ヘイル・トゥ・ザ・シェード・オブ・ブッダスピード #1
「娘は20になったばかりでした」「一人娘です」コタツ・テーブルに写真を並べながら、夫婦は石のような無表情。「マッポは何も」二枚、三枚。アスファルトにぶちまけられた血の痕。可憐な笑顔の女性。次の写真ではデスマスク。ひしゃげたヘルメット。「現場に残された、婚約者のものです」1
2012-10-25 15:48:23「ケンザ=サンと娘は、別々に、それぞれに、襲われた」「いい人でした。二人は幸せでした。式場を探していた」「ケンザ=サンは?」男は無感情に問う。壁にはトレンチコートとハンチング帽がハンガーにかけられている。夫婦は無言で、新たな写真を置いた。ちぎれた腕と脚。路上。「……そうか」 2
2012-10-25 15:55:44妻が震え、嗚咽した。「……そして、これです」最後にコタツ・テーブル上に差し出されたのは写真では無かった。男の目が獰猛な光を一瞬帯びた。夫が目の前に置いたのは……スリケンだった。「どうか」妻が泣きながら訴えた。スリケンをあらためようとした男の手を、夫が両手で掴んだ。「どうか!」3
2012-10-25 16:01:22「これでニンジャの仕業と決まったわけではない」「殺してください!」「仇を!」夫婦はほとんど叫ぶように懇願した。「このスリケンはデッカーも見つけなかったんです。花を……クッ……現場に花を……その時に、ガードレールの繋ぎ目に残っていた」夫は鬼神めいて言った。「警察には隠しました」 4
2012-10-25 16:10:26「何故」「貴方はご存じなんでしょう?せっかくのこの証拠も、しまい込まれて、無かったことにされちまう!現に、もう捜査すらされてないンだ!ロクに調べもしない!」「どうか」「どうか仇を。真実を」「……」男は資料をテヌグイで丁寧に包み、己のアタッシェケースにしまい込んだ。「よかろう」 5
2012-10-25 16:14:49「お願いします」妻が卓上UNIXの入金ボタンを押した。キャバァーン!「後は出来高だ。頼みます」夫は押し殺した声で言った。「頼みます。モリタ=サン」男は頷き、立ち上がってコートとハンチングを着、アタッシェケースを取った。夫は背中に言った。「この金は娘の生命保険からだ」 6
2012-10-25 16:22:59ウォルルルルル!ウォールールルルルルル!ウォルルルルルルルルル!「ヘイヘイ!ヘイヘイ!」「ザッケンナザッケンナ!ススッスッゾスッゾゾゾゾ!」「パパパラー!」改造オートバイや改造スクーターの鳴らす爆音、合成ヤクザクラクションテクニック音が競い合うように夜の空気をつんざく! 8
2012-10-25 16:29:00時刻はウシミツ・アワー。808号線上には現在、全く動く事のない渋滞が発生している。渋滞車列の最前列の前にはグルグルと威圧的に8の字を描く改造スクーターが複数台、その全てがタンデム二人乗り、後ろの人員は鎌バットを振り回し、舌を出して獰猛に善良なる市民ドライバー達を威嚇した。 9
2012-10-25 16:38:48彼らのファッションはロッカーめいた鋲付き革ジャケットが基本装備であり、剃り込みを入れたヘアースタイル、額には捻じったタオルをしめ、シート背もたれは天を衝くほどに高く、エビやシャチホコの意匠を取り入れ、丸みを帯びた書体の「大漁」「頑張り」「無免許運転」のノボリ旗をひらめかす。 10
2012-10-25 16:43:59「オッさんよォ。な?もうちょっとだけ、な?」先頭の車の運転席ドアーのウインドウを開けさせ、そこへ腕をもたせかけたライダーが、8の字走行を見ながら笑いかけた。「今からマブい勝負事よ?終わるまで待てるよな?な?ゆっくり走ろうネオサイタマ!テレビで言ってるよ?」「アイエエエ……」11
2012-10-25 16:55:09ナムアミダブツ……決定的大渋滞をハイウェイ上に引き起こした彼らは、夜な夜なネオサイタマの交通を脅かす恐るべき暴走者クランのひとつ「ワンダリングマンモス・レンゴウ」である。暴力、破壊、恐喝、強盗、強姦、殺人を厭わないうえ、その半数が未成年の若者達である。コワイ! 12
2012-10-25 17:01:47「ヘイヘイ!ヘイヘイ!」カブキめいた過剰装飾に彩られたスクーターを危険に乗りこなす彼らは、クランのしんがりを守る狂犬めいた武力闘争チームだ。彼らのスクーターの改造にあたってはスピード効率は度外視され、敵を威嚇する迫力、華々しさ、音の煩さが重視される。 13
2012-10-25 17:08:16道路封鎖から数十メートル先では、様相の違う大排気量オートバイ群が、漢字サーチライトめかせたハイビーム・ライトを点灯、エンジンを唸らせ、カジュアルな扇型隊列を組んで停止している。彼らは同じクランのスピード・チーム……速さに憑かれ、夜な夜な暴走レースに明け暮れる命知らず達だ。14
2012-10-25 17:14:29しんがりチームが道路を封鎖し、怒り狂ったマッポ部隊が到着するまでの僅かな時間、彼らは束の間の解放を味わう。己の闘争本能のまま、アスファルトに焼けるタイヤ痕を刻む。悪魔儀式めいた刹那的危険遊戯……だがこの光景も、マッポーのネオサイタマの夜においてはチャメシ・インシデントなのだ!15
2012-10-25 17:22:23そしてこの夜、「レース」のアトモスフィアはいつにもまして剣呑であり、一触即発めいていた。横に並ぶ二台のオートバイ。一方はボディにスイスチーズ軽量化を施す一方、危険なスパイクを所狭しと生やした戦闘的750ccモーターサイクル。一方はハーレーめいた剛強なツワモノだ。 16
2012-10-25 17:28:58それぞれのバイクの脇には乗り手が腕を組んで立ち、互いに睨み合う。スパイクモーターサイクルの乗り手はこの暴走者クランの首領、カケルだ。裾が足首まである袖無しバッファロー革ロングコートを黒ジュドー・ウェアの上に羽織り、背中には「末法」の金糸刺繍。逞しい肉体は傷だらけだ。 17
2012-10-25 17:33:06カケルの両脇には豊満な胸をひけらかすオイラン風ファッションの女が三人まとわりつき、カケルの気を引こうとしたり、相手に侮蔑的な視線を投げたりする。カケルは相手を指差した。「オイ、あンまりナメてるとよォ。首を撥ねる」 18
2012-10-25 17:36:49「ナメてる?ナメてるッて?」アフロヘアーにオールドファッション・サングラスの男は薄ら笑いを浮かべた。スリムジーンズに、上半身は裸、鍛え上げられた肉体をさらし、背中には威圧的なタトゥー。「……俺たちがか?」 19
2012-10-25 17:39:31「俺たちは、お前らのやり方に合わせてやってるぜ……」「その『俺たち』ッてのが、ナメてんだ」カケルはハーレーを指差した。シートにはワンレングスの長髪男が座っている。痩せており、端正な顔だが、目の周りは薬物中毒者めいたイメージの薄赤紫の隈取り。男はクチャクチャとガムを噛んでいる。20
2012-10-25 17:46:34「二人乗りでやるッてのか、アア?」「だって、そいつ走って行っちまって、俺一人でここに残るの、怖いもの。ヒヒッ、ヒ!」長髪男は歯をむきだして笑った。「ボコられちまう……」「サマシャッテコラー!」周囲を囲むライダーの一人が怒声を張り上げた。長髪男は肩を竦めてみせた。「コワイもの」21
2012-10-25 17:49:50「俺たちの事はいいから、テメェの心配しとけ」アフロヘアーの男は言い捨てた。「ケンカふっかけたからにはな」「アッコラー!」「チェラッコラー!」ライダー達が叫び返す。カケルは道路に横たわるモヒカンを踏みつけた。「アバーッ!」モヒカンが呻いた。鎖で縛られ、バイク後部に繋がれている。22
2012-10-25 17:55:13「心配するのはテメェらのほうだッての、わからねえと見える。アフロ!テメェは首を撥ねる。そっちのガリガリ野郎は、次のレースでこのモヒカンの役だ。ミンチ重点だ」「俺はスーサイドだ。アフロじゃねえ」「俺はフィルギアだぜ……」「ナマッコラー!」「チェラッコラー!」ライダーの威嚇怒声!23
2012-10-25 17:57:52「俺、さすがにあのモヒカンみたいになるのは嫌だぜ。頑張ろうぜ」フィルギアがスーサイドに言った。スーサイドは舌打ちし、前に座った。「ダラダラ座ってるだけの奴が」「俺が運転したら、負けちまうもの。今、ハイだし、そもそも、無免許だし」「あいつら、今どこだ」「さぁ……」 24
2012-10-25 18:19:53難病(全身性エリテマトーデスと抗リン脂質抗体症候群)を発症してしまい、現在活動休止中です。(2016 年春~) ニンジャヘッズ(ニンジャスレイヤー中毒者)です。 人々の日々の生活クオリティを向上させるために、サイバーパンク・ニンジャ活劇小説「ニンジャスレイヤー」の普及活動を行っています。