ウィアード・ワンダラー・アンド・ワイアード・ウィッチ #4
翌日、正午近く。珍しくも、空を満たす重金属酸性雲は乱れ、ところどころに開いた穴から、ネオサイタマに病んだ陽光が降り注いでいた。不穏な乾いた風がピュウピュウと吹き、ナカニ・ストリートの空はターコイズ原石のごとく、濁った水色と茶色と黒のマーブル模様を呈していた。 1
2014-08-19 22:40:59ひときわ強い風が吹き、オーカーがかった重金属粉塵が足元で巻き上がる。決闘の時を前に、街はゴーストタウンめいた静けさ。数十名からなるテクノギャングの軍団が、ナカニ・ストリートを進む。その先頭に立つのは、彼らが雇った恐るべきヨージンボーにしてゾンビーニンジャ、ジェノサイドだ。 2
2014-08-19 22:44:12ザッザッザッ。粉塵まみれの乾いたストリートを整然と歩む、スーツ姿のテクノギャングたち。彼らは全員がサイバーサングラスとトミーガンで武装している。彼らはマッポセルと同様の無線LANリンクを行い、組織的行動を取れるのだ。片腕をサイバネ置換したニンジャ、ドレッドノートの姿も見える。 3
2014-08-19 22:54:37「モウン……モウーン」飼い主が慌てて逃げ出したため、置き去りにされたのだろう。電柱に括り付けられた哀れなバイオ水牛が、剣呑アトモスフィアに恐れ入り、鳴いた。「モウーン」「黙れ」BLAMN!その声に苛立ったギャング幹部が、無造作にこれを射殺した。ストリートは再び、静かになった。 4
2014-08-19 23:00:11彼らの向かう先は、廃業民宿サルーンとサイバネ雑居ビルが並ぶ一帯だ。ここならば、ヤクザとギャングが全面戦争を行っても、ストリートの犠牲者は最小限に抑えられる。ツルギ・マスダ老店主はジェノサイドに何度もそう語った。そして昨夜、ジェノサイドはギャング団にここで戦う事を提案したのだ。 5
2014-08-19 23:06:32ヨージンボーを得たギャング団は、当初、有利な篭城戦も視野に入れていた。だがホリイの作戦を実行するには、ギャング団アジト地下のロービットマインを手薄にする必要があった。そこでジェノサイドは、正面決戦を提案した。ヨージンボー交渉で双方の戦力を見てきた彼の言葉には、説得力があった。 6
2014-08-19 23:14:37幹部のDシズムIVにとって、全面戦争は望む所だった。「おい、ファミリーで一番ショドーとオリガミが上手い奴を連れてこい」と、DシズムIVは手下に命じた。抜かりない参謀ドレッドノートも、ジェノサイドの力を存分に活かすには、屋外で戦う必要がある事を理解していたため、これに賛成した。 7
2014-08-19 23:19:43そして昨夜、寂しいウシミツ・アワーの鐘が鳴り響くのと同時に、カットスロート・カニ・ヤクザクランの事務所ビルへ、大きなオリガミメールが運ばれた。それは死を象徴する銀色の和紙で折られた蟹であり、開くと、真昼の決闘を挑む内容が達筆でしたためられていた。ヤクザは激昂し、受けて立った。 8
2014-08-19 23:24:52思った通り、ヤクザどもは挑発に乗ってきたと、DシズムIVは満悦した。ジェノサイドがこの街に流れ着く直前まで、兵力バランスはヤクザ側が優勢であった。だが彼をヨージンボーを迎えた事で、今は明らかにギャング団が優勢。この好機を逃さず、ヤクザが後に引けぬような挑発を行ったのである。 9
2014-08-19 23:30:34不意に、ジェノサイドが立ち止まった。まだ決闘場所へは遠い。ギャング団も立ち往生し、互いに顔を見合わせ、サイバーサングラスで会話した。「……」ドレッドノートは黙して腕を組み、様子を伺う。「ど、どうしたんですか……?」幹部に顎で命令されたサンシタが、様子を見に横へ向かう。 10
2014-08-19 23:38:42「決闘場所はまだ先ですぜ」サンシタが言う。DシズムIVが時計を気にし、『どうにかしろ』の言葉をサンシタに送る。本来は、ゲイシャであるワイアード・ウィッチだけが彼に話しかける事を許される状況だ。しかし彼女はここではなく、最も堅牢なシェルターであるロービットマイン監視室にいる。 11
2014-08-19 23:45:59「ジェノサイド=サン、頼みま」サンシタが腐臭と醜さに顔を歪めながら、ジェノサイドに恐る恐る触れようとした時。突如ゾンビーは動き出し、無造作なネクロカラテパンチで頭を吹き飛ばした!「アバーッ!」サツバツ!「うるせェな……考え事の邪魔すんじゃねェ……」そして酒を取り出し呑んだ。 12
2014-08-19 23:53:22男は黒いカソックコートの袖で口元を拭う。「Arrrgh…」強烈なアルコール臭気を吐き出し、ヨージンボーは再び歩き出した。テクノギャング団も、再び動き始めた。ストリートにはサンシタと水牛の死体が残され、無益に流されたどす黒い血には、キナコめいた重金属砂塵がまとわりついていた。 13
2014-08-20 00:00:59「……」「……」DシズムIVとドレッドノートはサイバーサングラスで短く言葉を交わし、頷いた。死体を雇ったのだ。少々の不便はあろう。だがカラテは確かだ。この殺戮兵器じみたニンジャを敵陣に放り込めば、回転バズソーが勝手に料理をする。カニの手足を切断し、労せずして息の根を止める。 14
2014-08-20 00:06:28『後始末の手間もかからんだろう』ドレッドノートは冷酷な表情のまま、サイバーサングラスで言った。『その通り』DシズムIVは下卑た笑みを浮かべた。ヤクザさえ始末すれば、ヨージンボーも不要。隙を見て始末し、あのゲイシャは自分のネンゴロにすればよいと、DシズムIVは考えているのだ。 15
2014-08-20 00:14:07彼らだけではない。無表情な行進を続けるテクノギャング全員が、この抗争に終止符が打たれた時のブレイコウ重点期間を心待ちにし、邪悪な欲望をたぎらせている。……こちらはニンジャが二人!向こうは一人!勝利は固い。先程サンシタが一人死んだのも、望む所。生き残った自分のスシが増える。 16
2014-08-20 00:20:10ヒュウウウウウーッ……ヒュウウウウウウウウウーッ……ひときわサツバツとした風が、ナカニ・ストリートを吹き抜ける。病んだ太陽は間もなく、ハイヌーンに達するだろう。正午まであと数分。「アスホールどもが来ましたぜ!」誰かが叫んだ。砂煙の向こうに、行進するヤクザクラン軍団が見えた。 17
2014-08-20 00:23:32「ザッケンナコラー!」「スッゾコラー!」テクノギャングに対し、ヤクザ側の外見はまさに愚連隊か、江戸時代のヨタモノを思わせた。ある者は上半身裸でタトゥーを露にし、抜き身のカタナを肩に乗せる。ある者は黒光りするスーツを着込み、殺戮銃器オートマチック・ヤクザガンを握っている。 18
2014-08-20 00:29:51「ゴートゥー・アノヨ!」「キルナイン・ユー!」「ケツ・ノ・アナ!」テクノギャングも凶暴な罵声を浴びせる。まるで獣だ。敵意と殺意が増幅されてゆく。だが両陣営が50メートルほどの間合で睨み合う頃、モータル同士の罵り合いは、もはや鳴りを潜めていた。ニンジャ存在感が場を圧している。 19
2014-08-20 00:36:23最初にアイサツしたのは両軍の宿敵ニンジャ同士であった。「ドーモ、ブラックハンドです。女々しい腰抜けのギャングども、今日こそ貴様らに引導を渡してくれる」「ドーモ、ドレッドノートです。こちらはヨージンボーのジェノサイド=サンです」ドレッドノートは敵の挑発を嘲笑うように無視した。 20
2014-08-20 00:45:13「ドーモ、ジェノサイドです」不快な陽光の侵入を遮るようにハットの角度を直してから、ゾンビーニンジャは気怠げにアイサツした。腐ったニューロンが、ちりちりと灼け焦げるようだ。陽光。喧噪。敵意。周りに蠅の群れがいるような鬱陶しさ。何もかも面倒だ。とっととこいつら皆殺しにして…… 21
2014-08-20 00:55:30ジェノサイドはふと、ストリート右手中央にある廃チャペルの高い鐘つき台を見た。そして舌打ちした。(((何だよテメェ)))台の上にいたのはツルギ老人であった。中立な立会人を選び、正午の鐘を鳴らさせる手はずだとはギャングから聞いていた。(((だからって、何でテメェが来ンだよ))) 22
2014-08-20 01:04:58最初に鐘つき役に選ばれたのは従業員スモトリだったが、彼が代役を買って出たのだ。ツルギ老人は鐘つき台の上から黒いカソックコートの旦那を一瞥し、覚悟を決めた力強い笑顔を送った。(俺はジジイだからよ、どうにも身勝手なんだ。派手にやってくれよ!)ツルギ老人は祈るように小さく呟いた。 23
2014-08-20 01:17:21「……クソったれが……くだらねェ……」ジェノサイドは握っていたカスク瓶を喇叭飲みで呷り、廃チャペル前の石畳へと、無造作に放り投げた。緑がかった瓶が割れ、半分ほど残っていた中身がストリートに染み込んだ。ツルギ老人はUNIX時計を見た。あと3分。彼は袖をまくり、木槌を握った。 24
2014-08-20 01:26:19難病(全身性エリテマトーデスと抗リン脂質抗体症候群)を発症してしまい、現在活動休止中です。(2016 年春~) ニンジャヘッズ(ニンジャスレイヤー中毒者)です。 人々の日々の生活クオリティを向上させるために、サイバーパンク・ニンジャ活劇小説「ニンジャスレイヤー」の普及活動を行っています。