さて、本日2018年12月2日より、コミックDAYSで『むしろウツなので結婚かと』の連載が開始いたしました。
comic-days.com
折角の機会ですので、これからお話が更新される都度、原案者からひとこと的な文章を書かせていただきます。
当時はわからなかったけれど今になればわかること、学んだことなどありますので。
マンガを読む際のこぼれ話としてお楽しみいただけると幸いです。
というわけで本文
ずっと昔、救急箱の整理をしていたら古い鎮痛剤が出てきて、なぜか半分だけ変色して茶色になっていたことがありました。
もう飲んじゃいけないやつだろうなコレと悟ってその場で捨て、
「なぜ半分だけ茶色かったんだろう?」
「もしかしてあれはバファリンだった? じゃあ変色していた半分は優しさ? それとも優しさ以外? ……やっぱり優しさだ。古くなりすぎてもう飲んじゃいけないってことを教えてくれたんだから。ありがとう」
などといい話風にしめようとしましたが、そういう問題じゃないですよね。古い薬はマメに捨てろ自分。命に関わる話だぞ。
とまあ、そんなことが起こってしまうくらいシロイは、普段薬をのみません。子供の頃住んでたエリアが洒落にならないど田舎で
「週に一回しか開かない診療所に皆が群がる」
というすんごい環境だったせいで、もう医者とか薬とかが砂漠の蜃気楼で垣間見るオアシスみたいな感覚なんですよねある意味。そんなわけではちみつ生姜湯だのネギだの、民間療法につい頼ってしまいます。
対照的にセキゼキさん(仮名)は、よく薬をのみます。もともと頭痛持ちなんだそうで、解熱鎮痛剤のたぐいはいつもしっかりと常備しています。
「眼精疲労で頭痛が酷い。痛み止め飲んでおこう」
などと言いながら錠剤を出してくるセキゼキさんを見ると私は最初の頃、
「うわー文明人だなあ」
と思っていました。やっぱり23区育ちは違うなって。眼精疲労が原因とかきくと、
「仕事がんばってるんだなあ」
と感心したりして。
以前の職場にリーダーのカサキさん(仮名)という方がいらしたのですが、この人もよく鎮痛剤を飲む人でした。
「カサキさん、お加減わるいんですか? 早めに帰られては?」
「おれ、もともと頭痛持ちだから、疲れるとどうしてもね。これくらいじゃ帰るわけにはいかない。シロイさんは頭痛とかないんだ? 羨ましいなあ」
などという会話をして、その都度
「カサキさんもお仕事がんばってるからなあ。みんな薬飲んでがんばって偉いなあ。都会育ちなんだなあ」
とか思っていました。健康体で特に辛さもなく仕事をしている自分に、謎の後ろめたさすら感じていました。
そんでまあ、カサキさんは当時私の隣の席だったのでしょっちゅう痛み止めを飲んでいるのがわかりまして、辛そうなのにがんばって偉いなあ、それにしても最近ほんとよく薬飲んでるなあなどと思っていましたらある日、メンタルを病んで仕事に来れなくなってしまったんですよね。
セキゼキのかばんから鎮痛剤の空き箱と空のシートがごっそり出てきた時、私は
「疲れた……」
とため息をつきながら痛み止めを飲んでいたカサキさんの姿をまず思い出しました。
解熱鎮痛剤の箱を見てみますと、一度服用したら数時間は空けてから次の薬を飲むようにという注意書きがあります。
この注意書きをきちんと守っていれば、セキゼキさんが短期間でこれほど大量に解熱鎮痛剤を消費することはありえません。
思い返すとカサキさんもやはり、あるべき間隔をぶっちぎってやたらしょっちゅう薬を飲んでいた気がします。普段自分が薬を飲まないせいで、私はそのことに気づいていませんでした。
何がどうなっているのか全然わからないけれどやっちゃいけないハイペースでがぶがぶ鎮痛剤を飲んで頭痛に耐えているという二人の共通点は、私をひどく不安にさせました。
その頃の私はまだ知らなかったんですが、頭痛ってのはウツの初期の兆候の一つなんだそうです。
薬を飲んでも全然よくならない頭痛に悩まされて内科を受診したらウツだった、などというケースも珍しくないそうで。
メンタルの不調というと気持ちの落ち込みとか不眠とかそういうものをまず想像しますが、身体と心は密接に繋がっていますから。心の不調が身体に出ることもあるわけです。
カサキさんもセキゼキさんもしょっちゅう痛み止めを飲んでいた時点で既に、精神状態は悪化していたんですよね。
思い返すと病気発覚直前の二人の共通点としては、やたらしょっちゅう「疲れた」とか「肩がこった」と口にしていたんですけれども、これもウツの初期の症状だったりします。
ちなみに、ウツの頭痛には市販の解熱鎮痛剤は効きません。だからこそ彼らは全然よくならない頭痛に苦しんで、薬をやたらとしょっちゅう飲んでいたわけです。
そこまで薬が効かない時点で自分の異常に気付こうよという気もしますが、ウツの症状の一つに「病識(自分は病気であるという自覚)がない」というのがあるってのが、いっそう事態を厄介にしてるんですよね。
あの頃の職場で病んでしまった人はカサキさんだけではありませんでした。大体三ヶ月に一人のペースで心を病む人が現れ、空っぽの机がぽこぽこと増えていきました。
いつもね、なんとなくそうなる前に違和感はあるんです。あれこの人なんか前と違うなって、心配になるんです。
でも、知識がないとそういう違和感を行動に結びつけることができないんですよね。心配だなーって思っているだけでは事態は何も変わりませんから。結局、壊れるかな壊れるかなやっぱり壊れたって思うことを繰り返すだけ。
もちろん、
「最近メンタル病んでません? カウンセリングか精神科に行ったほうがいいのでは?」
なーんてことはフツー、職場の同僚には言えませんけど。すげー失礼だと思われるでしょうし。
親しい間柄だったセキゼキさんに対しては何度も強めに精神科受診をすすめたんですけど、ただ怒らせて終わりました。
そういうもんです。言えないし、言っても怒らせるし、だから何も予防することはできず悲劇は予想通り起きてしまうのです。
でもまあ、
「どうせ言っても嫌がられるんだからウツの初期症状についての知識なんてあっても無駄」
ってことにはならないんですよね。
知識があればこそ、相手をうまく気遣えるってことがあるわけですから。当時の私は知識がなかったからこそ、闇雲に精神科受診をすすめることしかできなかったわけです。振り返ればなかなかの悪手でしたね。
今だったらたとえば頭痛をとっかかりにして総合診療科の受診をすすめるとか、そういう手が思いつきます。
総合診療科というのはあえて専門を絞らず、診断のついていない患者さんの症状をみて、どの専門科で治療を受けるべきか診断する科です。
精神科受診を嫌がる人であっても、総合診療科の受診であれば受けてくれる可能性が高いですからね。頭痛外来をすすめるってのもいいと思います。
総合診療科にせよ頭痛外来にせよ、まだやっている病院が少ないのが難点ですけれども。
内科のお医者様がウツに気づいてくれるときもあるわけですから、とりあえず病院に行きましょう、とすすめてみるだけでもよいと思うのです。
薬じゃ効かない頭痛がずっと続いているようだったらとにかく病院に行くのがいいと思うんですよね。精神的な問題じゃなくて脳の器質的な疾患が原因だったりしたら、なおさら危なくて一刻を争うわけですし。
頭痛が続いたらまず病院! を合言葉にやっていこうではありませんか。