コラプシウム

コラプシウム (ハヤカワ文庫SF)

コラプシウム (ハヤカワ文庫SF)

 表紙が好評なのか不評なのかよくわからないウィル・マッカーシイの『コラプシウム』ですが……これ、面白いよ! 同じ作者の『アグレッサー・シックス』が愉快な設定の割にショボショボだったので、たいして期待もせずに読み始めたんだけど、だいぶ株が上がりました。
 主人公は表紙の女の子じゃなくて、引きこもりの学者です。コミュニケーションスキルとか超低いんだけど、以前人類社会を一変させるものすごい発明をしたばっかりに、人類の危機が訪れるたびに救世主として無理矢理引っ張り出されるという。でも頑張るのよ、この人が。社会性の低さで何度も凹みながらも、めげずに人類の危機に立ち向かう。表紙の女の子はたしかに出てくるし、たしかに萌えキャラっぽい造形をされてるんだけど、明確に脇役。いいキャラだと思うんだけどね。
 話の主軸になるのは、コラプシウム、ウェルストーン、ファックスという、3つの魔法のようなテクノロジーです。コラプシウムは「マイクロ・ブラックホールをグリッド状に配置し安定させた超光速伝導物質」。つまり、この物質中を通ると光速を超えられる。ちなみにこれを発明したのが主人公。ウェルストーンは命令次第でどんな物質にも変わる可塑性物質。ファックスは物質転送装置、しかも通過時に病気や怪我を治してくれるおまけつき。組み合わせるとどういうことになるかというと、コラプシウムのネットワークに接続したファックスにウェルストーンの原料ボックスをくっつけておけば、どんなものでもファックスから作り出せる。もちろん人の行き来も自由自在で、ファックスデータ化した人間はコピーもとり放題。遠未来テクノロジーの大盤振る舞いが楽しいです。作者が工学畑なので、これらのコアテクノロジーは理論的にも考察されています。特にウェルストーンについては実現可能だと考えているみたい。
 天才的な頭脳を持つ学者が知恵と(なけなしの)勇気で危機に立ち向かうお話は、なかなかリーダビリティも高く、楽しんで読みました。どこかシェフィールドを連想する作風で、そう思って見ると第一長編がぱっとしないのもそっくり(『プロテウスの啓示』のションボリ具合といったら……)。
 なお、この物語では太陽系は「ソル女王国」と呼ばれていて、南太平洋はトンガの女王が君主として祭り上げられています。同名のシリーズが4巻まで刊行されているらしく、これなら続きが出ても買うなあ。あざとい表紙で敬遠している人にこそ、ぜひにとお勧めしたい真っ当なSFであります。