「漫画の神様」も労働者だった:『ブラック・ジャック創作秘話』

さて、『ブラック・ジャック創作秘話』です。

手塚治虫が『ブラック・ジャック』を執筆していた当時のエピソードを、関係者の証言を交えて再現するという、近年はやりの「漫画家漫画」の一篇ですが、なにしろ題材が手塚治虫。すでに語りつくされた感のある「漫画の神様」をどう描くか、制作側も頭をひねったのでしょう。これまでに語られてきた手塚治虫像というと、
  • 藤子不二雄Aが『まんが道』で描いたような、人格者としての手塚
  • 石ノ森章太郎や大友克洋に嫉妬していた、大人げのない手塚
  • 殺人的な仕事量のため、仕事場から逃亡したり無理難題を言ったりして編集者を困らせる手塚

などの面がクローズアップされてきました。いずれも、「芸術家」としての性格が強く出ています。


しかし今回の漫画は、泥臭く垢抜けない吉本浩二の絵柄によって、リアリティを持った「労働者」としての手塚治虫を描いているのが新鮮です。

この絵を説明なしにいきなり見せられて、「手塚治虫だ」と思う人はおそらくいないでしょう。


『ブラック・ジャック』を連載していた当時、手塚治虫は四十代後半。加齢臭が漂う、コ汚いオッサンとしてのリアリティが充分に描かれていますね。


ただし、吉本浩二の似顔絵がさっぱり似ていないという絵柄上の欠点も考慮する必要はありますけどね。


だって、永井豪ちゃんなんてこんなだよ。

あんな似せやすい人なのに、この絵はねえわぁ。


まぁ、豪ちゃん先生自身も、自伝漫画『激マン!』では自分を似ても似つかないイケメンに描いてますけどね。

激マン! 1 (ニチブンコミックス)

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今回の『ブラック・ジャック創作秘話』でとくに印象的だったのが、小学館の新人賞を受賞した西岸良平の『夢野平四郎の青春』を手塚が褒める場面。

『夢野平四郎の青春』は、かつて売れっ子だったものの老いてセミリタイア状態にある漫画家を主人公としています。主人公は、旧作の復刻はベストセラーになるものの新作は出版社から相手にされず、むなしい日々を送るのですが、これは劇画ブームに押されて人気が低迷していた手塚をモデルにしているとしか思えません。そんな作品を褒めるあたりは、手塚の度量の大きさを物語るエピソードというべきか、それとも、虫プロ倒産のイザコザで東奔西走していた自分と、アパート経営で悠々自適の「夢野平四郎」を重ねる発想がそもそも手塚には浮かばなかったのか。何はともあれ味わい深いエピソードであります。