ゲイシャ・カラテ・シンカンセン・アンド・ヘル #2
(あらすじ:リー先生のラボから逃れたゾンビーニンジャ被検体「ジェノサイド」は、ネオ・カブキチョにある薄暗いウエスタン相撲バーで、行きずりのオイランと穏やかな時を過していた。だがそこへ、リー先生と協調関係にあると思しき四人のザイバツニンジャが現れ、ジェノサイドを捕獲したのである!)
2011-09-04 18:44:01「キョート行NS893便は、定刻通り2時間後に発車ドスエ。パスポートとチケットをお忘れなく4番ゲートまで…」無機質な電子マイコ音声が、ネオサイタマ・ステイションの待合ホールに響く。四本の鳥居で支えられた高い丸天井には「おみやげ」「旅行」「免税な」などの虚無的なノボリが揺れていた。
2011-09-04 18:48:05ネオサイタマで生まれネオサイタマで育ったフジキド・ケンジの心に、一抹の不安がよぎる。雑多な種類の人間たちでごった返すコリドーで不意に立ち止まり、背負ったリュックを開け、イチロー・モリタ名義の偽造旅券を再度確認する。「チェラッコラー!?」ぶつかったヤクザが暴言を吐いて去ってゆく。
2011-09-04 18:55:19フジキドにとって、生まれ育った国を離れるのはそう容易い事ではなかった。それだけではない。亡き妻フユコと息子トチノキの墓標であるマルノウチ・スゴイタカイ・ビルを離れることで、自分自身の存在が酷く希薄な何かになってしまうのではないか、という漠然とした恐れが彼の胸中に渦巻いていたのだ。
2011-09-04 19:01:33しかしそれでも、フジキド・ケンジ、いやニンジャスレイヤーは新幹線に乗らねばならぬ。キョート・リパブリックへと向かい、ザイバツ・シンジケートのニンジャどもを皆殺しにし、宿敵ダークニンジャの影を追うために。
2011-09-04 19:08:46ギゴンギゴンギゴン……。ターンテーブルめいた線路が軋みながら回転を止め、重々しい鋼鉄と無骨な強化カーボネイト装甲板によって包まれた黒い新幹線の車体が、リボルバーに装填される弾丸めいて、ゆっくりとホームへ滑り込んできた。ホームの両端に並んだ細い鉄の柱から、定期的に火柱が吹き上がる。
2011-09-04 19:38:20「オラーイ!オラーイ!」蛍光オレンジのツナギに身を包み、LEDチョウチンを両手に掲げたスモトリ作業員が、NS893便を適切なホームへ誘導する。ゴウン!ゴウン!激しく火柱が上がり、体温を急上昇させる。タフな彼らにしかできない危険な仕事だ。「ハァーッ!ハァーッ!オラーイ!オラーイ!」
2011-09-04 19:39:51二番車両の上部に備わったジェットエンジンが火柱に照らし出される。先頭車両の上部には、列車強盗の攻撃に対抗するための胸壁と、固定式マシンガン8挺。さらには快適なIRCエクスペリエンスを提供するための衛星通信パラボラアンテナが搭載され、ソーメンめいた色とりどりのLANコード束が走る。
2011-09-04 19:48:41「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!アッ!?アババババーッ!」ここで突然、窓をモップで拭いていたスモトリ作業員の1人に火柱の炎が引火!たちまち火達磨になり、ホームを転げまわる!ナムアミダブツ!手作業精神を重点する日本社会においては、新幹線のようなハイテク列車もまた手洗いの対象なのだ!
2011-09-04 19:53:51「NS893便の準備が整いましたので、ダイミョ・クラスのお客様から乗車ドスエ」ホームと出発ロビーに、電子マイコ音声のアナウンスと和太鼓の小気味良いBGMが流れ、キョート・アトモスフィアを高める。ダイミョ・クラスは、一般的な飛行機で言うところのファースト・クラスだ。
2011-09-04 21:24:54スーツケースを引く黒尽くめの男たちが、ぞろぞろと出国ゲートをくぐる。クローンヤクザだ。ケースの中身は大トロ粉末や素子。鉄道会社は買収されており、彼らは出国審査や荷物チェックなど全く受けていない。何たる非道!この便に与えられた獣の数字893には、そのような隠された意味があったのだ!
2011-09-04 21:32:39クローンヤクザたちは、クローンならではの統一感でダイミョ・クラスの車両に乗車する。五十人はいるだろうか。同じ髪形、同じサングラス、同じ歩幅、同じ足を前に出す。その中に、フード付の黒いレザーロングコートを着た者たちが数名。明らかにクローンではないと解る。彼らの正体は……ニンジャだ。
2011-09-04 21:42:04「ハーッ!疲れたぜ!ネオサイタマは便所の臭いがするからな!」ダイミョ・クラス車両に乗り込んだザイバツニンジャたちは、畳に座ってリラックスする。「まったくだ。だが、ジェノサイドの捕獲に成功したし、これで……」「ああ、昇格は間違いないだろうな」「誰の?」「俺たちのさ」「ユウジョウ!」
2011-09-04 21:52:03「前祝いと行くか!」ひときわ長身のニンジャが、壁に埋め込まれたIRC端末を使って、かなりの量のサケと、オイランドロイド4体をオーダーする。「ちょっと高いんじゃないか?」と別なニンジャ。「経費で落ちるだろ」また別のニンジャが、部屋の隅に置かれた高級フートンの上に寝転びながら言った。
2011-09-04 21:58:44「ポータルをくぐった時は死ぬかと思ったが」重いフード付コートを脱ぎながら、ニンジャの一人、ヘッジホッグが言った「ネオサイタマの死神に遭遇しなかったのは幸運だったな」。「まあ……」長身のニンジャ、サイクロプスもコートを脱ぎながら答える「俺たち4人ならば返り討ちにできただろうが…」。
2011-09-04 22:05:36「ああ、まったくだぜ」と3人目のニンジャ、フォビア。彼は隠密行動に長けるシノビニンジャ・クランのニンジャソウル憑依者である。その上、レーダーに映らない特殊ステルス体質の持ち主だ。最後の4人目のニンジャは、未だコートを脱ごうとせず、どこか不機嫌そうに部屋の隅でアグラを組んでいる。
2011-09-04 22:11:13この寡黙でサツバツとした四人目のニンジャの名は、グラディエイター。キョートに生還すればおそらくザイバツ・シャドーギルドのマスター位階へと昇格できるであろう、古参ニンジャである。他の3人はアデプトの位階へ昇ったばかりの若造どもであり、馴れ合う気など彼にはさらさら無いのであった。
2011-09-04 22:22:24「続いてカチグミ・クラスのお客様、ご乗車くださいドスエ」電子マイコ音声が、ダイミョ・クラスに続く、いわばビジネス・クラスの乗客たちをホームへと案内する。カチグミ・クラスの座席は、読者諸氏が知る一般的な特急列車のそれだ。リクライニング、IRC端末、相撲中継等の機能が備わっている。
2011-09-04 22:30:17「続いて中央部車両に荷物の積み込みが行われますので、後部車両となるマケグミ・クラスのお客様はもう少々お待ちくださいドスエ……」マイコ音声のアナウンスが流れる中、フジキドはサラリマンたちの長い列に混じって、チケットの車両番号と席番号を確認していた。ナンシーが手配した偽造チケットだ。
2011-09-04 22:34:21「あの、もしかして……」不意に、フジキドは後ろから声をかけられる。艶のある女の声だった。振り向くとそこには、微かなギムレットの香りを纏った見覚えのないオイランが立っている。パスポートを持っているところを見ると、彼女も乗客か。「どちらさまで……?」フジキドは帽子を目深に被り直した。
2011-09-04 22:39:14「昨夜、ネオ・カブキチョの相撲バーで…」オイランは訊ねた。あの男とどこか似た、不吉な影のある雰囲気を、フジキドが持っていたためだろう。常人もしばしば、そのような形でニンジャソウルを感じ取るものなのだ。「相撲バー?何の話か皆目検討が…」フジキドはそう答え、オイランは人違いを詫びた。
2011-09-04 22:49:00「残りのお客様、ゲートが開きましたので、10分以内の乗車に御協力ドスエ……」無表情な電子マイコ音声が流れる。フジキドは乗車し、72号車B2番席を探した。床の升目を頼りにB2の位置を探し、その升目からはみ出さないように、天井から垂れた吊り革を握る。マケグミ・クラスに座席は無いのだ。
2011-09-04 22:59:01「間もなく出発ドスエ……」車内にマイコ音声が流れた。ジェットエンジンの轟音が聞こえ始める。ナンシーの偽造パスポートとチケットは正しく機能したのだ。胸を撫で下ろすフジキド。そしてふと右隣を見ると……何たる偶然であろうか、彼の右隣のB3番席には、先程のオイランの姿があった。
2011-09-04 23:03:19難病(全身性エリテマトーデスと抗リン脂質抗体症候群)を発症してしまい、現在活動休止中です。(2016 年春~) ニンジャヘッズ(ニンジャスレイヤー中毒者)です。 人々の日々の生活クオリティを向上させるために、サイバーパンク・ニンジャ活劇小説「ニンジャスレイヤー」の普及活動を行っています。