1.長谷川先生の【正論】
内容の要旨(太字は引用)
日本の人口減少は重大な問題であるが、その解決法は実は簡単で、性的役割分担を昭和50年以前のようにはっきり分け、若い男女の大多数がしかるべき年齢のうちに結婚し、女性は育児に専念して2、3人の子供を生み育てるようになれば良いのである。
ところが「個人の生き方に干渉するのはけしからん」という声が出るので政府・行政はこの解決法を選択できないことになっている。しかし、これはおかしい。政府・行政は、女性の一番大切な子供を産み育てるという仕事よりも外に出て働くことを奨励する「男女共同参画社会基本法」を施行している。まさに、政府・行政が個人の生き方を変えてしまったのである。
性的役割分担は哺乳類の一員である人間にとって、きわめて自然なものなのです。妊娠、出産、育児は圧倒的に女性の方に負担がかかりますから、生活の糧をかせぐ仕事は男性が主役となるのが合理的です。ことに人間の女性は出産可能期間が限られていますから、その時期の女性を家庭外の仕事にかり出してしまうと、出生率は激減するのが当然です。
2.竹ノ下先生の連続ツイート
霊長類学者の端くれとして,今からこの論考が「正論」からはほど遠いということを示したい。「【正論】長谷川三千子氏 年頭にあたり 「あたり前」を以て人口減を制す」:イザ! http://t.co/LrpvUgWS6e
2014-01-28 22:38:28長谷川氏は「「性別役割分担」は、哺乳動物の一員である人間にとって、きわめて自然なものなのです。」と述べるが,これは誤りである。まず,ヒト以外の哺乳類において,役割分担すなわち分業はまったくといってよいほど見られない。
2014-01-28 22:41:08すなわち,メスが巣で子育てに専念し,オスがメスとコドモの生活の糧を稼いでくるという社会は,ヒト以外の哺乳類には存在しないのである。よって,そのような生活形態を「哺乳動物の一員として自然」と述べるのは完全に誤りである。
2014-01-28 22:43:24第二に,哺乳類の仲間にも,オスが育児に積極的に関わる動物はいる。それらは霊長類の一部の分類群に見られる,いわゆる「つがい」を形成するマーモセットやテナガザルの仲間である。
2014-01-28 22:46:49マーモセットの仲間では,メスは授乳以外のほとんどをオスに任せる。ヒトの本性が「つがい型」の社会をとるのかどうかは慎重な議論が必要だが,「つがい型」を社会のあるべき姿なのだとするならば,哺乳類的には男性が育児参加することが望ましいという結論が導かれる。
2014-01-28 22:50:35マーモセットやテナガザルの仲間でオスの育児参加が見られるのは,コドモの体重が重く,子育ての負担が大きいことと表裏一体である。そのうえ,マーモセットの仲間は双子を産む。鶏が先か卵が先かという話になるが,育児負担の大きな霊長類ではオスが育児参加するのである。
2014-01-28 22:54:09さて,われらヒトは他の霊長類と比較して育児負担の大きな霊長類である。コドモが成熟にかかる期間が極めて長い。その一方で,近縁の大型類人猿と比べ出産間隔が短く,また多胎児の生まれる確率も高い。ここから,ヒトの進化の過程で,育児に母親以外が関与するような選択があったと推察される。
2014-01-28 22:58:14母親以外の誰が育児に関与するのか。それは,祖母であり,きょうだいであり,父親であるとされる。ヒト社会の進化における育児システムにおいて相対的に誰が重要だったのかは諸説あり,はっきりしていない。
2014-01-28 23:02:28化石人類の研究からは,人類社会はチンパンジーのような複雄複雌型の社会から,重層構造をもつ「つがい」型の社会へと移行したというシナリオが現在最も説得力があるとされる。そして,「つがい」型への移行は初期人類の比較的早い段階からはじまっていたらしい。
2014-01-28 23:05:20だとするならば,ヒト社会の進化において,オス=男性は,祖母やきょうだいと同等かそれ以上に,父親による育児への貢献が重要であったと考えられる。
2014-01-28 23:09:58まとめると,多くの哺乳類において「育児は母親の仕事」であるが,ヒトはその生物学的特徴から,「育児は母親だけの仕事ではなく,父親の参加が不可欠」な動物であると言える。
2014-01-28 23:13:12以上,「性別役割分担は哺乳類の一員として自然であり,母親は育児に専念すべきである」という考えを批判してきた。しかし,ここからちょっと,敵に塩を送るような話になってしまう。では父親と母親はどのように育児を分担するのが「自然」なのだろうか。次にそれを考えたい。
2014-01-28 23:15:44マーモセットの仲間においては,メス=授乳,オス=授乳以外,という分担が成立しているそうだ。アカンボウは日中のほとんどの時間をオスにくっついて過ごし,おっぱいを飲むときだけ母親のもとへ行くのだという。メスは授乳の負担が大きいので,授乳以外をオスが肩代わりするということだ。
2014-01-28 23:19:10これに対して,≪育児=母親≫論者の人たちは,授乳以外の育児行動もすべて母親の役割だとする。母親になにもかも押しつけておいて,大変だから仕事をせずに家におれと言うわけだ。それは,少なくとも「哺乳類の一員として自然」なんてことはとうてい言えない。
2014-01-28 23:23:41しかし,ヒトはマーモセットではない。マーモセットがこうだからヒトもこうあるべきだというのでは,「哺乳類の一員として当然」などという人びとと思考様式として違いはないので避けるべきである。
2014-01-28 23:25:39最初の話にもどるが,ヒトは他の哺乳類と異なり,生業における役割分担,すなわち分業を行うのである。分業はヒト特有の現象であり,分業のあり方を他の哺乳類の社会に求めることは根本的に誤りであると私は考える。
2014-01-28 23:27:29ヒトにおける男女の分業の進化について,リチャード・ランガムは「調理仮説」というのを提唱している。詳しくはリンク先を参照されたいが,乱暴に要約すると,初期人類の女性はおうちで料理と子育てをして,男性は狩猟をしていたという仮説である。 http://t.co/8AsXBjilRf
2014-01-28 23:31:20この「調理仮説」はなかなかよくできている,と私は思う。敵に塩を送るといったのはこのことで,ランガムは「人類進化において,男は外でお仕事,女は家庭で家事と育児をするようになった」と(とられやすい)主張するのである。
2014-01-28 23:33:33だから,冒頭の長谷川氏が調理仮説を引き合いに出して「ヒトの生物学的本性として,女性は家庭で子育てをするのが自然である」と述べたならば,ちょっと「やられた」と思ってしまったかもしれない。
2014-01-28 23:35:39けれど,この調理仮説もちゃんと吟味すれば「女は家庭」などとは言っていないのである。何より,女性が調理するのは女性がみずから採集活動に従事することによって得た炭水化物だからだ。つまり,女性もちゃんと働いてるのである。
2014-01-28 23:37:34