コメント
Re: No title
バケツさん!こんばんは!
う~ん!さすがビジュアル派ですね。目の付け所が違います(笑)
最初は、何の事?かと思ったのですが、「旧田中」の文字ですねぇ~。
ガハハハッ、確かに□が一杯並んでおりました(^▽^;)
材木商だっただけに、ふんだんに木材を使用したようですよ。でもレンガも使いたかったのね~キット!
う~ん!さすがビジュアル派ですね。目の付け所が違います(笑)
最初は、何の事?かと思ったのですが、「旧田中」の文字ですねぇ~。
ガハハハッ、確かに□が一杯並んでおりました(^▽^;)
材木商だっただけに、ふんだんに木材を使用したようですよ。でもレンガも使いたかったのね~キット!
No title
こんにちは。
「旧田中」漢字文化のない人が見たら
縦線と□だけ。
なにこれ? え? 文字なの?
って言うんだろうな(笑)
内装は木造、外装はレンガ・タイルなんですね。
そう考えるとすごい建物だな~なんて。
「旧田中」漢字文化のない人が見たら
縦線と□だけ。
なにこれ? え? 文字なの?
って言うんだろうな(笑)
内装は木造、外装はレンガ・タイルなんですね。
そう考えるとすごい建物だな~なんて。
Re: No title
大原かずのりさん!こんにちは!
今でも十分にインパクトのある建物ですが、当時は相当目立ったでしょうね(*^^*)
この旧田中家住宅の特徴は、洋館と和館が併設されていることのようです。というのも、元々材木商で成功していた田中家ですので、設計者もレンガ造りの洋館だけにせず、木材を生かした和館と調和させるべく工夫をしたと考えられます。
別の見方をすれば、全てレンガ造りにして広大な洋館にしてしまったら、また別の風景になっていたのかと(;^ω^)
使用したレンガも、すべて近くで専用に製造させていたというのですからこだわりも違います。
天井周りの漆喰鏝絵と思われる装飾は見ごたえあります(^▽^;)
ぜひ大勢の方に見に来てもらいたい建物です!
今でも十分にインパクトのある建物ですが、当時は相当目立ったでしょうね(*^^*)
この旧田中家住宅の特徴は、洋館と和館が併設されていることのようです。というのも、元々材木商で成功していた田中家ですので、設計者もレンガ造りの洋館だけにせず、木材を生かした和館と調和させるべく工夫をしたと考えられます。
別の見方をすれば、全てレンガ造りにして広大な洋館にしてしまったら、また別の風景になっていたのかと(;^ω^)
使用したレンガも、すべて近くで専用に製造させていたというのですからこだわりも違います。
天井周りの漆喰鏝絵と思われる装飾は見ごたえあります(^▽^;)
ぜひ大勢の方に見に来てもらいたい建物です!
No title
これは凄い立派で、しかもモダンな雰囲気漂う家で!しかも3階建ては、当時は相当目立ったでしょうね。
当時はやはり、洋風の家は先進的で憧れの存在だったんでしょうね。我が家も古民家ですが、うちの場合は昭和初期に四間取りの1間に絨毯を引き、椅子を導入して臨時洋風の間を作ったそうです。もちろん旧田中家とは比較になりませんが^^;
天井の装飾は白漆喰の鏝絵ですかね。これは見事!^^
いつまでも大切に保存したい家ですね。
当時はやはり、洋風の家は先進的で憧れの存在だったんでしょうね。我が家も古民家ですが、うちの場合は昭和初期に四間取りの1間に絨毯を引き、椅子を導入して臨時洋風の間を作ったそうです。もちろん旧田中家とは比較になりませんが^^;
天井の装飾は白漆喰の鏝絵ですかね。これは見事!^^
いつまでも大切に保存したい家ですね。
Re: 川口の意外な側面
BUSYBEE-GAEI さん!こんにちは!
やはりこのような建物ができるのは、一定の財力が無いと無理な訳です。
主の田中家ですが、2代目はすでに材木や肥料で蓄えた財を生かし地主となり、4代目は、村長や県議会議員などもやり、材木商や味噌醸造で一気に財を蓄えた方のようです。いわゆる商才に長けた家系なのでしょうか。ちなみに,5代目も川口市長になっています。
都内に残る、屋敷や洋館も、ほぼ大名屋敷を引き継いだ華族の住まいだし、明治から大正になると、実業家・財閥たちの別荘や住居と姿を変えたり、新たに建てられたりするようになって、この時代を象徴する生きた歴史建造物ということなのでしょう。
そういう意味でも、未だに世襲議員が当たり前のように残っていたり、一定の資産・財産を持つ方が国や地方の政治の主導権を握って離さないという社会は、未だ成熟していない「化石」や「古物」の社会のような気がしてなりません(^▽^;)
やはりこのような建物ができるのは、一定の財力が無いと無理な訳です。
主の田中家ですが、2代目はすでに材木や肥料で蓄えた財を生かし地主となり、4代目は、村長や県議会議員などもやり、材木商や味噌醸造で一気に財を蓄えた方のようです。いわゆる商才に長けた家系なのでしょうか。ちなみに,5代目も川口市長になっています。
都内に残る、屋敷や洋館も、ほぼ大名屋敷を引き継いだ華族の住まいだし、明治から大正になると、実業家・財閥たちの別荘や住居と姿を変えたり、新たに建てられたりするようになって、この時代を象徴する生きた歴史建造物ということなのでしょう。
そういう意味でも、未だに世襲議員が当たり前のように残っていたり、一定の資産・財産を持つ方が国や地方の政治の主導権を握って離さないという社会は、未だ成熟していない「化石」や「古物」の社会のような気がしてなりません(^▽^;)
川口の意外な側面
川口にも豪商の立派な建築が残っているのですね。これは美しいです。
川口といえばキューポラ。でも、味噌屋さんとかいろいろな産業がひしめきあっていたのですね。
ガラスがとても気になりましたが、建造物も設えも、史実を探る資料も、見所いっぱい。
川口といえばキューポラ。でも、味噌屋さんとかいろいろな産業がひしめきあっていたのですね。
ガラスがとても気になりましたが、建造物も設えも、史実を探る資料も、見所いっぱい。
Re: No title
たいやきさん!!こんにちは!
川口市の文化財センター分館という形態で教育委員会の管轄になっているようです。
確かに、木造レンガ造りという特異的な建物ですし、デザイン性も高く味噌醸造との関係も深いので保存する意義があったわけですが、敷地内に「茶室」や「日本間」という「イベントルーム」も併設されているため、市民への還元も期待されるようです。
実際数年前に、私も和館1Fの日本間での講座に参加した覚えがあります。(*^^*)!!
川口市の文化財センター分館という形態で教育委員会の管轄になっているようです。
確かに、木造レンガ造りという特異的な建物ですし、デザイン性も高く味噌醸造との関係も深いので保存する意義があったわけですが、敷地内に「茶室」や「日本間」という「イベントルーム」も併設されているため、市民への還元も期待されるようです。
実際数年前に、私も和館1Fの日本間での講座に参加した覚えがあります。(*^^*)!!
Re: No title
keny72 さん!こんにちは!
地元でもあまり知られていないのかも知れませんね。川口の味噌醸造の歴史を考えるうえでも、とても興味深い建築物だと思います。
ぜひご訪問いただき、記事にしてもらえたら幸いです。(*^^*)!!
地元でもあまり知られていないのかも知れませんね。川口の味噌醸造の歴史を考えるうえでも、とても興味深い建築物だと思います。
ぜひご訪問いただき、記事にしてもらえたら幸いです。(*^^*)!!
No title
旧田中家住宅がいつのころからか公開されるようになったということは知っていましたが、川口市が取得したからだったんですね。
重要文化財の建物の保護は本当に大変だと、別の建物の所有者に伺ったことがあります。
全くお金が出ないんだとか。
ここは本当に幸せな形になったのではないかと思います。
埼玉県を代表する近代建築の一つですね。
重要文化財の建物の保護は本当に大変だと、別の建物の所有者に伺ったことがあります。
全くお金が出ないんだとか。
ここは本当に幸せな形になったのではないかと思います。
埼玉県を代表する近代建築の一つですね。
No title
こんばんは。
川口市にこんな素敵な旧宅があるとは知りませんでした。是非行ってみたいです!情報ありがとうございます(^^)
川口市にこんな素敵な旧宅があるとは知りませんでした。是非行ってみたいです!情報ありがとうございます(^^)
Re: No title
ytaka007さん!こんばんは!
川口駅からは少し離れていますのでバスや埼玉高速鉄道などを利用した方が便利ですね。
川口と味噌醸造は、なかなか繋がらないと思います。しかし、現在でも川口駅東口の新井商店(昔は味噌・酒店)さんは、最近「川口御成道味噌」という昔ながらの川口の麦味噌を復活させて販売しています(こちらのクラフトビールも有名です!)。
川口市は明治時代に麦の産地として知られ、東京から至近にあることも有って、川口で造られた味噌を東京へ水運で運び栄えたそうです。醤油の野田と似たような立地条件があったようですね。
写真41にあるように、川口市の南平(なんぺい)地区を中心に10余りの味噌醸造元が存在していました。現在は、すっかり衰退してしまっているわけですが、新井商店さんのようなチャレンジも始まっていて楽しみですね。(*^^*)
https://arainet.jp/miso/ (新井商店オフィシャルサイト)
川口駅からは少し離れていますのでバスや埼玉高速鉄道などを利用した方が便利ですね。
川口と味噌醸造は、なかなか繋がらないと思います。しかし、現在でも川口駅東口の新井商店(昔は味噌・酒店)さんは、最近「川口御成道味噌」という昔ながらの川口の麦味噌を復活させて販売しています(こちらのクラフトビールも有名です!)。
川口市は明治時代に麦の産地として知られ、東京から至近にあることも有って、川口で造られた味噌を東京へ水運で運び栄えたそうです。醤油の野田と似たような立地条件があったようですね。
写真41にあるように、川口市の南平(なんぺい)地区を中心に10余りの味噌醸造元が存在していました。現在は、すっかり衰退してしまっているわけですが、新井商店さんのようなチャレンジも始まっていて楽しみですね。(*^^*)
https://arainet.jp/miso/ (新井商店オフィシャルサイト)
No title
こんばんは、とりさん
旧田中家かなりなものです。
車でないと、の地理ですが、見せますよ。
旧田中家は、関東にもう一つあった記憶があるんですが。
味噌で上田の名称は説明を見ると長野県の上田とは全く関係ないわけでして。
ただ、川口の味噌は意外です。
駅近く東側のビルにも物産の紹介に確か味噌の展示があったと思うんですが?
川口産アルコール類もローカル的でいいですよね。
川口はキューポラだけではない、多彩な街です。
多くの写真で勉強させてもらいました。
旧田中家かなりなものです。
車でないと、の地理ですが、見せますよ。
旧田中家は、関東にもう一つあった記憶があるんですが。
味噌で上田の名称は説明を見ると長野県の上田とは全く関係ないわけでして。
ただ、川口の味噌は意外です。
駅近く東側のビルにも物産の紹介に確か味噌の展示があったと思うんですが?
川口産アルコール類もローカル的でいいですよね。
川口はキューポラだけではない、多彩な街です。
多くの写真で勉強させてもらいました。