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矢口史靖監督作品『ハッピーフライト』映画ネタバレ感想

■あらすじ『機長昇格を目指す副操縦士の鈴木和博(田辺誠一)は、乗客を乗せた実機での最終訓練に挑もうとしていた。そんな彼が乗り込む飛行機は、ホノルル行き1980便。ただでさえ緊張しているところへ、試験教官が威圧感バリバリの原田教官(時任三郎)に急遽変更となったことで、その緊張は早くも頂点に。一方、同じ便にはこれが国際線デビューとなる新人キャビンアテンダント、斎藤悦子(綾瀬はるか)の姿も。そして、空港カウンターではグランドスタッフの木村菜採(田畑智子)が乗客のクレーム対応に追われていた。そんな中、突然1980便に予想外のアクシデントが発生!果たして彼らの運命は…!?「ウォーターボーイズ」「スウィングガールズ」の矢口史靖監督が航空業界の舞台裏を軽やかに描くエンタテインメント・アンサンブル・ドラマ!』


※この記事にはネタバレがあります。未見の人はご注意を!


本日、土曜プレミアで『ハッピーフライト』が放映されます。監督は、『WOOD JOB!(ウッジョブ)〜神去(かむさり)なあなあ日常〜』で林業の世界をユーモアたっぷりに描いた矢口史靖さん。矢口監督といえば『ウォーターボーイズ』や『スウィングガールズ』などの青春ドラマが有名ですが、僕は『ハッピーフライト』が一番好きなんですよね。

この映画は、パイロット、キャビンアテンダント(CA)、グランドスタッフ、ディスパッチャー、整備士、管制官など、航空機の運航に関わる様々な専門職の活躍ぶりを描いた、いわゆる”スペシャリストたち”の物語です。航空業界で働く人々は普段どのような仕事をしているのか、その業務の裏側を具体的な描写を通してしっかり見せているところが最大のポイントでしょう。

と言っても堅苦しさは全然無く、真剣に業務をこなしている場面でも、個性豊かなキャラクターたちのおかげで「常に可笑しい状態」になっているのですよ。基本的に、登場人物が多い映画は内容が散漫になりがちなんですけど、本作はメインのストーリーが”副操縦士の鈴木”と”新人CAの斎藤”と”グランドスタッフの木村”、この3人のドラマを中心に進行するため、あまりゴチャゴチャとした印象は無く、スッキリまとまっていました。



そんな矢口映画の特徴は、とにかくディテールが細かいこと。例えば、鳥が飛行機に衝突する事故(バードストライク)の被害を防ぐために空砲で威嚇する専門の業者がいるということを示したり、昼食で二人のパイロットに同じメニューが配られた際、「同じ物を食べて二人とも食中毒になったらどうするんだ!」と怒る場面があったり、こういうシーンを見る度に「お〜、なるほど。確かにそうだよなあ」と感心するわけです。

しかもこれらが単なるトリビア的な小ネタじゃなくて、後にトラブルを引き起こす伏線になっているところも凄い。例えば、バードパトロールが邪魔をされる ⇒ 鳥が飛行機に激突してピトー管が破損 ⇒ エアースピードが検出できずエマージェンシーを発令、とか。

他にも、グランドスタッフがオーバーセールの対応策として客の座席を変更 ⇒ 本来は機内に持ち込みできない大きな荷物を無理矢理持ち込む ⇒ 機体が揺れて荷物が落下 ⇒ それを受け止めようとしてパイロットが腕を負傷する ⇒ 不慣れな副操縦士が操縦することになって大ピンチに!みたいな感じで、アクシデントが連鎖反応的に拡大していく様子がピタゴラスイッチみたいで実に面白いんですよね(笑)。

また、ジャンボジェット機が発進するまでの段取りをきちんと描写しているところもメカマニアには嬉しいポイント。「You have」「I have」のやり取りやギアアップの手順。さらにバードストライクにビビったコーパイが雲へ突っ込み、ピトー管に水分を付着させ凍結エラー発生、左右のピトー管を切り替えてエラーを解除するまでの流れもスムーズに見せてくれます(「パイロットが通信回線を間違えて喋り続ける」という航空業界ならではのミスにも笑いましたw)。

こういう特定の専門分野を描いた物語の場合、どうしても観客の日常からかけ離れたマニアックな映画になりがちなんですが、あくまでも「彼らにとってはこれが日常」というスタンスを徹底しているところがいいですね。日々発生する様々なトラブルを「やれやれまたか」みたいな感じで淡々とこなしていく姿が、プロフェッショナルとしての美学を感じさせます。

そして、いざ一大事が起こった時には各部署のエキスパートが一致団結して事態の解決を図るために奔走するわけですよ。その姿のなんたるカッコ良さ!

さらに凄いのは、映画の舞台となる空港や格納庫などが、ほぼ全て本物の施設で撮影されたという点でしょう。こういう映画の場合、セットを使用するパターンが多いのですが、今回セットが作られたのはコクピットとオペレーション・コントロールセンター(OCC)と管制塔のみ。普段、一般人は立ち入ることができないステーション・コントロール・ルームや客室部までも、特別に撮影許可が下りたそうです。

また、ジャンボ機内のシーンはANAの全面協力の元、本物のボーイング747(通称ダッシュ400)を借り切って撮影したそうですが、雑音が入るのでクーラーが使用不可にもかかわらず、窓を開けられないため換気もできないという最悪の環境だったとか。

おまけに、窓から差し込む太陽光を再現するために大量のライトを当てていたため、撮影現場はサウナ状態に!役者やスタッフは全員汗だくで大変だったようです。

しかし、徹底的にリアリティを追求するため、製作側はあくまでも本物の現場で撮影することにこだわりました。そして日本映画史上で初めて東京国際空港第2旅客ターミナルや関西国際空港、ANA機体整備工場等にて大規模ロケを敢行。さらに、2年間にも及ぶ入念なリサーチを続け、空港で働いている人から様々なエピソードを聞いたおかげで、脚本に揺ぎ無い説得力が生まれたのです。

ただし、リアリティを追及する一方で「事実と異なる描写」もいくつか見受けられました。例えば、パイロットたちが会話しているマイクはとても感度がいいので、本物のパイロットが話す場合はもっと小声(ほとんど聞き取れないぐらいの音量)で喋っているそうです。

でも、映画でそれをリアルにやってしまうと観客に伝わらないから、わざと普通の声で話しているとか。また、ほとんどのパイロットは紫外線防止のため飛行中にサングラスを着用してるんですけど、役者の目線が分からなくなるので、これも映画では使っていません。

こういう「映画的なウソ」は意外と多いようですが、「観客に分かりやすく伝えること」を優先した娯楽作品の場合、「必要なウソ」と言えるんじゃないでしょうか。それと同じく、「難しい専門用語をどれだけ分かりやすく観客に伝えられるか」という点に関しても苦労したらしい。

例えば、ピトー管などはわざわざ現物を見せて詳しく説明していましたが、実際に現場で働いている人たちは当然知っているはずなので、劇中のようなシチュエーションはまず有り得ません。他にも「オーバーセール」とか「エア・ターン・バック」とか「ローカライザー」とか、聞き慣れない専門用語が次々に出てくるので、それらをどうやって自然に説明するか(あるいは敢えて説明しないか)に悩んだそうです。

説明シーンが多すぎると不自然に見えるし、かと言って説明が少なすぎると、クライマックスの「すげえ!ILSに乗っけちゃったよ!」と驚嘆する場面みたいに、知らない人が見たら「なんのこっちゃ?」と理解できないシーンが増えてしまうのでバランスが難しいんですよねえ(ちなみにILSとは、地上から航空機に指向性誘導電波を発射し、視界が悪いときでも安全に滑走路まで誘導するシステムのこと)。

ただ、この映画はリアリティを極めた「ドキュメンタリー・タッチの航空サスペンス映画」ではなく、あくまでも「コメディ映画」として、普段知る事のない航空業界の裏側とか、色々な専門分野で働く人の苦労話とか、そういうエピソードの積み重ねによって「ちょっとした知識を獲得できる」ところに価値があると思います。

なので「リアルな航空サスペンス」や「感動的なドラマ」を期待した人は肩透かしを食らうかもしれませんが、「ゆる〜い業界コメディ」プラス「ANAの広報ビデオ」ぐらいな感じで気楽に観るのが正しい鑑賞スタイルなんじゃないでしょうか(笑)。

あと、魅力的なキャラクターたちと、それを演じている役者さんもまたバラエティ豊かで楽しませてくれました。田辺誠一、時任三郎、綾瀬はるか、吹石一恵、田畑智子、寺島しのぶ、平岩紙、中村靖日、肘井美佳、竹中直人、ベンガル、田中哲司、小日向文世、柄本明、笹野高史、田山涼成、岸部一徳など(敬称略)、錚々たる面子が勢揃いしています。

ちなみに、田中哲司さんが演じた小泉は「ライン整備士」の役なので、実際に飛行機が離着陸している現場で撮影しているんですけど、周囲のエンジン音がうるさくて大変だったそうです。一応、騒音防止のヘッドフォンをつけていますが、そうすると目の前にいる役者さんのセリフも聞こえないので「上手く芝居が出来ないし、監督の指示も良く分からなかった」とのこと。

そのため、「出発する飛行機に向かって手を振る」というシーンを撮影する時、間違えて予定よりも早く手を振ってしまったそうです。しかも通常ならNGになるはずなのに、本物の飛行機が飛び立つ場面だから撮り直しも出来ません。「現場でも”田中さん!早い早い!”って言われてたんですが、もうどうしようもなくて(苦笑)」と非常に申し訳なく思ったらしい。

ところが完成した映画を観てみると、なぜか抜群のタイミングで手を振っているんですよ。田中さんはビックリして、「もしかして他の人で撮り直したんですか?」と矢口監督に聞いたところ、「CG処理でタイミングを調節したんです」とのこと。なんと、CGで田中さんの動きだけを遅くしたのだそうです。田中さんは「デジタル技術があって本当によかった(笑)」と一安心だったそうですが、ずいぶん細かいところまでこだわってるんですねえ。


あと、田辺誠一さん演じる副操縦士の三枚目ぶりや、綾瀬はるかさん演じる新人CAの天然ボケぶりも非常に面白いんですけど、個人的には地上勤務で頑張っていた田畑智子さんと平岩紙さんのデコボコ・コンビが一番可笑しかったなあ(笑)。この二人が働いている空港って凄く楽しそうですよね。

田畑智子さんが演じた木村は「グランドスタッフ」の役で、クレーム対応やゲートへの誘導、カウンター業務など数多くの仕事をこなし、常に空港内を走り回っています。なので、田畑さんもかなり撮影が大変だったらしい。特に苦労したのは「スーツケースを間違えて持って行った乗客を走って追いかける」というシーン。

ここで木村は転んでしまうんですが、田畑さんはグランドスタッフの装備品としてトランシーバーを胸の前に下げていたため、その上に倒れる形になってしまったのです。その瞬間、「痛い!」と思ったそうですが、1回でOKにならず何度も撮り直すことに…。

どうにか我慢して続けたものの、後で病院へ行ったら「肋骨にヒビが入ってます」と言われてビックリ!田畑さん曰く「全治1ヶ月でした(笑)。咳をするだけで”ウッ”となるし、本当に大変でしたが、ヒビが入ったのが撮影最終日で良かったです(笑)」とのこと(すごい根性…)。

また、OCCのディスパッチャー(運航管理者)役を演じた肘井美佳さんも気になった女優さんですね。普段はバリバリと仕事をこなし、上司の岸部一徳さんにも平気で物申す強気なお姉さんキャラですが、台風の影響でフライトプランが急に変更になったことをパイロットから責められると、一転ふてくされた表情に↓


可愛い!このギャップがたまりません(^_^)


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