「コンスピーラシィ・アポン・ザ・ブロークン・ブレイド」 #1
「アカチャン。オッキク。アカチャン。」濁った合成音声広告が水面に反響し、波紋となって暗い水面を揺らす。映り込んだ緑色のボンボリ・ライトを切り裂いて、しめやかに滑るのは、サイレント屋形船の列だ。
2010-11-16 15:23:57ノビドメ・シェード・ディストリクト。海流の変化によって数十年後の水没が予測されているこの地は、ネオサイタマ有数のマイコ歓楽街でありながら、どこか物悲しい色彩を秘めている。張り巡らされた運河を行き来する無人操縦の屋形船が、このディストリクトの主要な移動手段である。
2010-11-16 15:29:57「マイコ」「今日は二倍量。」「高くはないし、色気」「ヨイデワ・ナイカ・パッション重点」。運河沿いの建物に所狭しと据え付けられたネオン看板の淫靡に爛れた文言と、扇情的なBGM。屋形船に追い立てられたバイオ鴨が、バイオネギの群生地へ飛びながら逃げて行く。
2010-11-16 15:36:41屋形船のショウジ戸の内側はワンルーム・マンション程度の広さの茶室となっており、黒金庫型冷蔵庫の中には、オハギ、ヤツハシといった自由につまめる嗜好品があらかじめ用意されている。中にはコタツ施設が完備されたものすらある。
2010-11-16 15:45:03ノビドメのサイレント屋形船でたらふくスシを食したのち、運河に沿って建てられているクルーズイン・マイコステーションへ船内からワン・ジャンプで飛び込む……世のサラリマンが「贅沢とは」という命題に対し、真っ先に思い浮かべるビジョンであった。
2010-11-16 15:50:02同時に、常に移動し続けるサイレント屋形船は格好の密談の場でもある。今宵もおそらくは何割かの屋形船の中で、闇経済の綱渡りが行われているに違いない……。
2010-11-16 16:42:24「オットット、オットット」「おやおや、お足元を気をつけてくださいよ?オット、オットット」「いやいや、あなたも、オットットット」
2010-11-16 16:58:15メジマキ・ビニール・コープのカカリチョ・サラリマン、アメダ=サンはフラフラとシンタマ=サンに寄りかかった。二人は額にネクタイを巻き、サケとバリキで完全に出来上がっていた。二人が後にしたマイコステーション「イカ」の軒先では、マネージャーが深々と二人へのオジギ姿勢を取り続けている。
2010-11-16 17:03:25「できた店だ!」もうろうとしながら、アメダ=サンは「イカ」軒先を指差した。「まだオジギを崩しませんよ」「奥ゆかしい!」シンタマ=サンは頷いた。「ずっとここに立ってみましょうか?」「ダメ!下品ですよ!」「そうですね!」「そうですとも!」
2010-11-16 17:06:19すかさず二人は合掌しながら斜め40度に腰を曲げて笑いあった。「ユウジョウ!」相手を非難する際どいジョークは、こうしてその嫌味をすぐに中和するのがセオリーだ。カイシャ世界で揉まれた二人のカカリチョだからこその高度なコミュニケーションであった。
2010-11-16 17:10:01「いやあ素晴らしい店でした」シンタマ=サンはニヤリと笑った。「あんな大きなオッパイ、見た事ありますか」「いいえ!」「今度はニュービーたちを連れて来ましょう。そうすれば、きっと今よりもよく働きますよ!」シンタマ=サンは饒舌になっていた。「そうですね!」アメダ=サンは笑顔で頷いた。
2010-11-16 17:23:35「ほらほら、もうお迎えの屋形船が来ていますよ」シンタマ=サンが運河を指差した。アメダ=サンは目を細めた。「あの船ですか?カイシャのエンブレムが見当たらないような……」「競争です!ほら!」ホロヨイのシンタマ=サンがダッシュした。「待ってくださいよ!」「負けたほうがオゴリです!」
2010-11-16 17:26:53「それは困ります!」アメダ=サンも笑顔でダッシュした。「嘘です!ユウジョウ!」「ユウジョウ!」ハッ、ハッ、と息を吐きながら、二人のサラリマンは屋形船へ走る。「ヒトットビ!」よろけたシンタマ=サンを追い抜いたアメダさんは、力一杯ジャンプして屋形船に飛び乗り、ショウジ戸を引き開けた。
2010-11-16 17:29:40奇怪!ショウジ戸を開けたアメダ=サンの眼前には、上下逆さの顔があった。眉間に寄った皺が見えるほどの近さである。どんよりと酔っていたアメダ=サンの意識が一瞬でシラフに戻る。眼前の男は……ナムアミダブツ、天井からぶら下がっているのか?
2010-11-16 17:35:56次の瞬間、アメダ=サンは首筋をぐいと掴まれ、茶の間の中へ投げ倒されていた。「アイエーエエエエエエ!」何も知らぬシンタマ=サンが、「ヒトットビ!」やはり首筋をぐいと掴まれ、「アイエーエエエエエエ!?」
2010-11-16 17:39:25ピシャリ!二人のサラリマンを無理やりに招き入れた茶の間のショウジ戸が素早く閉じられた。アメダ=サンは尻餅をついたまま、室内を見回した。それは、やはり!天井からコウモリのごとくぶら下がり、腕を組んだニンジャであった。…ニンジャ?「アイエーエエエエエエ!!!」アメダ=サンは失禁した!
2010-11-16 17:44:45「なんだ、そいつらは」茶の間の奥で正座しているニンジャが言った。「さあてな」ピシャリとショウジ戸を閉めたニンジャが無感情に答えた。天井!戸口!奥!ニンジャが三人!「アイエーエエエエエエ!!!!」アメダ=サンとシンタマ=サンは二人でさらに失禁した。
2010-11-16 17:47:55「一人で十分だ」正座ニンジャが低く言った。戸口ニンジャは無言で頷いた。シンタマ=サンは失禁しながら、とっさの機転で名刺を取り出した。「ド、ドーモ、メジマキ・ビニール・コープのシンタマ・サトシです。船を間違えてしまいました。どうぞよろしく!これも縁ですから、我が社のビニールを……」
2010-11-16 17:55:08「ドーモ、シンタマ=サン。私はオブリヴィオンです」戸口のニンジャがオジギして名刺を受け取り、右手を差し出し握手を求める。「文字通り飛び込み営業ですな」オブリヴィオン=サンの巧みなエスプリに他のニンジャが笑った。アメダ=サンとシンタマ=サンも笑う。
2010-11-16 18:01:16さすがだ、シンタマ=サン!アメダ=サンは舌を巻いた。鮮やかなトークひとつで場を収めてしまった。遅かれ早かれ彼は課長になるだろう。その実力は認めざるを得ない。
2010-11-16 18:04:37シンタマ=サンは満面の笑みで、差し出されたオブリヴィオン=サンの手を握り返した。「イヤーッ!」「アイ……」シンタマ=サンは悲鳴をあげかけ、そして、塵状に分解されて崩れ去った。彼の安スーツとシャツ、下着が、畳の革靴・靴下の上にバサリと落ちた。一瞬の出来事である。
2010-11-16 18:09:22アメダ=サンは悲鳴を上げた。「アイーアイエーエエー!アイー、アイエ」その口に、シンタマ=サンの靴下が稲妻のごとき速度で詰め込まれる。「……!」
2010-11-16 18:13:15難病(全身性エリテマトーデスと抗リン脂質抗体症候群)を発症してしまい、現在活動休止中です。(2016 年春~) ニンジャヘッズ(ニンジャスレイヤー中毒者)です。 人々の日々の生活クオリティを向上させるために、サイバーパンク・ニンジャ活劇小説「ニンジャスレイヤー」の普及活動を行っています。