクルマを待っているような状態だ。

しかしアップルは、遅れて参入したのに大きな影響を及ぼす力をもっている。顔認証機能「Face ID」は、ユーザーとデヴァイスのかかわり方を変えるかもしれないし、「Animoji」はメッセージのやり取りを楽しくしてくれるだろう。だが、iPhoneがワイヤレス充電機能を取り入れ、しかも標準規格の「Qi」(チー)を採用したことは、公共のインフラに大規模な変化をもたらす可能性がある。

Qiの採用がもたらすもの

ワイヤレス充電の世界は、やっかいな標準規格争いに悩まされてきた。その経緯を少し振り返ってみよう。ワイヤレス充電技術に2つある。ひとつがQi、そして「AirFuel Alliance」が推進する規格だ。どちらも機能は似たようなものだが、互換性に乏しい。

ただし、スマートフォン市場はこの数年で、Qiを採用する方向に傾いている。その大きな要因は、サムスンがフラッグシップモデルのGalaxyでQiを採用していることだ。いまでは、スマートフォンのおよそ90パーセントでQiが利用されているほか、多くのクルマにもQiが採用されている。

これは悪いことではないが、まだ十分ではない。Qiの推進団体「Wireless Power Consortium」(WPC)のマーケティング幹部ポール・ゴールデンは、「ワイヤレス充電が消費者にとって本当にメリットをもたらすのは、あらゆる場所で利用できるようになったときです」と語る。「そうなれば、どこに出かけても、充電器をもってきたかどうかを気にしたり、バッテリーがなくなることを心配したりせずに済むようになります。どこに行っても、スマートフォンを置くだけで簡単に充電できるわけですから」

電源コンセントと同じように充電パッドをさまざまな場所に設置する取り組みが行われているが、大規模なものではない。英国では、公共スペース用の充電ステーションを開発しているAirchargeが、1,000店を超えるマクドナルドの店舗に充電ステーションを設置している。同社はこれらのステーションを2018年中にアップグレードする予定だ。また、いろいろなホテルやバー、それに公共スペースにワイヤレス充電ステーションが設置されていることもあるが、こうした場所では人々が少しでも充電しようと殺到している様子が見られる。

だが、業界全体で統一された標準規格がないため、ステーションの設置が失敗に終わったり、まったく実現しなかったりすることもある。スターバックスは2014年、イスラエルのPowermat Technologies製の充電パッド(のちの「AirFuel Inductive」規格)を実験的に設置したが、このパッドを選択したことは誤りだった。ほとんどの来店客が充電に必要なアダプターをもっておらず、スマートフォンを充電できなかったのだ。いまでも公共スペースにワイヤレス充電パッドがあったとしても、ほとんどの人が利用できないタイプのパッドであることが多い。

アップルがどちらかの側につけば、この状況はすぐに変わる。ゴールデンは、「サーヴィス業界や自動車業界の人たち、それにほかのスマートフォーンメーカーと話をしたことがありますが、誰もがアップルが採用してくれるのを待ち望んでいました」と語る。

ご存知のように、サムスンは「Galaxy」シリーズのデヴァイスをたくさん売っており、多くのAndroidデヴァイスが何年も前からQi対応のワイヤレス充電機能を提供している。しかし、彼らは大きな変化をもたらしていない。変化を起こせるのはiPhoneなのだ。

その証拠が必要だというなら、ここ10年の間にホテルに泊まったことがある人に尋ねてみればいい。ナイトテーブルから伸びている充電プラグはmicro-USBではなく、アップル専用の30ピンコネクタだったはずだ。さまざまな業界が、自ら進んでアップル製品に対応しようとしている。iPhone Xに対しても、業界は同じことをするだろう。

IHS Technologyでワイヤレス充電の分析を手がけるヴィッキー・ユスフは、「アップルは、ある技術を新しいエキサイティングな技術として売り出し、人々を引き込むことがとても上手です」と語る。「アップルは間違いなく変化をもたらします」

実際、そのような状況はすでに起こっている。iPhoneが発表された後、Powermat Technologiesは、Qiに対応するために設備を更新することを明らかにした。これでようやく、アダプターがなくてもスターバックスでiPhone(そして「Galaxy S8」)を充電できるようになる。これはまさしく、アップルの力だ。

支配的地位の確立

Qiの採用が広がるのは、間違いなく素晴らしいことだ。充電ケーブルを自宅に置いたままで出かけられるようになるし、カフェ、バー、空港、ホテル、ファーストフード店などでは、テーブルにスマートフォンを置くだけでバッテリーを満タンにできるようになる。そして、あちこちの公園や、Uberの車や路線バスで、Qiの充電パッドを使えるようになるだろう。

Face IDは、スマートフォンのロックを1秒足らずで解除できるようにしてくれるかもしれない。だが、Qiをワイヤレス充電の標準規格として採用したiPhoneは、充電コードがなくなったりスマートフォンのバッテリーが切れたりしたときの激しい苛立ちから開放してくれるだろう。

それに、プライヴァシーやセキュリティの問題[日本語版記事]をもたらすこともない。それどころか、スマートフォンが完全に動かなくなる心配を少なくしてくれるのだ

アップルがこれまで独自の標準規格(Lightning、30ピン端子、FireWireなど)を採用してきたことを考えれば、iPhone Xで現行の規格を採用したことは非常に注目される。これは予想されていたことではなかった。アップルが第1世代と第2世代の「Apple Watch」で、ワイヤレス充電機能をどのように扱ってきたのかを見れば、よくわかるだろう。

「彼らが(Apple Watchで)利用した技術は、実際にはQiとまったく同じコンポーネントです。しかし、ちょっとした調整によって、自社の専用充電器でしか動作しないようにしていました」とIHS Technologyのユスフは言う。「彼らが(iPhoneで)再び独自の電磁誘導技術を採用したとしても、私は驚かなかったでしょう」

アップルの支持を獲得したQiは、Wi-Fiのように中立的で広く採用される技術となった。つまりQiは、ワイヤレス充電の世界でスイスのような存在となったのだ。どのような場所にいても、どのようなデヴァイスを持っていても、バッテリーを助けてくれるようになるだろう。

普及の拡大

iPhoneのワイヤレス充電が世界を変えるかどうかは、いまやそれほど大きな問題ではない。むしろ、世界を変えるまでにどれくらいの期間がかかるかということの方が重要な問題になりつつある。

AirchargeでマーケティングおよびPR担当マネージャーを務めるステファノ・ピッチョーリは、「現時点ではワイヤレス充電機能のない携帯電話が、まだ市場に多く出回っています。さらに、ワイヤレス充電機能がない古いiPhoneが7億1,500万台も利用されています」と指摘する。

Qiが有利な立場を得たことは、この状況に役立つはずだ。Airchargeだけで5,000カ所に充電パッドを設置しているし、イケアはQi対応の充電パッドを内蔵した家具を販売している。しかもこれからは、さまざまな企業が躊躇なくQiに本腰を入れるようになるだろう。

「ここから急速に普及し始めると私は考えています」と、WPCのゴールデンは言う。「これまでは、アップルがどう出るのかを見極めようという雰囲気がありました」

この流れに乗りたくなるようなインセンティヴは他にあるだろうか。使い道がなくなりつつある30ピンドックの二の舞いを避けるには、Qiは前方互換性と後方互換性を確保する必要がある。これは、設置した充電パッドが時代遅れにならないようにするということだ(アップルが数年後に方針を変えない限り)。

アップルによって実質的にモバイル市場から締め出されたAirFuel Allianceでさえ、「すべての標準規格の普及を後押しする」戦略を採っていた。AirFuel Allianceは声明で、「アップルが初めてリリースしたこのワイヤレス充電ソリューションは、膨大な数の新しいユーザーに対してワイヤレス充電のメリットを提供することになります」と述べながら、将来的には自分たちの規格も受け入れるようアップルに求めている。

アップルは、自社が売り出しているほかの多くの機能と同じく、自社でワイヤレス充電機能を開発したわけではない。だが、アップルがこの機能の提供をようやく決めたこと(そしてさらに重要なことに、その提供の仕方)が、ワイヤレス充電の未来を最も意味のある形で方向づけることになった。これはよい流れだと言える。


RELATED ARTICLES

[ アイフォーン/iPhoneに関する記事一覧 ]

TEXT BY BRIAN BARRETT

TRANSLATION BY TAKU SATO/GALILEO