ハッピーエンド・ミステリー

ミステリというものはほぼ必然的に殺人が行われるジャンルであり、本来的にハッピーエンドはありえないといってもいいでしょう。
犯人がわかって事件が解決したとしても、殺された被害者は戻ってこず、被害が回復することはないからです。


ただ、そうはいっても物語上、ハッピーエンドになるミステリとバッドエンドになるミステリがあります。
※以下、横溝正史の『獄門島』『犬神家の一族』『八つ墓村』のラストに触れています。

獄門島 (角川文庫)

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犬神家の一族 金田一耕助ファイル 5 (角川文庫)

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横溝による金田一耕助シリーズの中でも、『獄門島』と『犬神家の一族』は特によく似たストーリー構成を持っています。
どちらも、富豪の跡取り争いに関して殺人事件が起き、殺害状況は「見立て」になっています。
これは、『犬神家の一族』の掲載誌「キング」編集部から、「『獄門島』みたいな、殺しの一つ一つに意味のあるものを」という注文があったことから生まれたことです。


もう一つの共通点として、「被害者が同情されるべき人間として描かれていない」ことが挙げられます。
『獄門島』の被害者である月子・雪子・花子の三姉妹は、美しいが白痴で、兄や妹が死んでもほとんど関心を寄せない、人格的にも破綻した人物です。
『犬神家の一族』の佐武と佐智は、ともに珠世を強姦して跡継ぎの座を強奪しようとしており、もう一人の被害者である静馬は、さらに悪辣なやり口で犬神家を乗っ取ろうとする極悪人です。(古館弁護士のことはとりあえず忘れよう)


そして、『獄門島』では戦争から復員してくるはずの一(ひとし)に、『犬神家の一族』では一族の惣領であり珠世の恋人でもある佐清に、一族の跡を継がせるべく殺人が行われました。


しかし、ラストで両作はまったく対称的な終わりを迎えます。


『獄門島』では、生還するはずだった一が実は戦死しており、一連の殺人はまったく無意味だったことがわかります。
このため、三人の犯人のうち一人はショック死、一人は発狂、一人は失踪してしまいます。注目すべきは、犯人たちは被害者に対して申し訳ないという感情をまったく持っていないことです。あくまで、鬼頭嘉右衛門の呪詛にも似た遺言を実現できなかったことにショックを受けてのことです。
金田一耕助の淡い恋も破れ、物語はまったくのバッドエンドを迎えることになります。



これに対し『犬神家の一族』では、本物の佐清が無傷で帰還し、殺人の実行犯である松子は満足して自決、佐清と珠世が結婚して犬神家の跡を継ぐことが暗示され、幸福な未来を予見させるハッピーエンドを迎えるのです。
金田一耕助を狂言回しと考えるならば、物語の主人公は犬神佐清と考えられるからです。
冷静にツッコミを入れるならば、殺人の果てに後継者が決まるような一族に未来があるかどうかは疑いが残るところですが、あくまで物語上はハッピーエンドとなります。



実は『八つ墓村』も、映画しか知らない人は意外に思うかもしれませんが、原作はハッピーエンドを迎えます。


この作品は、寺田辰也を主人公として、彼の一人称で書かれています。
32人殺しの息子と呼ばれ、殺人の嫌疑をかけられ、あげく暴徒に襲われと散々な目に遭う辰也ですが、よく見れば被害者たちは彼には縁もゆかりもない人ばかりであり、最終的には、実の父と再会して、32人殺しの要蔵の息子でないことがわかり、鍾乳洞では莫大な財宝を発見し、愛する妻まで得るのです。犯人の森美也子には、破傷風で苦しんで絶命するという天罰が下ります。田治見家は慎太郎が跡を継ぎ、しかも八つ墓村には良質の石灰があるため新たな産業まで開発されるというおまけつきです。陰惨な印象のあるこの作品ですが、ラストはこれ以上はないというほどのハッピーエンドです。


なお、この作品において金田一耕助は、美也子には夫を毒殺した疑いがあるという読者に提示されない情報を持っており、ミステリとしては致命的なアンフェアさを抱えていることを付け加えておきます。


ちなみに、1977年のテレビドラマ版ではこのラストがまったく反転し、洪水で八つ墓村が流失し、辰也も鍾乳洞で溺死するというすさまじいバッドエンドを迎えています。

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さて、このように、ミステリにおいてもハッピーエンドとバッドエンドがそれぞれ成り立つことがわかります。
被害者が、主人公にとってさほど同情すべき人物でないことと、生き残った人々が事件を乗り越えて未来へ進めることが、それを分けるポイントになります。





何日か前に、デヴィッド・フィンチャーの『セブン』がハッピーエンドかバッドエンドか、という議論がありました。

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主人公がサマセット刑事(モーガン・フリーマン)一人ならば、その解釈は正しいかもしれません。
サマセットは「『世界は素晴らしい、戦う価値がある』後半には賛成だ」と言い、この事件を乗り越えて生きていく覚悟を見せます。ミルズ刑事(ブラッド・ピット)の妻(グウィネス・パルトロウ)は、彼にとっては縁もゆかりもありません。サマセットに限っていうならば、ハッピーエンドといえます。

しかし、ミルズを主人公の一人と考えるならば、これは到底ハッピーエンドとは受け取れません。
他の被害者と違い、ミルズの妻には何の落ち度もなく、観客から見ても、同情すべき人物だからです。


ハッピーエンド派の人は、ミルズが妻の死を受け入れ、復讐することで殺人犯になることも受け入れ、「憤怒」ではない感情によってジョン・ドゥ(ケヴィン・スペイシー)を射殺しているから「七つの大罪」殺人は完成しなかったし、ミルズは罪を受け入れているから事件を乗り越えられる、と考えているようです。


しかし、「憤怒」ではないとする根拠が「冷静な顔をしていたから」というのではいかにも薄弱です。
怒りが頂点に達したとき、ゆがんでいた表情が一転して無表情になるという演出は、映画のみならず小説や漫画でも一般的によくみられるものです。
怒った顔をしていなければ怒ってはいない、というのはゆでたまごレベルの話です。

『新必殺仕置人』最終回を知っている人は、手を焼かれた念仏の鉄(山崎努)が振り返る場面を思い浮かべるといいでしょう。
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一見冷静な表情で、焼けただれた右手をかざす鉄の姿に、込められた激しい怒りを感じなかったでしょうか? それとも、鉄は隠れキリシタンで、辰蔵(佐藤慶)の罪をも背負う覚悟だったのでしょうか? そんなはずはありませんね。

『セブン』のあまりの陰惨さに、プロデューサーは、箱の中身を犬の死体にしろと指示したと言われています。
しかし、そうしていたとしても、ジョンを射殺したあとで箱を開けてみたら犬だった、というのでは『獄門島』パターンでこれまた救いがないバッドエンドになりますね。


やるせなさでいえば、箱の中身が犬だったほうが、ミルズ刑事の後悔は深くなるでしょう。
しかし、観客に与える後味の悪さでいえば、やはり生首でなければなりません。生首の持つ禍々しい磁力が、この物語を締めくくるには必要です。


その結果『セブン』のラストが与えたインパクトは大きく、2007年のアニメ『School Days』にまで影響を与えています。

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引っ張るだけ引っ張って、いまさら「Nice boat.」で落とすのかよ! と言われそうなので、明日に続けようと思います。

明日のテーマは「『男たちの挽歌2』はハッピーエンドなのか?」にしよう。

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