ロンゲスト・デイ・オブ・アマクダリ10100209:デス・オブ・アキレス #1
「フジキド・ケンジ。男。凶悪なる殺人鬼にしてテロリスト。イチロー・モリタなる偽名を用い私立探偵としても活動」「ナンシー・リー。女。試算懲役数千年の重犯罪ハッカー。数々のテロに関与。フジキド・ケンジを支援」……重金属酸性雨の反射によって、街頭液晶モニタの映像は白く霞み、輝く。 1
2014-07-18 22:16:36夜空を行くマグロツェッペリンの広告モニタが、巨大ビル群の広告モニタが、バス停留所の広告モニタが、マッポビークルの装甲板の広告モニタが、ブッダ寺院群の広告モニタが、音声と映像をシンクロさせ、全く同じコンテンツをリピートしている。指名手配犯二名の面構えは凶悪で、悪魔じみている。 2
2014-07-18 22:23:49「オイオイ」バーの市民が店内TVのチャンネルをザップする。「彼は事故によって妻子を失い、前政権の対応に絶望、テロリストと化し」「女子供の区別なく殺戮」「日本宗教界の宝タダオ大僧正暗殺について、当局はこの男の関与を」「失業率はさらに上昇見込」違うオイランキャスター。同じニュース。3
2014-07-18 22:29:25「青年実業家の惨たらしい殺害事件についても……」「オムラ・インダストリ社の一族を非道に暗殺」「彼はキョート政府筋の非合法依頼を一手に引き受け、破壊行為を何年にも渡り」「その根底には狂気が……」「復讐ですね」「もはや誰でもいいのです」「危険だ!」眉をしかめるコメンテーター達。 4
2014-07-18 22:34:06「なんだよォ、野球見せろよ」ザッピングする市民を、隣で飲んでいた別の市民が咎めた。「うるせえぞ!天下国家の一大事だ」彼はサケをあおった。「俺がクビになったのもこいつのせいだな。なめやがって」「なんだって?」「いや……知らねえけど、きっとそうだよ」「悪い顔してるもんな」「だろ?」5
2014-07-18 22:39:21「許せないわ」肉づきのいいママがケモビールでジョッキを満たしながら同調した。「こいつのせいだったなんて!」「ママは何かあったのかい」「何かあったもなにも、世の中よ!どうせ悪いことをしたんでしょう?いかにもやりそうだわ」「だよな!」「戦争もこいつのせいだったなんて!」「そうよ!」6
2014-07-18 22:45:59「全てが!まさに全てが、身勝手な彼の行いなのです」コメンテーターがパネルを立てた。画面下には「犯罪に詳しい」のテロップ。「私は言いたい!」中年コメンテーターはカメラを指差した。「フジキド・ケンジ=サン!復讐は何も生まない。辛いこともあったでしょう。だが、人はわかりあえる!」 7
2014-07-18 22:53:03画面下に「あなたの家もフジキドに狙われている!防犯設備購入ホットライン」の文字が滑り込み、注文番号が点滅した。コメンテーターは胸に手を当てて続けた。「どうか!どうか愚かな行いをやめ、罪を償ってほしい。出頭してほしい!復讐は無益です。憎しみを捨て、手をとりあい、明日へと……」 8
2014-07-18 22:59:13映像と音声が一瞬途絶え、奇妙な画像が差し挟まれた。「天下」の漢字を一本の矢と重ね合わせ意匠化したエンブレム。それはほんの一瞬の事で、気に留める市民は無い。その意匠の意味を知る者達の他には。コメンテーターが続ける。「出てきなさい!フジキド=サン!我々は寛容な隣人なのだから……」 9
2014-07-18 23:07:37「イヤーッ!」重金属酸性雨降りしきるウシミツ・アワーのネオサイタマ、ビルの屋上から屋上を飛び渡る赤黒の風あり。足下、ネオン輝く不夜城を満たす音声は、まさに彼の名を呼ぶ。「フジキド・ケンジ!」またの名をニンジャスレイヤー。「ネオサイタマの復讐鬼!」 10
2014-07-18 23:18:18「イヤーッ!」ビル間に張り渡されたワイヤーの上を滑り、「イヤーッ!」回転ジャンプでオイラン看板を蹴り渡る。「フジキドやナンシーだけではない。この機に不審人物を洗い出そう!隣人におかしな人間はいないか?人付き合いの悪い奴?家で何をしているかわからない?コワイ!すぐ通報!」 11
2014-07-18 23:20:52「ドーモ。ミチグラ・キトミです。今夜もノンストップ!『ネオサイタマ・プライド』の時間だ!特別ホットなニュースが入ってきた!我々市民の敵!フジキド・ケンジとナンシー・リー!慎ましく生きる我々の生活を脅かす彼らにスポットを」「イヤーッ!」KRASH!モニタ看板を踏み台にジャンプ!12
2014-07-18 23:29:30アマクダリ・セクトの重大なニンジャ、マジェスティ、そしてブラックロータスを立て続けに仕留めたニンジャスレイヤーは、数分前にナンシー・リーと別れ、単身、次の目的地へと急いでいた。ナンシーは強固なUNIX設備に一度帰還し、ネットワーク防備を回復せねばならない。次の敵は独りでやる。13
2014-07-18 23:40:47今回の電撃作戦は、ヤクザ抗争コーディネーターのUNIXをハッキングすることによって得られた情報に基づく。アマクダリ・セクトの鍵を握るのは、「十二人」と称する上位者達だ。ブラックロータスの暗黒ブッダテンプル要塞において、ナンシー・リーはアマクダリ組織情報をさらに深く更新した。14
2014-07-18 23:53:01しかし、アルゴスはそれを捉えた。想定はしていた。だがその把握速度は彼らの想定を超えていた。ネオサイタマを騒がす報道は、マジェスティ殺害が引き金となって自動的に発動した警戒プログラムの一環だ。これも想定内ではあるが……「イヤーッ!」次のビルへ飛び移る。十二人。そのカラテ。 15
2014-07-19 00:00:12飛行するマグロツェッペリンが【10100207】の日時表示を光らせる。ウシミツ・アワーだ。時刻は当初の想定よりも後ろへずれ込んだ。マジェスティ、ブラックロータス、どちらも想像以上に強力なニンジャであった。今のところ、このズレはまだコントロールできる範囲の内だ。今のところは。 16
2014-07-19 00:03:30「イヨォー!」タイコ演奏者が和太鼓の縁をリズミカルに叩くと、笙リード奏者がそれに応え、雅なリード音を響かせた。手元の火鉢の熱で適温に暖めながらでないと、真の笙リードは美しい音を響かせることがない。不便であるが、そこには、現在の電子的笙リードから抜け落ちた文化の美があるのだ。18
2014-07-19 00:14:42「素晴らしさがある」ユケダ内閣官房長官は雅楽奏者達を見やり、満足気に頷いた。「文化の中枢ですね」アガメムノンは頷き返した。彼らはカスミガセキ・ジグラットの屋内ハナミ・ホールに居る。人工芝が敷かれ、桜の樹とトリイがある。アガメムノンの着るモンツキの胸元には喪章がある。妻を悼む。19
2014-07-19 00:21:08「シバタ=サン。ドーゾ」プロトコルに則った厳粛な手つきで、ユケダ内閣官房長官がチャを差し出した。「ユケダ=サン。ドーモ」アガメムノン……表社会の名はシバタ・ソウジロウ……は深々とオジギし、茶器を受け取った。手元で二度回し、三口半で飲む。「非常に良いです」「有難うございます」20
2014-07-19 00:32:42桜の花びらがひらひらと舞い、チャに浮かんだ。「これは吉兆」ユケダ内閣官房長官はにこやかに言った。「いや、そんな」アガメムノンは謙遜した。人工芝の上に設けられたタタミ・フィールド上で、二人はごく自然に、だが、注意深く、やりとりを続けた。ハナミは平安時代から続く不可侵の伝統だ。21
2014-07-19 00:36:26タタミ・フィールドからやや離れた地点には赤い布をかぶせた長椅子が複数設けられており、そこには主要な政府関係者が腰を下ろしている。アガメムノンには、彼ら一人一人と、全く同じプロトコルを確認する作業が課せられている。無意味で無益な儀式だ。アルカイックな笑みが完璧に彼の心を隠した。22
2014-07-19 00:40:08ハナミの儀式を完遂したのち、サキハシ知事のハンコが捺されたマキモノを提示し、そこに内閣総理大臣がハンコをつけば、権限譲渡が成る。この儀式には夜通しかかる。ネオサイタマ知事は選挙で選ばれており、権限を選挙以外の方法で譲渡する事は大変なイレギュラーだ。ゆえに伝統の後押しが要る。23
2014-07-19 00:44:58本来であれば、このような過酷なハナミ儀式にそうそう人を集めることなどできはしない。だが、政府関係者は今回、一人も欠けることなく参加した。話は既についている。彼らはわかっているのだ。ネオサイタマ……即ち日本の支配者にふさわしい人間が誰であるかを。24
2014-07-19 00:50:51難病(全身性エリテマトーデスと抗リン脂質抗体症候群)を発症してしまい、現在活動休止中です。(2016 年春~) ニンジャヘッズ(ニンジャスレイヤー中毒者)です。 人々の日々の生活クオリティを向上させるために、サイバーパンク・ニンジャ活劇小説「ニンジャスレイヤー」の普及活動を行っています。