枇杷先生特別講義(5)「巨大製薬企業以外から生まれた画期的がん治療薬〜APLとATRAの例〜」
最近ふつふつと湧いてきて澱みたいに溜まってるテーマを書き出してしまいたいのだが、長編になるのが見えてるし出典揃えるのが億劫。かと言ってこういうのは一気にやらないとダメだし
2018-05-31 22:03:49代替療法を選択して闘病中の患者さんが亡くなったという話が最近流れました。この方自身は改善しない病状に疑問を抱き、標準的な治療を始めたものの程なくして亡くなられたそうです。 「ガンを食事で治す」と謳っていたヴィーガンのYoutuberがガンで亡くなる edmm.jp/59243/?fbpg=59…
2018-06-03 13:52:46英文元記事はこちら。不幸な結果でしたが、この方の家族は「私の叔母が亡くなったのは、ヴィーガンをやめて放射線治療や化学療法を選んだからです。私はこれからも、(中略)ヴィーガン食のメリットを伝え続けます」と言っているそうです。 munchies.vice.com/en_uk/article/…
2018-06-03 13:54:52現代医療を否定して代替療法を勧める人たちに、憤りを隠さない医療のプロがTwitterにもたくさんいます。「代替療法に効果があるのか」については、プロの方々がいろいろ語ってくれているので、枇杷は果物として、じゃなかった血液の病気の専門家として、別の切り口から少しお話ししてみます。
2018-06-03 13:59:52自分たちの治療の有効性を示す代わりに、代替療法家はしばしば「現代医療がいかに自分たちの治療を不当に認めようとしないか」を強調します。その代表的なものがこれです。(g-ms.co.jp/blog/alternati…より) pic.twitter.com/sjgjKwpfDM
2018-06-03 14:05:59要は「現代医療(医師と言い換えてもよいです)は、製薬会社の開発した薬しか正当な治療として認めない」という批判です。これに「医師たちは製薬企業と癒着しており、そこには巨大なカネが動くからだ」という尾ひれがつくこともあります。
2018-06-03 14:10:31私は、この主張に対しては「それは正しくない」と明確にnoを突きつけることができます。ある、命に関わる病気と、その治療薬の独特な歴史について、専門家としてよく知っているからです。 twitter.com/loquat_priest/…
2018-06-03 14:14:22この話はことあるごとに触れているので、聞いたことがある方もいるかもしれません。その病気は、急性前骨髄球性白血病(APL)といいます。急性白血病のうち、「急性骨髄性白血病」に分類されるもののひとつです。
2018-06-03 14:18:09APLは、年間の発症率が人口10万人に対して数人以下と非常に少なく、一般にはほとんどなじみのない病気です。歌舞伎役者の市川団十郎さんが最近まで闘病されていたことでご存知の方もいるでしょうか。
2018-06-03 14:26:15ここでは詳しくは触れませんが、他の急性白血病と同様に、有効な治療が行われなければ数ヶ月で死に至るいわゆる「血液のがん」です。この白血病は、他のタイプに比べても血液の凝固のバランスの崩れが大きく、重篤な出血を起こしやすいことが知られています。
2018-06-03 14:29:25APLといえば、一定年齢以上の医クラはFAB分類でのAML M3でお馴染みのやつですな。アズール顆粒、アウエル小体やファゴット細胞という単語のおかげでAMLの中でだんとつ国試出題率が高く、「国試でよくわからん白血病細胞の画像が出題されたらとりあえずAML M3を選べ!」と言われたアレです。
2018-06-03 14:32:00APLも治療薬が開発されるまでは「死の病」でしたが、1970年代以降、いくつかの抗がん剤が実用化されてから、少なくともその一部は治ることがわかってきました。(Blood 1989, 73: 1116-22、図中、AMLはAPL以外の急性骨髄性白血病) pic.twitter.com/RgWL1aIKhc
2018-06-03 14:48:19この図で見てとれるように、いったん「寛解」(白血病が検査上は認められなくなること)に入ってしまえば、APLは他のAMLに比べて再発が少なかったのです。問題は、治療の初期に抗がん剤で白血病細胞が壊れると、出血の症状がさらにひどくなり亡くなってしまう患者さんが少なくないことでした。
2018-06-03 14:53:25このAPLの治療上の問題は、欧米中心であった当時の医学界では誰も予想しなかったところから、打開され大きく前進を見せることになります。その主役となったのはATRA(all-trans-retinoic acid、全トランスレチノイン酸)という薬でした。
2018-06-03 15:08:221970年代後半から、実験室では白血病細胞にある種の薬剤を作用させると、分化誘導という現象が起こることが知られていました。やや厳密さを欠いた表現ですが、がん細胞の分化誘導とは、悪性化した細胞が本来の正常な成熟過程を辿り、悪性を失うことです。
2018-06-03 15:12:131980年ころから、中国は上海第二医科大学の王医師らのグループは、当時中国国内で皮膚病の治療薬として認可されたATRAが、試験管内でAPL細胞を分化誘導することを見出していました。彼らは1985年、既存の抗がん剤で寛解を得られなかった5歳の少女に、両親の承諾を得て初めてATRAを投与しました。
2018-06-03 15:22:02その少女は高熱、皮膚と粘膜の出血、感染により膣と直腸がつながってしまう直腸膣瘻に苦しみ、両親は治療の中止を希望していましたが、ATRA開始後1週間で解熱が得られ、3週間後には驚くことに寛解に到達したのでした。
2018-06-03 15:27:50グループはこの結果をもとに、続いて8例の難治例と16例の初発例の計24人のAPL患者さんにATRAを投与し、うち23人(!)でATRAのみで寛解を得て、その成果を論文に発表しました。(Blood 1988, 72: 567-72 bloodjournal.org/content/72/2/5…)
2018-06-03 15:34:42最初にATRAの成功例となった少女はその後、ATRAと抗がん剤を併用した治療を行い、成人して社会人になったそうです。この例やATRAの開発経緯について、王医師がアメリカ血液学会の50周年記念総説で語っています。(Blood 2008, 111: 2505-15 bloodjournal.org/content/111/5/…)
2018-06-03 15:41:43ここまで淡々と、やや学術的に書いてきましたが、ATRAがすんなりと医学界に受け入れられたわけでは決してありません。中国と言えば今でこそ飛ぶ鳥を落とす勢いの経済大国ですが、当時はまだ共産圏のしかもアジアの一国にすぎません。ベルリンの壁崩壊、天安門事件ともに1989年です。
2018-06-03 16:59:24しかも、ATRAと表記すれば何か画期的な新薬のようですが、ビタミンAの誘導体の一つにすぎません。脂溶性ビタミンですから、点滴製剤ではなく内服薬です。 pic.twitter.com/ox5egAnHmn
2018-06-03 17:07:15抗がん剤をもってしても7-8割しか寛解にならない白血病が、ビタミンAの仲間を毎日飲み続けるだけで、しかも、抗がん剤が効かない患者さんも混ざって90%以上も寛解になるなどと、1980年代の中国から報告されて素直に信じられた医師が当時どれだけいたでしょうか?
2018-06-03 17:11:03当時の医学界の雰囲気を、日本成人白血病研究グループ(JALSG)で長い間白血病研究に携わった大野竜三医師が回顧録で振り返っています。 Be ambitious! episode 16 急性白血病が経口ビタミン剤で治るなんて信じられない! 臨床血液 2017, 58: 1086-93 jshem.or.jp/uploads/files/…
2018-06-03 17:16:45「日本で白血病治療をメインにしている先生方にATRAについての感想を聞いて回った。信じた人が約1/4,半分は半信半疑,約1/4の人は信じられないという答えであった。特に骨髄移植で有名なM先生などはハッキリと眉に唾をつけられた。」
2018-06-03 17:19:44「輸入薬品を扱っている業者に当たったところ,中国からの 薬品輸入だけは勘弁してほしいという。現在でも中国からの医薬品輸入手続きは簡単ではないと聞くが,(中略)1990年当時,中国からの薬品の輸入手続きは極めて面倒であり,ましてや,そんな少額の輸入では採算が取れないとのこと。」
2018-06-03 17:21:03