(元)登校拒否系

反学校、反教育、反資本主義、反歴史修正主義、その他もろもろ反対

(その1) 美しい国の無責任の伝統――「慰安婦」国家関与否定と「権限への逃避」について



A: 日本の右翼がアメリカの新聞に意見広告を出したんだって。


B: え? 何の話?


A: コレだよコレ↓。


「慰安婦強制の文書ない」 日本の国会議員ら米紙に広告


 従軍慰安婦問題をめぐり、日本の国会議員有志や言論人らが14日付の米紙ワシントン・ポストに「旧日本軍によって強制的に従軍慰安婦にされたことを示す文書は見つかっていない」と訴える全面広告を出した。

島村宜伸元農水相、河村たかし氏ら自民、民主両党の国会議員ら計44人のほか、ジャーナリストの桜井よしこ氏、岡崎久彦・元駐タイ大使らが名を連ねている。4月下旬の安倍首相の訪米に合わせ、韓国人団体が同紙に「従軍慰安婦の真実」と題した全面広告を出したのに対抗し、「事実」という見出しをつけた。

 広告では、旧日本軍の強制を示す文書がないと主張し、逆に「強制しないよう民間業者に警告する文書が多く見つかっている」と訴えた。インドネシアで一部の部隊が強制的にオランダ人女性を集めるなど「規律が崩れていたケースがある」ことは認めたが、責任者の将校は厳しく処罰されたと説明している。

 そのうえで「慰安婦はセックス・スレーブ(性奴隷)ではなかった」と主張。公娼(こうしょう)制度は「当時の世界では普通のこと」として「事実無根の中傷に謝罪すれば、人々に間違った印象を残し、日米の友好にも悪影響を与えかねない」としている。

(最後だけ略)

http://www.asahi.com/politics/update/0615/TKY200706150143.html


B: へー。韓国でも日本でもなく、アメリカの新聞に出すってのがスゴイね。


A: あ、いや、それはね、この問題について日本政府に謝罪を求める決議がアメリカの議会に提案されてるっていう経緯があるらしい。で、これに関連して、日本政府がアジアで多くの女性の奴隷化と強姦を組織したことを指摘した上で、安倍ちゃんが政府の直接的な責任を否定したことを非難する意見広告が先に出てたんだって。同じ『ワシントン・ポスト』っていう新聞に*1。*2今回の意見広告は、それに対する反論になってるんだよ。


B: ふーん。日本のウヨクはどんなこと言ってるの?


A: これがその意見広告↓。


f:id:toled:20070617055511j:image




http://nishimura-voice.up.seesaa.net/image/thefact_070614.jpg (←より大きな画像)

http://dj19.blog86.fc2.com/blog-entry-83.html (←テキスト)


B: いや、いきなり見せられてもわかんないけど、英語だから。


A: まずね、見出しが”THE FACTS”ってなってるじゃん。


B: あー、「事実」っていう意味でしょ。それは中学英語で習う単語だね。中学校行ってないけど。むかし「進研ゼミ」のマンガで見たことがあるような気がする。あの、ダイレクトメールに出てるやつ。


A: そう、「事実」。でね、この意見広告よりも先に出ていた、日本の責任を追及する広告のタイトルは「従軍慰安婦についての真実」っていうものだったんだ。


B: 「真実」に対して「事実」を突きつけて反論するわけだね。


A: 日本のウヨクによる広告の前置きはこんな感じ↓。


……[日本の責任を追及する広告の主張は、]真実とは程遠いものでした。それは「事実」に基づいたものではなく、何か根拠があるとすれば、「信仰」の産物であるように思われました。日本の人民は、友好的民主国家として、強力で頼りになる同盟国として、アメリカに最高の敬意を有しています。しかし、民主主義が効果的に機能するためには、各市民が自分自身にとって妥当な結論を導くことができるように、言論や思想、学術研究、宗教の自由が保障されなければなりません。このことを可能にするため、誤った思い込みや歪曲、偏見、事実誤認ではなく、正しい事実に人々がアクセスすることが可能でなければなりません。


B: あははは。後半だけ見ると、100%正論だね。「しかし」以降は。なんか、戸塚宏の警察・検察・裁判批判を思い出した。*3あれを読むと、戸塚宏が法務大臣になれば日本の刑事制度もずいぶんとマシになるんじゃないかと思うよな。それと同じで、この意見広告を出した人たちが権力の中枢に座ればこの社会もちょっとは風通しがよくなるんじゃない? 自由って大事でしょ、やっぱ。


A: あ、いや、これの広告主は、主に自民党と民主党の政治家だから。まさに権力だよ。だいたい、自民党の正式名称って自由民主党じゃん。「じみへん」がなまってるわけじゃないんだよ。


B: そうかそうか。で、君はこの広告の何にイチャモンをつけたいわけ?


A: この広告は、「真実」に「事実」を対置した上で、前者を「信仰」の産物として否定している。


B: たしかにさっきの引用ではそうなってるね。でも、サヨクだって好きでしょ、「事実」が。この広告文を書いた人にしても、「真実」と「事実」を哲学的に比較してるんじゃなくて、反日勢力の掲げる「真実」なり「事実」なりが単純に間違ってるってことが言いたいんじゃないの? だったら、資料なり証言なりを出し合って、誰の言ってることが正しいかを争えばいいと思うけど。


A: もちろんそれはそうだよ。で、現にむしろサヨクの側が膨大な証拠を発掘してるわけ。アメリカではどうか知らないけど、日本のサヨクは文書や証言に基づいて、日本軍支配地域に組織的な性奴隷制度があったと考えている。で、多くの女性が強制的にそこで働かされていたって思ってる。これはサヨクの立場からすると証拠に基づく事実だ。


B: でしょ。だったら、今回ウヨクからこういう反論があったわけだから、お互いに「証拠」を出し合って議論すればいいじゃん。どっちの「事実」が正しいかってことをさ。


A: それは行われるだろうね。でもね、もしウヨクの「事実」に反論して、なおかつその点についてウヨクを納得させることに成功したとしても、ウヨクはまた別の「事実」なり「証拠」なりを出してくると思うな。たとえば、一昔のウヨクなら、そもそも「慰安婦」制度の存在自体を否定してなかったっけ? それが今では、そういう施設はあったけど、強制はなかったとか国は関与してないとかって言ってるんだからね。*4これは僕がサヨクだからこういう言い方をしてるけど、ウヨクの側からサヨクを見ても同じように思ってるんじゃないだろうか。


B: なるほど。モグラ叩きだね。


A: ま、そうだと言い切るだけの実証的調査をやったわけじゃないんだけど。僕は「事実」のレベルではサヨクの学者が言ってることの方が正しいと思ってる。でも実のところを言うとね、仮に万が一、サヨクが間違いで、ウヨクの「事実」が100%正しかったとしても、ウヨクの真実は批判されるべきだと思うんだよ。


B: え! 「サヨクが間違い」? じゃあ、元「慰安婦」の人たちの証言まで疑うのか?


A: そりゃ疑えないものなんてないでしょ。何が事実であるかを検証するのは大切だよ。でもね、既に証言は出てる。資料もある。加害者側の証言者もいる。そういう点では、事実の検証は進んでるわけだ。そういうレベルのことじゃなくて、ウヨクが「事実」を認識するフレームみたいなものを問題にしたいんだよ。「事実」が正しいか間違ってるかっていうのはもちろん重要だし、本当のファイナルアンサーは永遠に出ないだろう。それとは別に、どの「事実」をどんなふうに見て、それによってどんな主張をするのかっていうレベルがあると思う。


B: ほう。ウヨクがたれ流す「事実」を分析することによって、彼らの真実が明らかになるって言いたいわけ?


A: そうそうそう、そう言いたいわけ。


B: なんたる傲慢。よく他人の内面にズカズカと入り込めるね。


A: ま、いいじゃん。ウヨクの人も、そういうレベルでサヨクの言説を斬る自由はあるんだから。


B: じゃあ、ウヨクはどんな「事実」を主張してるの?


A: まずね、今回の広告は、こう言ってるんだ。


日本軍によって女性たちが意思に反して売春を強制されていた*5ことを明確に証明する歴史的文書は、歴史家によっても研究機関によっても未だかつて一つも発見されていません。


B: 例によって、慰安所の存在自体ではなく、「強制」を否定しているわけだね。


A: そう。で、そういう証拠がないだけじゃなくて、逆に民間のブローカーに女性を意思に反して働かせるのはダメだよって警告した文書はいっぱい見つかってるんだって。


B: わはは。それスゴイね。「〜するのはダメだよ」っていう文書があったから「〜」してなかったと考えるわけか。いや、昨日の朝にさ、ワイドショーで中国バッシングやってたんだよ。なんか、中国では「インサイダー取引はバツ」みたいな基本的なルールも守られてなくてもうメチャクチャっていう話なんだけど。それでさ、コメンテーターがこう言うの。中国の街を歩いてると、「ゴミを捨ててはいけません」とか「唾をはいてはいけません」とかそこら中に書いてある。そんなことを注意しなきゃいけないとはどれだけモラルが荒廃してるんだって。ま、どこかの国にも似たような看板があったような気がするけど。*6この論理でいくと、その記事の主張って、墓穴を掘ってる感もあるね。


A: そうそう。「軍の名を騙ったり、拉致と分類されうるような[慰安婦]募集方法を明確に禁止する」軍の通達もあるんだって。で、興味深いのが、その通達は「そのような[募集]方法を用いた者は処罰された」って警告してたらしいよ。


B: ま、広告の書き手の言い分としては、拉致もあった。それは軍の名の下に行われることもあった。でも、軍はそれを公式には禁止してたってことなんだろうね。


A: 丸山真男が、日本の軍国支配者の特徴の一つとして、「権限への逃避」ということを指摘してるんだ。


B: 「権限」?


A: つまりね、戦前の日本って、権力構造がすっごく複雑で、誰に決定権があるのかよくわからない仕組みになってたらしいんだ。もちろん天皇が一番エライんだけど、内閣と軍が絡み合ってたり、軍の中にもいろんな役職があったりして。たとえば、南京大虐殺についての東京裁判での尋問記録を丸山は引用してる。↓で答えているのは松井石根っていう軍人で、大将だったらしい。「大将」なのに、ナヨナヨしてるんだよ、これが。


検察官 ちよつと前に、あなたは軍紀、風紀はあなたの部下の司令官の責任であるというようなことを言いましたね。


松井 師団長の責任です。


検察官 あなたは中支方面軍の司令官であつたのではありませんか。


松井 方面軍の司令官でありました。


検察官 そういたしますと、あなたはそれではその中支方面軍司令官の職というものは、あなたのキ下*7の部隊の軍紀、風紀の維持に対するところの権限をも含んでいなかつたということを言わんとしているのですか。


松井 私は方面軍司令官として部下の各軍の作戦指揮権を与えられておりますけれども、その各軍の内部の軍隊の軍紀、風紀を直接監督する責任はもつておりませんでした。


検察官 しかしあなたのキ下の部隊において、軍紀、風紀が維持されるように監督するという権限はあつたのですね。


松井 権限というよりも、むしろ義務というと方が正しいと思います。……(中略)


検察官 というのは、あなたの指揮する軍隊の中に軍司令官もあつたからというのですね。そうしてあなたはこれらの軍司令官を通じて軍紀、風紀に関するところの諸施策を行つたのですね。懲罰を行つたわけですね。


松井 私自身に、これを懲罰もしくは裁判する権利はないのであります。それは、軍司令官、師団長にあるのであります。


検察官 しかしあなたは、軍あるいは師団において軍法会議を開催することを命令することは、できたのですね。


松井 命令すべき法規上の権利はありません。


検察官 それでは、あなたが南京において行われた暴行に対して懲罰をもつて報ゆるということを欲した、このために非常に努力をしたということを、どういうふうに説明しますか。(後略)


松井 全般の指揮官として、部下の軍司令官、師団長にそれを希望するよりほかに、権限はありません。(!)


検察官 しかし軍を指揮するところの将官が、部下にその希望を表明する場合には、命令の形式をもつて行うものと私は考えますが……


証人 その点は法規上かなり困難な問題であります。*8


[強調と「!」はたぶん丸山による]


〔新装版〕 現代政治の思想と行動

〔新装版〕 現代政治の思想と行動

引用は『現代政治の思想と行動 増補版』から。


B: はは、検察官もそうとう困ってるね。これ何人?


A: 検察官はたぶんカナダ人。丸山は、この問答を見ると、検察側よりも被告側の国(=日本)により近代的な「法の支配」があったかのような錯覚を覚えるって皮肉ってるよ。「権限」のないことについては部下を監督することもできないわけだから。


B: この松井という人は「方面軍司令官」として、「各軍」に対する「作戦指揮権」は握ってた。けど、それは「各軍」を直接監督する「権限」は含んでない。それをやるのは「軍司令官」や「師団長」の仕事。暴行を処罰しようにも、軍法会議を開くことを直に命令する権利は「方面軍司令官」にはない。できるのは部下がそうするのを「希望」することだけ。こんな感じかな? ややこしいぞ!


A: そうやって日本の支配者は「権限」に逃避してたわけ。少なくとも敗戦時にはこの複雑怪奇な「権限」が逃げ道になったわけだね。ま、この人はけっきょく死刑になってるので、戦勝国には通用しなかったんだけど。軍国主義の上部にいるはずの人たちがこんな無責任体質をもっていた。だから、ウヨクがクーデター紛いのことを計画したり、要人を暗殺したりしても、煮え切らない対処しかできない。軍の一部が中国で勝手に暴走し始めても、止めることができない。むしろそういう「無法者」が作った「既成事実」に引っ張られて、誰も積極的には決定してないはずなのに、どんどんヤバイ方向に進んで行ってしまう。日本の軍国主義ってそんな感じだったんだって。


B: 「下」にいるはずの「無法者」を「上」から統率できない、むしろ引っ張られちゃうのか。


A: 閣議や御前会議で軍人が主張を通そうとする時には、「私はこう思う」っていうんじゃなくて、「それでは部内がおさまらないから」とか「それでは軍の統制を保障しえないから」っていうのを根拠にしたらしい。つまり、二・二六事件みたいにまた暴発しちゃうかもしれないからってことだね。


B: 「部内がおさまらない」か。あはは、それ、今でもけっこう使うよね、我々も。なるほど、そうすると、売春施設の運営に軍は直接関与してなかった、むしろ禁止してたっていう主張も、なんだか意味深に思えてくるね。


A: でしょ? 軍が「慰安所」に関与していたかどうか、それがどの程度のものであったかということとは無関係に、つまり「事実」のレベルではなしに、軍の関与を否定する今回の意見広告は、日本軍国主義の古き良き精神構造が現在も受け継がれていることを示しているんじゃないかな。軍の上層部には女性を拉致する「権限」はなかったっていう主張なわけだからさ。むしろ軍の名を騙ることを禁止していた、と。


B: そうか。うーん。えーと、でもちょっと待てよ。もし実際には手を汚していたにも関わらず「権限」に逃避するとしたら無責任だけど、本当の本当に軍は全く「慰安所」には関与してなかったとしたらどうなの? 今回の意見広告の人たちが言いたいのはそういうことなんじゃないの?


A: まずね、オランダ人女性を拉致して「慰安所」で無理やり働かせたってこと。これを軍がやったってことは広告主も認めている。処罰されたということを付け加えてるけど。


B: はは。なんか腰が引けてるなー。でも、ウヨクにとってオランダは別に眼中にないでしょ。韓国とかがとにかく憎たらしいわけだから、そこはまあスルーしてあげようよ。アジア人女性の被害について、全く軍の関与がなかったとしたら、丸山真男なんかをここで持ち出して「精神構造」を分析するのは筋違いなんじゃないか? やっぱり軍や政府が関与していたかどうかを事実のレベルで争うより他ないだろ。


A: う〜んとね、それはね、そうそう、あれ、そうだそうだ。あの、マックス・ウェーバーっていう社会学者がいてね、「国家」という概念を定義してるんだ。


B: ウェーバー? 何ていう本で?


A: それは知らない。読んでないから。けど、萱野稔人っていう人がいてね、『国家とはなにか』っていうそのものズバリの本を書いてるんだ。


B: じゃあその本に国家の定義が出てたわけ?


A: いや、それも読んでない。だけど、この本が出たときに、宣伝トークショーみたいのを見に行ったんだ。そこで、この萱野って人がウェーバーがこう言ってるって、言ってた。


国家とは、特定の領域内において暴力の正当な行使を独占する権利を(実効的に)主張する人間の共同体である。


B: 国家=暴力ってこと? でも国家から独立した個人が暴力を振ることもあるじゃん。別れ話がこじれた末の殺人事件とかさ。


A: いや、そういうことじゃなくて、上の定義では、「正当な」っていうのが重要なんだよ。つまりね、暴力はもちろんそこら中にあって、いろんな個人や集団が行使することもあるわけ。でも、国家の暴力だけが「正当性」を持っている。だから、個人が人を殺すのはもちろん暴力だけど、そんなことしたら「国家」がやってきて捕まっちゃうでしょ。逮捕されて、裁判にかけられる。逆に言うと「無法者」たちが好き勝手に乱暴狼藉を働くようになって、国家の方でも手をつけられなくなっちゃったらもうその「国家」は国家として成立してないことになる。上の定義でいう「実効的に」っていうのは、ただ自分の暴力が「正当」であると言い張るだけじゃなく、それを皆に納得させることに成功しているってことなわけ。「正当な」っていうのは良い悪いの問題ではなく、そういうものとして君臨できるくらい強大っていう意味。


B: ほう。で、それが慰安婦問題とどう関係するんだ?


A: 今や誰もが、「慰安所」が存在したことは認めているよね。まあ、「慰安所」という言葉についてはどうかわかんないけど、とにかくそういう施設があったってことは今回の意見広告でもハッキリと認めちゃってるわけ。


B: まあ、それはそうだろ、否定しようがないから、今さら。


A: で、そういう施設というのは、大日本帝国の支配地域に存在したわけだよね。で、時に「行き過ぎ」が処罰されることはあった(かもしれない)にせよ、それは継続的に存在してたわけ。としたら、それは国家によって少なくとも黙認されていたことになるよね。ってことはそれはもう、国家の責任なんだよ。


B: おいおい、ちょっと速すぎるぞ。もっとちゃんと説明しろよ。


A: たとえば、公然と暴行が行われているのを、警官がただ傍観してて、何も手出ししないようなシチュエーションを想定してみてよ。


B: 警察が見て見ぬ振りをするってこと? うーん、それは困るな。それはボコボコにされてる人にとってはたまったもんじゃないね。直接の加害者よりは、警察を恨むかもしれない。……そうか、話を戻すと、意見広告を書いたウヨクの主張によると、女性の拉致や「慰安所」の運営に日本の政府や軍や警察は直接関与してない。もし仮に万が一これが事実だとしても、こういう図式が成立するわけだね。


「「慰安所」の直接的運営者」と「日本国家」の関係 = 「暴行者」と「傍観する警官」の関係


A: そう。暴行を傍観している警官というのは、決して何もしていないのじゃない。警官は唯一の「正当な」暴力を独占しているわけだから、もしそこでだまってたら、結果的に目の前で起こってる暴行にお墨付きを与えていることになる。それと同じで、仮に国の直接の関与がなかったとしても、日本国家は「慰安所」という暴力に責任があるはずだ。……あ、さっきの萱野って人のブログがあった↓。

http://kayano.yomone.jp/?p=5


B: 「民営化された戦争は国家に何をもたらすか」ってやつ?


A: この文章では、戦争事業の一部を民間業者が請け負うような事態が論じられている。で、戦争事業に限らず、国家がこれまで果たしてきた役割が「民営化」されることによって、国家はむしろ強化される、とこの人は言ってるね。民間業者を盾にして、暴力の行使に伴うコストや責任を逃れることができるようになるから。


戦争の民営化というのは、したがって、国家が合法的な暴力を行使するという権限だけは保持しながら、それにともなう責任を回避するための恰好の手段となっている、ということができるだろう。これは実は、あらゆる民営化にあてはまる問題である。民営化によって国家の権力が縮小されるなどと素朴に信じてはならない。権限と実際の業務を切りはなし、みずからの権限を強化するというのが、民営化のなかにある権力のロジックなのである。


B: 時代が異なってるし、「権限」という用語は丸山とは全く別の意味になってるけど、さっきの丸山の話にも通じるね。もし「慰安所」に国家が直接関与していないとしたら、それは国家が無垢であるというよりは、より陰湿なものであるということになるかもしれない。そういう、「汚い」仕事は「無法者」にアウトソーシングしてたってことになるからな。もちろん、明文的な「アウトソーシング」の証拠もないっていうのがウヨクの主張なんだろうけど。放置していたってことは、同じことだよな。


A: だからウヨクは、「慰安所」の存在を認めた時点で既に敗北してるんだよ。日本国家の責任を免除するには、そもそも「慰安所」なんてなかったって言い張るしかないと思う。どれだけ証拠が出てきてもとにかく根性で否定し続けること。ひたすら。これしかないよ。「死んでもラッパを放しませんでした」の精神だね。


B: ははは、それで行くと、「慰安所」が存在していたということについては譲歩してしまっている今回の意見広告は「国辱」として糾弾されるべきだね。でも日本国家を免責する方法がもう一つあるよ。そもそも大日本帝国というのは国家としての体(てい)をなしていない蜃気楼のようなものだったと主張すればいいじゃないか。「大」とか付けて威張ってたけど実は張りぼてでした。「無法者」を取り締まることさえできませんでした。中身はありませんでしたって。


A: いや、それこそ「国辱」だよ。でも、今回の意見広告の主張って、要するにそういうことだよね。逆に言うと、「河野談話」*9っていうのは、軍の直接的間接的な関与を認めている。また、「慰安婦」には朝鮮半島出身者が多かったわけだけど、当時は日本が朝鮮半島を統治していたということを認めている。そういう意味で、今回の「国辱」的なウヨクなんかと違って、国家としての最低限の矜持を保とうとしているとは言えるかもね。ま、もちろん国家なんか廃絶されるべきなんだから、「国辱」でも全然いいけどさ。当時日本は、独立運動を弾圧してたわけだ。だから国家はただ不能であったわけではない。しかるべき時にはちゃんと暴力を行使してたんだよね。戦争やってるわけだから。


B: とするとあれだね。「慰安婦」は自由に選択して「慰安婦」となったんだ、強制じゃないんだって主張する人たちがいるけど、それを問う前に、日本国家は自由であったのかということを問うておいた方がいいかもね。日本国の主権者は自由であったのか、責任があるのかってこと。さっきの、君が丸山真男から孫引きしてた尋問のオッサンなんかは、いや、選択の余地はなかったんだって言いそうだね。自分の「権限」ではどうしようもなかったんだって。でも、侵略の命令は出せるけど虐殺は止めようがない、独立運動は弾圧できるけど「慰安所」は放置っていうのは都合がよすぎる「不自由」だな。


A: さっきの彼は死刑になっちゃったからもうインタビューできないけど、この広告を見る限り、現代の主要政党にも無責任の精神が受け継がれていることは確かだね。だから…


B: ん。ちょっと待てよ。また騙されるとこだった。今、「慰安所」=暴力っていうのを前提として、それを容認していた国家には責任があるって話になってるよな?


A:う〜んと、そうだね。


B: それってどうなの? 「慰安所」=暴力をウヨクは前提とはしないだろ。むしろそれこそ、自由意志によって報酬を得て女性たちが「商売」なり「労働」をすることを「選択」したんだと主張するんじゃねーか? だとしたらやっぱり「事実」のレベルが重要になるぜ。つまり、どのように「募集」がなされたのか。どのような「契約」があったのかなかったのか。あったとしたら守られたのか。報酬はあったのか。あったとしたらどんな金額だったのか。自由意志か強制か。これについて明らかにすることが不可欠なんじゃないか?


A: もちろんそれは重要で、そしてそれは明らかにされているんだよ。でもね、ただその事実を知識として普及させればいいってもんじゃないと思うんだな。っていうか事実はナマのままだと普及しないと思う。「慰安所」は存在していた。今やウヨクも認める事実なので、これは前提にしていいよね。で、僕の主張は、それを認めた時点で、直ちに暴力の存在を認めたことになるっていうことなんだ。要するに、強姦か売春かということが争われているわけだけど、そもそも暴力のないところに売春はありえないってこと。ここをきちんと押さえとかないと、国家を悪者にして幕が降ろされることになりかねない。それだとサヨクも「同じ穴のムジナ」だよ。っていうのはね…


B: ふーん、じゃあそれは、また今度ね。ゆっくりと。疲れたよ! まあしかし、そんなこと言ったら、現在でも売春は行われてるぜ。


A: そりゃそうだよ。丸山真男も、「これは昔々ある国に起つたお伽噺ではない」(p. 130.)って言ってるもん。





(作者からよい子のみんなへのメッセージ)

上記においては、AもBも(作者も)「事実」を共有しています。読者が楽しむためにそれに同意する必要はたぶんないですが、それがどんなものか知ってないとあんまり面白くありません。「事実」認識のレベルでズレを感じる方は、たとえば↓をご覧ください。

「従軍慰安婦問題──何が問題なのか」(mojimojiさん)

http://d.hatena.ne.jp/mojimoji/20070307/p2


*1:画像→ http://support121.org/cwad.jpg

*2:テキスト→ http://72.14.235.104/search?q=cache:ASEsi6ptrHoJ:www.ichoson.com/Call-on-Congress-to-support-House-Resolution-121.html+%22truth+about+comfort+women%22+post&hl=en&strip=1

*3:http://www.totsuka-yacht.com/goku.htm

*4:本多勝一が南京大虐殺について同じようなことを指摘していたと思うのですが、よく覚えてません。

*5:“forced… into prostitution”なので、単に一回の売春を強要されたってことではなくて、売春制度の中に身を置くことを強制されたっていうニュアンスがあると思います。

*6:http://d.hatena.ne.jp/toled/20070607#p1

*7:原文で「キ」はものすごーく難しい漢字(JISコード5D60)ですが、「あなたのキ下」っていうのはたぶん「あなたの支配下」くらいの意味だと思います。たぶんね。

*8:p. 119-120.

*9:http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/kono.html