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夏の蔵出しシリーズ?豪徳寺~松陰神社あたり、ブラリ散歩 最終回

こう暑い日が続くと、外に出る事も危険になるので?!過去にため込んだ写真を「蔵出し」して当座をしのぎます。(笑) 実は記事にするのを忘れていたものがたくさんあったりして?(^▽^;) 

東京世田谷区 豪徳寺(ごうとくじ)~松陰神社(しょういんじんじゃ) 
ブラリ散歩 ③最終回 代官屋敷・松陰神社・国士館大大講堂など 


撮影:2024年1月27日 Canon PowerShot G3X 

世田谷区豪徳寺ブラリ散歩アクセスマップ


1 さて、豪徳寺・世田谷城址を出て、そのまま南へ行き、東急世田谷線を越えていくと、「ボロ市通り」に出ます。「ボロ市通り」を東へ行くとすぐに右手に「代官屋敷」の表門が見えてきます。
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2 この表門も茅葺の堂々とした作りです。昭和53年に住宅建造物としては都内で初めて国の「重要文化財」に指定されました(主屋と表門) 桁行7m、梁間3.7m、寄棟造りの長屋門です。
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3 ボロ市通りにある、代官屋敷石標
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4 現地解説板
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5 代官屋敷主屋の北側出入口(式台玄関) 主屋は、元文2年(1737年)に建てられ、宝暦3年(1753年)に大規模な改築が行われたそうです。現在の建物は昭和42年に当時の姿に再現されたものです。
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6 土間の上部の梁などの構造です。複雑に材を組み合わせて高い屋根を支えていますね!!
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7 竈(かまど)の辺りです!
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8 この提灯は最近のものでしょうが、このような提灯が掲げられていたのでしょう!主人の大場氏は、寛永10年(1633年)に井伊家が世田谷領15カ村を拝領した際に代官として起用され、明治の廃藩置県まで代官職を務めました。
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9 代官屋敷主屋内部
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10 同上
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11 代官屋敷南側外観 桁行17.3m、梁間11m、寄棟造り かつては、書院座敷もありましたが、埼玉県の「新しき村」に移築されて現在敷地内には無いそうです!
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12 主屋の北西側にあった「白洲(しらす)」 こちらは、主に領内の名主が藩の役人に謁見する際に使用されていたそうです。大岡越前に出てくるお白洲とはチト様子が違いますね(^▽^;)
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13 代官屋敷の案内図です。屋敷の右(西側)には、郷土資料館が併設されています
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14 世田谷区立郷土資料館です
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15 郷土資料館前のスペースに石仏や石像物が集められたコーナーがありました
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16 亨保13年(1728年)建立の「庚申塔」、主尊は、青面金剛です。頭にはヘビがいますね。怒った憤怒相で三眼、一面六臂、、踏みつけている邪鬼の両側には二羽の鶏がいます。三軒茶屋在住の方が、昭和20年頃もらい受け寄贈されたものだとか。
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17 「庚申供養塔」です。建立は延亨4年(1747年)。正面に「庚申供養 西ハ大山道 講中八人 」と彫られています。旧大山道に面した駒沢二丁目にあったものが寄贈されたそうです。
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18 こちらは、資料館の前に建っていました。何だと思いますか?「衛兵詰所」だそうです。太平洋戦争中ウテナ株式会社の工場に置かれていました。この工場は、一時工場棟を陸軍の材料倉庫として利用されていたためだそうです。
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19 同解説板
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20 こちらは「火災報知器」ですが、ちょっと変わっています。実は、電信柱のように、道端に設置された「街頭型火災報知器」と呼ばれるものです。電話が一般家庭に普及するまで、この報知器が消防署への重要な通信手段だったそうです。電話が普及するに従い、使用件数が減少し、昭和42年に製造中止され、昭和49年までに全て撤去されました!!
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21 同上
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22 同上 
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23 同解説板
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24 郷土資料館内部の展示から、おなじみ縄文土器です(*^^*)!!中期の勝坂式、曽利式、加曽利式、土器や石器などが並びます
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25 「野毛大塚古墳(のげおおつかこふん)」  国分寺崖線上に、5世紀初頭築造された全長82mの「帆立貝型古墳」で、世田谷区最大の規模です。
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26 江戸時代の上水道に使われていた「木樋(もくひ)」(水道管)
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27 江戸時代の代官屋敷前の「楽市(ボロ市)」を再現したミニチュア模型 実ににぎやかだったか!
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28 「ボロ市通り」にある解説板 当初は1と6の日に開催され、月に6回開催の「六斎市(ろくさいいち)」だったものが、江戸時代には年に1度の12月15日開催の「歳の市」になり、明治期にはボロを扱うという意味で「ボロ市」という名前が定着したそうです。
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29 代官屋敷・郷土資料館を出て、松陰神社に向かいます。途中、立ち寄ったのは、国士館大学の資料が展示されているという、「柴田会館」です。
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30 「柴田会館」内部の資料館の様子です。
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31 設立当初の国士館大学の写真や絵があって興味深かったです(^▽^;)
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32 素敵なデザインの現在の国士舘大学世田谷キャンパス校舎です
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33 松陰神社近くで、これも素敵な建物を見つけました。アパート?でしょうか(^▽^;)
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34 「松陰神社(しょういんじんじゃ)」に着きましたぁ(*^^*)
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35 神社拝殿です!
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36 松陰神社の解説板
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37 「松陰先生の像」です(*^^*)
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38 「松下村塾(しょうかそんじゅく)」(山口県萩市にある)の模築(もちく)がありました。模築は各地にあるそうです(全国8カ所)が、人気なんですね。
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39 建物の内部です
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40 現地解説板
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41 境内に並ぶ「奉納灯籠」です。手前が山形有朋、次が伊藤博文のものでした。
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42 吉田松陰他の烈士の墓所です 中央が吉田松陰のもの。
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43 現地解説板
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44 徳川家が寄進した燈籠です 幕府によって破壊された墓所を木戸孝允が修復した際に、徳川氏から謝罪の意をこめて石灯篭と水盤が寄進されたそうです
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45 花手水です
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46 「徳富蘇峰(とくとみそほう)植樹の碑」 徳富蘆花の兄で明治の言論人。明治41年に自身が書いた「吉田松陰」発刊にあたって植樹を行った記念だそうです。
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47 「松陰神社道」の石碑、かつて旧大山道にあったものを境内に移築したそうです。
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48 1月の「松陰先生」のお言葉ですっ(^_^;)
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49 松陰を敬愛する「桂太郎の墓」が松陰神社の隣にありました
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50 現地解説板です。 桂太郎は、長州藩士で吉田松陰を敬愛し、現在の拓殖大(台湾協会学校)を創立しました。第一次桂内閣の首相、日露戦争の開戦を決定し戦争を主導します
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51 松陰神社近くの国士館大学「大講堂」です
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52 「大講堂」前に建つ「柴田徳次郎」の銅像です。柴田は国士館の創立者
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53 解説板です。柴田自身は、早稲田大学専門部に在学していたのですね。在学中に「青年大民団」を結成し、26歳で国士館を創立したようです
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54 国士館創立から2年後、1919(大正8)年に世田谷へ移転した際、建てられたものです。当時、日本近代化の流れに沿う西洋風の外観を避け、国士舘の教育の理念を体現するものとして、日本の伝統的な意匠で建設されたそうです。国士館を象徴する建物なんですねぇ。
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55 同上 完成当初は教場として使用されたほか、後年には各著名人による講演や式典の場としても利用されてきた。関東大震災や戦禍なども免れた創立期から唯一現存する建造物。(以上参照・オフィシャルサイトより)
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56 同上 内部
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57 同上 側面外観
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※今回もたくさんの写真をご紹介しました。最後までご覧いただいてありがとうございました。小田急線豪徳寺駅出発で梅が丘駅ゴールになりましたが、時間により立ち寄る場所を整理すれば、もう少しコンパクトに回る事も出来るかと思います。ぜひお出かけになってみてください。
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コメント

Re: タイトルなし

大原かずのり さん!こんばんは!

代官屋敷の茅葺屋根は、大変分厚い堂々とした力強い外観ですよね~!なるほど、住宅にして初めての重要文化財というのも分かるような気がしました。

国士館の大講堂は、中に入る事ができなかったので、窓ガラスから中を覗いて撮影しましたが、名前の通り体育館のような大きな空間を持った建物になっていました。確かに、考えてみたら中には柱が無いわけですから、屋根をどのように支えたのか面白いところですね。(*^^*)

あ、松陰神社の隣の国士舘の大講堂ですね。
失礼しました(;^ω^)

世田谷は名前はよく聞きますが全然土地勘ないです。しかし面白そうですね。
代官屋敷はあの素晴らしい茅葺屋根がなんともいい😀 身分の高い人の家にも茅葺きを使うのが日本建築の面白さでしょうが、真葺にして軒付けを分厚くして立派な外観に仕上がってますね。これが東京に残ってるとは知りませんでした!
松陰神社はやはり建築好きとしては大講堂!あの内部の大きな無柱空間は洋小屋組を使ったのかなと妄想します(^o^;) この頃は伝統的な外観の近代和風建築がたくさん出てきた頃でしょうが、細い柱に大きな無柱空間の組み合わせが多いように思います。気になる建築がまた増えました!花手水もみごとで🤗

Re: コメントありがとうございます

ぶらつと遡上探索 さん!こんばんは!

川からは離れてしまうのが難点ですねぇ。(^▽^;) 古民家は、そこにある歴史も含めて観るべきポイントがたくさんありますね。

多摩モノレールは、ぜひ乗車したいです。動画で撮影したいなぁ。 個人的にはぶら下がる方が好きですが、跨る方が見晴らしはいいですよね(^_^;)

多摩動物公園は、昔から坂が多い印象でしたが、やっぱりそうですよね。体力が求められる動物園ですね(笑)

遊びの森は、GOOGLEでも遊具を見る事ができました。おじさんには、命の危険がともないそうです(゚Д゚;)

レールランドは、一部のテッチャン向けなのかな?それほど、京王線に惚れているわけでもないしなぁ!パスかっ!

これから、探索に良い季節になって行きますね。無理をせずにやっていきましょう(*^^*)!!

コメントありがとうございます

こんばんはトリケラさん、拍手コメントありがとうございます。
Oh!世田谷城址の南に、良い場所が在りましたね、遡上範囲外でした(残念)。屋敷の天井が良い色に燻されていますね、歴史を感じます。郷土資料館も面白そうだな。

多摩モノレールは跨座型なので、気分的には懸架に比べて落下の恐れも少なく、見晴らしが良いので好きです。多摩動物公園、結構な坂が園内を縦横しており、無料のシャトルバスが嬉しいです。「あそびの森」は、お子ちゃま向けのアスレッチック施設、「京王レールランド」は親子で楽しむ鉄道テーマパークで、おじさん向けではありませんヨ(笑)。
台風一過で、遡上探索解禁です。風が強かったけど、暑さが飛び快適でしたが、久々だったので疲れました。

Re: No title

たいやきさん!こんにちは!

世田谷も広いですので、探せば面白いモンがたくさん出てきますね。国士館の大講堂は、たまたまGoogleマップで経路を探しているときに見つけました。まあ、こういう発見もよくあるあるで、楽しみでもありますね。

建物や遺構には、それぞれ歴史がありますから、楽しもうと思えば、いろいろな楽しみが転がっているということでしょうか。

こんな記事でも何かのお役に立てば幸いです。(*^^*)

Re: 世田谷散策

BUSYBEE-GAEI さん!こんにちは!

そうなんですよね~!茅葺屋根の更新は大変なことですからね。何年もかけて材料集めから始めるようです。また日頃の管理も大変で、朝霞の古民家は、茅葺のためにボランティアの方が定期的にかまどに火を入れて屋根を燻していました。

お白洲跡は、一部分だけ雰囲気を出して再現したのかと思いますが、どうもTVの時代劇のイメージがついてきてしまいます(笑)

街頭型火災報知器は、考えてみると私の子どものころあったかどうか?記憶に無いのですが、ベルの音も分かりませんね。
東京消防庁のサイトに記事がありました。
https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/libr/qa/qa_69.htm

柴田会館は、国士館創始者の柴田を記念して建てられたもので、資料館も当然国士館の歴史をたどるものばかりです。一般(私を含む)にはあまり面白くないのかなぁ?と思いました(^▽^;)

No title

変化があって楽しい散歩でしたね。
代官屋敷も行ったことがないんですよね・
世田谷の面白さはこのあたりにすべて詰まっている気がします。
お城に、代官屋敷。
歴史の流れが見えますよね。
実は国士館の講堂は知りませんでした。
どうも東京の大学は回ったつもりだったのですが、都心の大学にしか古い建物はないという先入観があったようです。
世田谷、おもしろいですね。

世田谷散策

ぶらり~と、一杯歩きましたね。
そうそう!!この「代官屋敷」は屋根が素晴らしい。
昭和42年に再現された現状をいつまで保てるか、
課題でしょうね。もうこのような造りに出来るほど、
材料が調達できないだろうし、作り手不足も心配です。
“お白洲”はテレビの時代劇と比較してしまいます
よね(^▽^;)。隣接の郷土資料館も興味深いですよね。
昔の「火災報知器」はどんなベルの音だったでしょう。
なんだかとんでもなく大きな音が鳴っていたような気が
します。電話の普及とともに姿を消したのですね。
「柴田会館」には入ったことがありません。
ご紹介、ありがとうございました。

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Author:torikera
季節の野草や身近な自然の写真のご紹介、トレイルランやポタリング、マウンテンバイクの記事、掘り出しモンCDアルバムなど音楽の話題、美味しい日本酒や蕎麦について、最近は庚申塔・石仏・富士塚・力石など石や塚などにも興味津々!とりとめのない記事ばかりですがよろしくお願いします。

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