遺伝情報を全細胞シミュレーションして表現型を予測する
NY Timesの記事で、Covertらの全細胞シミュレーションモデルが話題になっている。http://t.co/WskKhW4p Project部外者だが、細胞シミュレーションにとって重要なステップだと思うのでちょっとこの件に関して連続ツイートしてみたい。
2012-07-21 16:32:01Covertらの今回の仕事 http://t.co/biobiXLe は、マイコプラズマ菌という525個の遺伝子を持つゲノムサイズが最小の自活できるバクテリアの、全遺伝子を含むシミュレーションモデルを作成したというもの。この動画が実行例。http://t.co/uK3G4LgM
2012-07-21 16:37:31マイコプラズマ菌は所謂「最小」の生物なので、主にCraig Venterらのグループがさまざまな研究をしていて、ゲノム決定(1995年)から必須遺伝子の同定、全ゲノム合成、人工ゲノムへの置き換えまで成功している。今回はその知見を使いながら細胞をコンピュータ上に再現したというもの。
2012-07-21 16:41:35今回の仕事のCovert氏は、ゲノムスケールモデルで著名なPalsson研の1番弟子的な人で、昔から色々な生物の全細胞モデル(主に代謝)を代謝流束解析(MFAやFBA)という方法で作成してきた。最近はFBAにブーリアンモデルなどを組み合わせることで代謝以外もモデルしていた。
2012-07-21 16:45:53今回の仕事の論文での主な主張は、1. 全遺伝子が入っている世界初のモデル (当然DNA複製・分裂・修復なども入っている)2. そのために反応毎に28のサブモデルに分け、シミュレーションアルゴリズムやタイムスケールを分けつつ、整合性をとりながらシミュレートしている。
2012-07-21 16:48:50Supplementなどをみるとわかるが、実際にDNAポリメラーゼとRNAポリメラーゼの衝突などもシミュレートされていて、大変網羅的なモデルになっていることがわかる。ちなみにこの辺は彼らの先日の学会ポスターがわかりやすい。http://t.co/vW9kZUQR
2012-07-21 16:50:36全細胞シミュレーションで難しい点は、細胞内の反応が時間尺度的に多様で、その数学的モデリング手法が多解法になること、そして、そのパラメータを実験的に得るのが困難なことなど。詳細は @ktakahashi74 さんの博士論文の前半が詳しい。http://t.co/8Nr6yvH5
2012-07-21 16:58:40Covertらの仕事は、これらの問題に対応するため、1. オブジェクト指向モデリングをし、2. 多解法・多時限尺度でシミュレートし、3. 代謝はFBAを使うことでパラメータを不要にする、などのことによりこれを実現している。
2012-07-21 17:00:50さて、話を少しE-Cellプロジェクトに移そう。E-Cellプロジェクトは慶應義塾大学冨田研究室で1996年ごろから始まり、一貫して「全細胞シミュレーション」が目的のプロジェクトである。つまりこの目的において、E-Cellプロジェクトは昨日を持って敗北した、と考えることもできる。
2012-07-21 17:03:58#ちなみにE-Cellプロジェクトは全細胞シミュレーションを実現するための技術開発をする技術プロジェクトと数年前から方針の詳細設定があったし、今回のCovertらの仕事は全遺伝子が入っているだけで全然表現力などで足りないところがあるので、敗北ではない、というコメントがくると予想。
2012-07-21 17:06:25ここで敢えて僕が《敗北》という言葉を使うのは、絶対にE-Cell Projectは同様以上のことを昨日以前に達成できただろうからだ。科学的には、NYTでこういう記事がでてしまってCellに論文がでている以上、当然対外的評価でも二番手の印象がでるだろう。
2012-07-21 17:08:41結論だけ先に言うと、かなーりー昔からE-Cell Projectには大きなマネージメントの問題があって、その結果こういうことになってしまっているのが、プロジェクトメンバではないけれど同じラボのメンバーとして、僕はただただ悲しくて悔しい。
2012-07-21 17:10:25さて、E-Cellプロジェクトの初の論文(1999)は、まさに全細胞シミュレーションに関するものであった。http://t.co/mvgvxkym 10年以上前の仕事だが、実はこれもマイコプラズマ菌をシミュレートしていて、著者にCraig Venterが入っている。
2012-07-21 17:12:45E-Cell論文にある自活細胞モデル(SSC)は127個の遺伝子をもとに、遺伝子発現や代謝などを含んでいる。マイコプラズマ菌が最小の微生物としてゲノムが公開された直後、当時のプロジェクトメンバは一ヶ月ほどVenterの研究所TIGRに訪問し、この遺伝子リストを決定し詳細に調べた。
2012-07-21 17:15:19この127遺伝子には含まれていないが、プロジェクトとしては本気で全細胞シミュレーションを目指していたので、当時の資料としては細胞分裂などもこの時調査してモデルしていた。写真がその証拠。僕の居室近くの本棚に残っている。 http://t.co/rLrHZ9KO
2012-07-21 17:18:29この時のE-Cell 1はオブジェクト指向モデリング(ちょっとCovertが言っているのと意味が違うが)は実装されていたが、後にE-Cell 3(2004)で、かなりスマートにシステムとして多解法・多次元尺度のシミュレーションを可能にした。http://t.co/hW0pqMnb
2012-07-21 17:21:54そして、FBA大家(Covertの元ボスの)Palsson氏は昨年度までうちの客員教授だったし、E-Cellが主に扱っている酵素反応速度論に基づく連立微分方程式にFBA(というかこの場合MFAだが)を組み合わせた手法も開発していた。http://t.co/dO4SLtSd
2012-07-21 17:24:59つまり、E-Cell Projectには今回のCovertらが発表したもの以上のシミュレーション手法に関する技術があり、マイコプラズマ菌にも前世紀から目をつけモデリングをしていて、どう考えても同じ事以上のことをできたはずなのだけれど、完全に出し抜かれてしまった。
2012-07-21 17:27:58なぜだろうか。この問題は、実は二つの問題に分けて考えないといけない。1. なぜE-Cell Projectは初の全細胞シミュレーションモデルを実現できなかったのか、そして、2. なぜソフトウェアとしてのE-Cellが初の全細胞シミュレーションに用いられなかったのか。
2012-07-21 17:33:351は簡単で、そのゴールを掲げ続けるリーダーがいなかったから。プロジェクトのゴールはテクノロジープロジェクトへと変遷し、全細胞モデリングを目的としたプロジェクトも、それに対するリソースも、もうしばらく存在していない。
2012-07-21 17:35:36ではテクノロジープロジェクトである現在のE-Cell Projectとして達成すべきだった2番目の問題点はどうか。これはユーザを獲得したり、標準化するための労力がほとんどとられなかったことが大きいと思う。
2012-07-21 17:40:40(承前)世界初に拘りレースをするのは、サイエンスではなく政治。科学者としてそこに重点を置く事がナンセンスなのは当然だが、プロジェクトのマネージメントとしてはそこが重要なポイントであることもまた事実。
2012-07-21 17:40:49ただし、総合的に見れば全く別のマネージメントも存在するわけで、例えば「全細胞シミュレーション」というけれど、全細胞シミュレーションをしたところでそれを使って何をあきらかにしたいのか、が明確でなければそのプロジェクトは意味がない。この点は2000年初頭に結構議論になった。
2012-07-21 17:46:13シミュレーションの対象・粒度・方法は目的に応じて変わる。応用目的が明確でなければただ「全細胞シミュレーション」と言っても意味がない。Venterらは、人工の微生物を設計し、構築し、自由自在に有用微生物を作るのがゴールで、そのための実験場として今回のモデルを造り出した。
2012-07-21 17:48:14結局、その課題設定はなかったし、汎用的なシミュレータをただ目指してもあまり意味がないため、E-Cell Projetには結果的にあまりリソースが割かれなくなったと思う。つまり、プロジェクト自体に見切りを付ける、というより高次元のマネージメントがなされたわけだ。
2012-07-21 17:52:15死体>no investication no life/むかしの名前で出ています/時々アル添/post内容は無保証/idがややこしいのは仕様です/はみ出し社員/昔ふぁぼり魔時々まとめ者/腑抜者/田舎者/ブサメン/ふぉろー返しがゆっくり/鳴き声クラスタ/vtz250/bioとitのはざま/おっさん/ツッコミ歓迎/猫(自称