読点の多寡が文章の読みやすさ/見栄えに与える影響って?
- from41tohomania
- 42698
- 27
- 12
- 6
@Schunag 山下洋輔が童謡を演奏した曲がありますね。「ウミハアラウミム・コウハサドヨ」と切れ目を故意にずらして予想外の昂揚感をもたらすやつ。ああいうことを文章を書くときにやるとおもしろいのではないかな、と思うのです。リズムで刻むだけだと、ちょっと物足りないときなどに。
2011-06-09 12:38:22文章における「ブレス」が「読点」なのだけど、これを読み取りの指標として使う場合と、意味上の区切りだけを示す場合と、音読のための区切りで使う場合がある。
2011-06-09 12:49:50読み取りの指標というのはそこで区切りがないと誤読の可能性があるとき。「母ははらはらしながら見守っていた」みたいな文章に、「母は」、「はらはらしながら見守っていた」と読点を入れる場合。
2011-06-09 12:54:03意味上の区切りというのは、「~の」などで連なる文章を、細かく分節するためのもの。「父の形見の彫刻の施された小箱」は「父の形見の」、「彫刻の施された小箱」に切らないと文節が連なりすぎる(いや、そんな文章を書いちゃダメだけど)。
2011-06-09 12:57:35音読のための区切りというのは、文字通りそこで筆者がブレスをしているのだろうな、と思わせるような読点で、故・都筑道夫はそういう用途で使っていたように思う。意味上のものと考えると、頻繁すぎるのである。たぶ読点で、自分のリズムを、こしらえていた、のだと思う。
2011-06-09 13:00:21私は「できるなら読点を使いたくない派」なので校正者からよく読点を補われる(この一文でカギカッコの後を「なので」にしたのは「で」で受けると読点が必要な気がしたからである)。数年前までは非常にこだわっていて、意味上に必要にならない限り読点を絶対に使わなかった。
2011-06-09 13:02:47それは日本語が漢字とひらがなとカタカナで構成されているという特性を巧く利用すれば敢えて読点を打たなくても読解には支障がないと思っていたからである。読点で導かなければ誤読される文章は未熟なのではないか。そういう思いもあった(今も読点を使わないためにあえて句点を打った)。
2011-06-09 13:06:04今は以前ほどのこだわりはなく、必要に応じて読点を打つようにしている。あまり肩肘を張らずに、読点まあよし、という態度に鞍替えしたのである。そのうちまた変わるかもしれない。今のところは一回りして普通の文章に戻してある。
2011-06-09 13:07:59横書きと縦書きの違いが影響している可能性もある。横書きで日本語の文章を書いた場合、読点を補わないと読みにくいような気がするのだが、どうだろう。同じ分量の文章を縦にしてみると不思議と気にならない、ということがあるのだ。最近は自分の文章が横書き表記されることが増えた。
2011-06-09 13:10:19読点のツイート @from41tohomania に共感。ぼくもできる限り読点をうちたくない派。というかいつも読点のためだけにする推敲で読点の位置を全部修正する。修正していやこれは規則通りすぎるからちょっと油断したふうにここに読点入れようとかやる。もうちょっと気楽に書けよ俺。
2011-06-09 13:12:30そして最近また読点を消す方向に揺れてるのはWEB上で文章を書くことが多いからでWEBってユーザーによってレイアウト変わるため読点を使うことで文字組がへんになること多発なので読点どころか句点も使いたくなるという罠。
2011-06-09 13:15:59だが、しかし読点がないものも読みにくい感じがするのでそれをしても文字組が壊れないであろう文章の前半には読点をうつというのがへんなクセになってたりするのだけど読点どころか文章の組み立ても変わってきちゃうという罠。罠じゃないか。
2011-06-09 13:18:30読点がなくても誤読しない文章を書くべきだと思っているので、誤読を避けるための読点を打つぐらいなら文章を書き直します俺は。というのが前提もしくは理想として、ある。
2011-06-09 13:23:48@yonemitsu スペースを 読点より 頻度を 高くいれれば 英文のように スペース調整での 文字組が 美しく できるかも。
2011-06-09 13:28:38リフロー時代の 日本語表記として 読点を使わず かな漢字混じりを スペースで 分かち書き するというのは どうか。スペースを 行送りとかの 基準にする。 #denshi
2011-06-09 13:23:00@yonemitsu 日本語は 改行できる 場所が そもそも わからないから スペースで それを 明示的に 指定するのは どうかと おもったんですが なんか たどたどしい 文章に みえるだけ かも。
2011-06-09 13:58:12@yonemitsu たしかに新しい表記法 or 気にするな or 読点つかわなくてもわかる文章っていう結論になりますね。ぼくもひらがな連続には抵抗があるので、読点に頼りたいんですが…。 こだわれば、画像データとかPDFみたいにリフローじゃないものを組み合わせたりとかはありそう。
2011-06-09 14:09:23@yonemitsu なるほど。正直そういった枠組みとかシステムの話はつらいので、放置します^^; 読点使わなくてもわかる文章、というのは面白そうなので、機会があればブログとかで挑戦してみます。Twitterにもさりげなく混ぜたりとか!
2011-06-09 14:18:06@from41tohomania 横書きと縦書きの差は意識したことがありませんが、一行が何文字かによって読点を増減することはあります。一行の字数が多い時は読点を入れた方が読みやすくなる印象があるので(字数が少ない場合、改行そのものが読点の代わりの役目を果たしているというか)。
2011-06-09 13:27:46@from41tohomania 読点の位置は意味のみならずレイアウトによっても、或いは効果を狙うためにも色々考えます。が、まえに読点の位置を変えられてゲラが出てきたことがあり(ゲラに朱ではなく既に変えたものでゲラが出てきた)、そのとき初めて編集さんに「抗議の電話」をしました。
2011-06-09 13:37:51@sengaiakiyuki @from41tohomania 1行の文字数が少ないときは、その媒体の禁則処理が追い出しなのかぶらさがりなのかによって見た感じが大きく変わってくるので気を使います。版元の内規で漢字がひらかれてしまって、そこから後ろの見た目が予想外に崩れた経験がw
2011-06-09 13:45:02@from41tohomania 以前、高村薫さんに、新聞の12字折り返しは句読点と改行を増やし、日本語を破壊すると叱られて何も言い返せなかった。最低でも15字、理想は25字以上の折り返しだろうと私も思う。
2011-06-09 13:46:32