「福島大学は荒木田君を処分したりはしないし、処分できるわけもない」
- Lynette_Ellils
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1:福島大学は荒木田君を処分したりはしないし、処分できるわけもない。それじゃあまだ気の済まない人がいることは知っているけれど、このことはきちんと理解される必要がある。
2014-05-16 19:43:382:「組織は組織人を統制しなければならない」という強い思い込みでものをいうひとがいる。そこで観念されている「組織」は「民間企業」をモデル化したもので、「組織人」とは「民間企業の従業員」から作られたイメージである。
2014-05-16 19:44:103:民間企業とその従業員の関係は、この場合役所と公務員の関係もあまり矛盾なく含み込んでいるだろう。しかしやはり、この理念化された「組織と組織人の関係」は主として「民間企業」を範にとっている。
2014-05-16 19:44:414:じっさい、今回の福島大学の対応について「民間企業ならありえない」という表現で批判する人がいるし、大学内にも「民間企業(あるいは一般的な官庁)」モデルに依って、「組織」が「組織人」を統制する姿勢として不十分だという意見もあるらしい。
2014-05-16 19:45:055:大学が組織であって大学教員が組織人であることは間違いない。ただ、大学という組織が民間企業や官公庁と同じロジックで振る舞わないことがあるのは当然で、それが大学というもの。「民間企業・省庁のようではない」「民間企業・省庁のように統制していない」という批判はそもそも批判にならない。
2014-05-16 19:46:266:大学には教育、研究、地域貢献などについてのゆるやかな目標がある。それがふつうだ。学長会見に「大学としての見解ではない」という言明があったが、それはある意味で当然である。大学が論争のあるあらゆることについて「大学の見解」をもっていたら、それこそ異常である。
2014-05-16 19:46:487:さて、大学教員はその大学の緩やかな目標のために日々作業指示を受けて仕事をしているわけではない。各教員の、教育、研究、地域貢献のありかたにはその教員としての学問や思想信条や表現の自由が関わるから、大学が統制したり指示したりできるものではない。
2014-05-16 19:47:298:「本来そうするべきだ」という意見をいうひとがいるとしたら、技術的にもそれが可能かを考えてみればいい。大学が行うべき教育、研究、地域貢献そのほかすべてについて事前に誰かが設計し、それを構成員に割り当てて、その遂行をモニターするという大学運営が、そもそも可能で合理的か?
2014-05-16 19:47:499:それが不可能だし、大学というものの歴史的成り立ちや現代における意義、役割からして、大学教員の仕事の多くは、教員個人の自己管理と自己責任において行われるほかはない。
2014-05-16 19:48:1410:例外はある。大学が指揮命令権を行使して細かな作業指示をする、教員はそれに対して間違いなく従い、間違いなく従った結果生じた問題は大学の責任、指示に反してミスがあればそれは教員の責任となる、という種類の仕事。
2014-05-16 19:48:4211:入試業務がそうだし、大学としての広報や対外折衝、学内委員会におけるルーティンな仕事なんかがそうだ。そのときは、いわば「民間的」。 だから、入試業務でミスがあって、それについて大学に対して指摘されたら、大学は頭を下げる。
2014-05-16 19:49:1912:そのミスが大学の作ったマニュアルに起因するものなら大学が責任をとるし、マニュアルから逸脱したことによる担当者のミスであれば、担当者も責任を負う。それは民間企業の従業員が、企業の指示に従って働いている限り、それによって起こる問題が企業の責任になるということと、完全に同じだ。
2014-05-16 19:49:5513:しかし、教員個人がその信じるところに従って発した言葉は、あくまでもその教員個人の問題なのだから、大学はほんらいその責めを負わないし、大学はその教員に対して責めを問わないものだ。問えないのだ。
2014-05-16 19:50:2414:それなら大学教員の肩書きの使用も特定の時と場合に限って、それ以外は制限するべきではないか、という反論もある。それはまた企業や官公庁のような「目的組織バイアス」のかかった発想だろう。
2014-05-16 19:50:4615:確かに大学とその学部・学類はわたしたち大学教員の所属する組織であり、雇用関係上の雇用主でもある。しかし同時に、教育研究者どうしで構成しあうファカルティ(学部と訳す。教育研究のための有機的な機関、集団のことだ)そのもの、その集合体でもある。
2014-05-16 19:51:0916:在野の研究者も立派な研究者であるとはいうまでもないが、わたしたちがその所属を明らかにしてものをいうことは、己を利するための身分証明をもつというセコい便益以上に、その発言の質を自分自身で保証しなければならないという合意の上での看板の重さを負うということだと思う。
2014-05-16 19:51:3817:所属を明らかにして発言するからこそ、社会に対してと同時にファカルティに対して責任を負うのである。 荒木田君もそれをよく理解している。だから、福島大学の今回の対応は基本的にこれでいいのだし、これ以外に、たぶんない。
2014-05-16 19:52:0218:プレスリリースの表現には賛成しかねるところもある。解釈の余地を危惧する部分もある。しかし、福島大学の教員の多くは、荒木田さんが処分されるようなじたいを望まないだろうし、そんなことができるはずがないと考えているだろう。
2014-05-16 19:53:0820:省庁・公務員批判においても「民間企業的ではない」「民間ではありえない」というレトリックがよくつかわれていて、小泉純一郎や橋下徹がそれを駆使した。それじたいきちんと批判しなければならない論法なんだけれど、今日はその点は措こう。
2014-05-16 19:53:55熊沢さんの発言は、実は大学教員には厳しいものになっている。大学でさえ処分できないほど、大学教員個人の発言の責任は重いという主張だからだ。それだけ重いからこそ、大学組織に対しても毅然として教員は「処分させない」と言えるということでもある。
2014-05-16 21:24:59